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愛媛・今治、クラフトビールで地域再生  職人のビールがつくりだす「にぎわい」と「つながり」

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中島醸造長(右から2人目)

愛媛県今治市にクラフトビールの醸造所、今治街中麦酒(いまばりまちなかばくしゅ)が10月1日オープンした。併設するタップルーム(ビールを提供するスペース)では、愛媛産の素材を使った個性豊かなビールなど、できたての味を楽しむことができる。場所はかつて多くの人でにぎわっていた商店街のなかほどにある。醸造長の中島俊一さんは、「地元の人にも観光客にも愛されるクラフトビールで、商店街ににぎわいを取り戻していきたい」と語る。現在、全国各地で広がる「クラフトビールで町おこしを」という動きをふまえ、クラフトビールの魅力とその可能性について中島さんに聞いた。(笠井美春)

シャッター街になりつつある商店街で
クラフトビール醸造所から、新たなコミュニティを

愛媛県今治市は、瀬戸内海に面した人口16万人ほどの街だ。穏やかな海と緑豊かな山々に囲まれた平野部と、多くの島々からなる島しょ部があり、島々が織りなす景色が美しい「瀬戸内しまなみ海道」は、近年サイクリング客にも人気がある。

市の主な産業はタオル、縫製、造船であり、今治タオルは広く世界に愛されるブランドとして成長してきた。しかし、街の中心だった商店街はシャッターが閉まる店も多く、近年は人通りも少ない。

そんな中、「この商店街にクラフトビールのブルワリー(醸造所)を」とプロジェクトを進行してきたのが、株式会社ありがとうサービス(愛媛・今治)だ。同社は地方創生事業として、地元温浴施設の運営を手がけるほか、これまでもチョコレートやチーズ、ハムなど、“質のいいものづくり”で地域を盛り上げようとしてきた。

このように“質のよいものづくり”で地方創生を図る取り組みは、全国各地で広がりを見せている。その一つとして近年クラフトビールも注目を集め、全国各地に、その土地ならではのメニューを提供するブルワリーが続々と誕生。「大量生産品よりも自分らしい逸品を」という消費傾向の変化の中で、職人の感性と技術によって造り出されるクラフトビールは人気を博している。

ビールを醸造するために必要な酒類等製造免許者の取得者も年々増加

そもそもクラフトビールとは、「小規模な醸造所で造る、多様で個性的なビール」のことである。このクラフトビールに、いったいどのような魅力があるというのだろうか。

「クラフトビールの魅力は、その種類の豊富さにあります。材料によってフルーティーになったり、重厚な味わいになったり、色味もさまざまです。来店されたお客さまはテイスティングで、自分好みのビールを見つける。この“選択できる”、“新たな出合いがある”という点が、クラフトビールの大きな魅力ですね」

クラフトビールの種類の豊富さは、使うことのできる原材料の豊富さとも言える。中島さん曰く、美味しくできるならば「何を入れてもいい」のがクラフトビール。地元ならではの原料で、ここだけの味を提供できるという点が、地域コミュニティの活性化につながるのだ。

「地元の素材を使ったビールと美味しいおつまみは、やはり地元の人の心を捉えます。ビールのいいところは、その気軽さ。今治街中麦酒でも、ビールを介して、肩ひじ張らないコミュニティを作っていけたら嬉しいですね。ちょっとできたてのクラフトビールを飲んでいこうと、仕事帰りや仲間と一緒に立ち寄る、一息つける場所。そして、来るたびに新しい味や新しい人と出会える場所にしていきたいです」

会社員から、クラフトビールの醸造長へ
研修中に見つけた「理想のブルワリー像」とは

多種多様な味わい、そして、発酵・熟成したできたてのビールをその場で味わえること魅力だというクラフトビール。もともとは全く別業種の会社員だったという中島さんが、一念発起してクラフトビール造りを目指したのも、これらの魅力に惹きつけられたからだと言う。

「前職でアメリカ出張に行った際に、クラフトビールに出合いました。当時、アメリカはクラフトビールブームで、本当にたくさんの種類を飲みましたね。それが日本で飲んでいたビールとは全くの別物で、すごく美味しくて。もともとビール好きだったこともあり、帰国してからクラフトビールについて調べてみたんです。すると、日本で一般的に流通するビールのほとんどが“ラガー・ピルスナースタイル”で、いろいろなビールを飲んできたと思っていたけれど、実はすごく狭い世界にいたんだと気づいたんです」

たしかにビールは発酵の仕方によって、ラガー・エール・自然発酵に分類され、さらに用いる原料や醸造法によって100以上のスタイル(種類)があると言われている。その中で、日本の大手ビールメーカーが販売しているビールの多くが、ラガーのピルスナースタイル。「日本でも、もっとたくさんの種類のビールを味わえるようになればいいのに」と考えた中島さんは、自らの手でクラフトビールが造れないかと考えるようになった。

「調べてみると、日本では1994年の酒税法改正によって年間最低製造量が大幅に引き下げられ、それ以降、小規模醸造所が全国各地に誕生するようになっていました。免許を取得すれば、自分にもマイクロブルワリー(小規模ビール醸造所)を作ることができる。それならばやってみたいと、この道に進むことを決めたんです」

開店までには、免許の取得や醸造技術の修得などに力を注ぎ、その技術を高めるために、いくつかの醸造所で研修も重ねてきたという中島さん。その一つである遠野醸造(岩手県遠野市)では、自らの目指すブルワリーの姿を見つけた。

「遠野市はビール造りに欠かせないホップの名産地です。しかし、近年は生産者の高齢化が進み、後継者不足が深刻化していました。そこで市などが、遠野市を“ホップの里”から“ビールの里”へと変化させるためのプロジェクトをスタートさせたんです。遠野醸造はその中で生まれたブルワリー。ブルワリーと飲食店を併設したタップルームには、現地の人も観光客もたくさん集まり、みんな気軽にクラフトビールを楽しんでいました」

遠野市が行うのは、農家や地元企業、行政などがチームとなり、市民とともに、「ビール」を軸にした産業やコミュニティで、にぎわう街を作っていこうというプロジェクト。「“ホップの里”から“ビールの里”へ。」を合言葉に、イベントを実施したり、ツーリズムを実施したりと地元のホップを最大限に活用して、現在、多くの人を魅了している。

「クラフトビールは、さまざまな原料を使って自由に造ることができます。遠野醸造も、遠野産ホップはもちろん、地元産の原料を使ったクラフトビールを造ったり、おつまみを出したりしていました。それを楽しみに地元の人が通っていて、観光客はもちろん、農家の方や近隣の方とのコミュニケーションがお店の中で生まれていたんです。それを見て、今治街中麦酒も、そういった地元の人にも観光客にも愛されるお店にしていきたいと思いましたね」

確かに今治街中麦酒のオープンメニューにも、愛媛県内産のはちみつが香りのアクセントとなっている「ペールエール」がある。

「地元ならではの原料で造るビールは、やはり人気があります。地元の方なら、ちょっと飲んでみようかな、と思いますよね。それにしっかりと応えられるよう、これからも新しいビールを造っていきたいですし、美味しさにもこだわっていきたいです」

オープン日のラインナップは、こちらの4種。

(写真左から)
カカオミルクスタウト 
ローストした麦芽にカカオニブを加え、チョコレートのような色と香りに
ペイジーIPA
通常の5倍ほど贅沢にホップを投入。トロピカルなホップ香が楽しい
ホワイトエール
原材料に桃を使用し、フルーティーな仕上がりに。アルコール度数低めでビールが苦手な人にも飲みやすい
ペールエール
モルトのコクやホップの苦みと香りのバランスが取れたポピュラーなクラフトビール。愛媛県産のはちみつの香りがアクセント

フードには、愛媛県産のフレッシュミートを使用したこだわりのベーコン(株式会社小原ハム工房・愛媛県大島)など、クラフトビールとのペアリングが楽しめるメニューを用意し、オープン当日は約100人の人で賑わった。

「オープン日に、神戸から自転車で来てくださった方がいて、びっくりしました。実は開店準備をしているときに一度お話をしていて、よく今治までサイクリングしているから、また来るよと言ってくださっていたんです。本当に来てくださるとは。何より美味しい、と喜んでくださって本当にうれしかったです。また来るよと、たくさんの方に言っていただける店にしていきたいですね」

地元にも観光客にも愛されるブルワリーを目指して
今、できることに挑戦し続けたい

閑散とした商店街ではなく、人でにぎわう商店街に。クラフトビールから生まれるコミュニティでこの商店街を、今治を盛り上げていきたいと語る、中島さん。来たる柑橘シーズンに向けて、もちろん地元のみかんなど、柑橘を取り入れたビールも研究していきたいと意気込んでいる。

くしくも新型コロナウイルス感染症流行の中でのオープンとなったことについては、「できることをやるしかない」という気持ちだという。換気や消毒を徹底し、クラフトビールを楽しむ時間を守っていきたいと語った。

「緊急事態宣言を経て、外出を自粛しなくてはならない時期を経験したからこそ、その対策を考えることができます。感染防止対策はもちろんですが、みなさんに楽しんでいただけるようテイクアウトメニューを作ったり、自宅でも楽しんでいただける工夫をしなくてはと考えることができました」

取材中、ふいに店のドアが開き、近所に住むという女性が顔を出した。

「ビールは買って帰れるん?」

中島さんは、立ち上がり女性の前まで行くと、夕方からはテイクアウトも可能だと伝えた。また、今後は瓶詰めのクラフトビールも販売する予定だと言うと、女性は「家で飲みたかったけん、うれしい」と言い、笑顔で店を後にした。

その言葉通り、取材の数日後には、「瓶詰めビールの販売がスタートする」と連絡が入った。さっそく今治街中麦酒などで10月20日(火)からの販売が決定したという。

今後、新型コロナウイルス感染症の流行次第では、瓶詰めビールの需要も今後は増えるかもしれない。今だからこそ、これからのことを考えることができる。その言葉のとおり、今治街中麦酒は、地域の人にも、ここを訪れた人にも愛される店になるために、今ここから、進んでいこうとしていた。

今治街中麦酒 
■店舗住所 今治市常盤町3丁目4番地13
※駐車場なし
■電話番号
0898-35-4313
■営業時間
17:00ー21:00 不定休
URL https://imabari-machinaka-bakusyu.com/

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笠井美春(かさい・みはる)

愛媛県今治市出身。早稲田大学第一文学部にて文芸を専修。卒業後、株式会社博展において秘書、採用、人材育成、広報に携わったのち、2011年からフリーライターへ。企業誌や雑誌で幅広く取材、インタビュー原稿に携わり、2019年からは中学道徳教科書において創作文も執筆中。