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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)

持続可能性掲げる小林武史KURKKU代表の思い――体感型農場は場づくりの「集大成」

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音楽プロデューサー・小林武史氏が代表を務めるKURKKU(東京・渋谷)は、体感型農場の「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」を千葉県にオープンした。小林氏は「人が『集まる』ことにビジョンや責任を持てば、『集まる』ことで豊かになる」という思いを抱くと話し、クルックフィールズはあるべき社会や環境の姿を体現した「自身にとってひとつのゴール、場づくりの集大成」だと自信を見せる。小林氏はいまの時代をどう捉え、「集大成の場」に何を託すのか。その思いを深堀りした。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局=沖本啓一 / 写真=高橋慎一)

資本主義の「利己性」

――「これからの社会には人間性の尊重が重要だ」という言葉をよく聞くようになりました。小林さんの場合、経済的な側面に捉われない価値観や持続可能性にどのように着目するようになったのでしょうか。

小林武史氏(以下、敬称略):僕が小学校高学年の頃にチェ・ゲバラが亡くなり、なぜ彼が革命を実行したのかというようなことや、ジョン・レノンが音楽に託したメッセージにも触れていました。いまでもどこかで、弱いものや傷んでいるものを放っておいてポジティブなことだけで世界が成立するとは思えないんです。生存競争は世界中のそこかしこ、部屋の隅でも起こっていますが、それだけではない、という思いは小さい頃からありました。

――少年時代から触れてきた文化や社会情勢によって形成されてきたものが、いまでも続いているんですね。

小林:そうです。本当に、ずっと続いています。僕は東北の人間で宮沢賢治という存在がずっと気になっているということもあります。Reborn-Art Festival 2019では中沢新一さんが脚本を書き下ろし、僕が音楽をつけて「四次元の賢治 -完結編-」というオペラを制作しましたが、その中で「利他」というテーマがありました。

資本主義の中でいかにお金を稼ぐかという価値観に偏り、人間の生活と労働との釣り合いが取れなくなってくると、どうしても利己的な生き方、セルフファーストになってしまいます。世界の覇権国が、交渉はするけどもあくまでセルフファーストだ、ということを振りかざしています。それに対して自然の一部として命を継いでいくという観点では「利他」という思いがそこに組み込まれていると思います。最初の分岐点は、いまが良ければいいのか、この先も良くありたいのか、だと思いますね。いまはそこに気付かなくてはいけないタイミングだという気がします。

――人間は災害などの緊急時により利他的に振る舞うという研究結果もあります。

小林:僕らは新潟県の中越沖地震時の炊き出しから始まり、東日本大震災でもボランティア活動をしていて、昨年の秋にも豪雨災害に遭った岡山に行きました。今年の秋は(台風15号で)僕が関わった施設が初めて「被災」したということもあって手も足も出ませんでしたが、本当に、去年に比べて全国的にボランティア熱が低いという言葉を聞くんです。想像するに、災害時の状況が日常化してきたという感覚が日本人にあるんじゃないでしょうか。台風15号、19号、そして21号の余波の大雨。非常事態というよりも、その感覚が自暴自棄のように日常化して、「利己」が暴走していくとしたら怖いですよね。

AIの普及やBI(ベーシックインカム)の在り様ということを考えたときにも、そういう「怖さ」があると根腐れしてしまうんじゃないかという思いが残ります。だからこそ「心」や「透明性」が必要で、上辺にある善意の言葉だけじゃなく中心できちんと議論するということが求められます。

――「利他」が薄れ「利己」が暴走することに対する、カウンターメッセージもクルックフィールズにはあるんでしょうか。

小林:まだエッジを尖らせてインパクトを出すわけではありません。僕があと15歳若くて、クルックフィールズをつくったのが一昨年くらいのタイミングだったなら、もう少し「カウンターだ」と意識したかもしれないけど、年齢を重ねてある程度一通り経験を積んで「なかなかこれは手ごわいな」と思うところもあります。だからあまりストライクゾーンを狭めないようにしないとな、と思っています。まずは「気持ち良い」ということを共有することから始め、その次に未来に対する問題意識をしっかり議論しないといけないな、とすごく感じますね。

「集まることに責任を持ち、集まることで豊かになる」

――小林さんは「クルックフィールズは集大成だ」とおっしゃられています。

小林:僕の中で一番純粋な表現をする手段はやっぱり、メロディや自分のピアノの演奏そのもの、そしてそれを構築するアレンジです。音楽が僕という人間の大部分をつくっていて、自分は本当に音楽人だなと思います。

ただ、ある時からそこで培ったものを生かして「場づくり」を始めました。会社を設立したり、ap bankをつくったり、フェスを開催したり、と。いままでの枠とは違う何かです。ここもそういった「場」なんですが、なんといっても365日、「いのちのてざわり」を感じられる「場」です。毎日休まず続くイベントみたいなものです。これが「場づくり」の集大成だと思っています。この場には音楽やアートを持ち込むこともできる。拡散していくことも含めて、クルックフィールズが間違いなく僕にとってのひとつのゴールだと思います。

場内で合計2MWを発電するソーラーパネルは圧巻
植物や微生物の力で水を浄化する自然浄化システム(バイオジオフィルター)
食べられる花、ハーブなど常時約50種が植えられる畑「エディブルガーデン」
約30頭の水牛。できたてのモッツァレラチーズを食べられる場所は本州ではここだけという
場内で獲れた野菜や卵の販売も
近隣地域で駆除された猪なども独自にソーセージやハムに加工し販売。驚くほどリーズナブルな価格

――音楽プロデューサーとして数々のヒットを生み出した小林さんが、クルックフィールズという「場」で何を伝えようとされているのでしょうか。

小林:多くの人が震災後に強く感じたことだと思いますが、僕らは自然の力と関わって生きています。人間は自然の一部だという思いを持つことが、これからの未来にすごく大切なことです。太陽光から始まる自然の循環から生まれる、生き物としての人間の本質的な気持ち良さを感じてほしい、それが伝わってほしいということに尽きると思います。

「気持ち良さ」はおそらく、ポジティブなものだけで構成されるわけではないと思うんです。僕らの世界は僕らにとって都合がいい面だけで成り立っているわけではないですよね。音楽もそうです。明るい音ばかり弾いても必ずしも明るい曲にはならない。ネガティブな面も含めていろんな考え方や、人間が昔から培ってきた知恵を呼び起こすような体験をしながら楽しんで頂きたいと思っています。

場内の中央に位置する人工池「マザーポンド」には美しい藻が浮き、メダカやカエルがすぐに見つかる

――「気持ち良さ」は「生きる喜び」や「未来・将来への希望」なのかもしれません。持続可能性という観点で、クルックフィールズにどのような役割を託されていますか。

小林:もちろん「発信する」という役割はありますが、人間も自然の一部だとしたら、そこにいなかった虫や鳥たちがマザーポンドに飛来し、集まるようになったように、場があることによって自然がより豊かになることが大事な要素です。

パーマカルチャーデザイナー・四井真治さんの「命の仕組みって、『集まる』ことだと思うんです」という言葉がとても印象的です。集まって、起承転結や循環といった仕組みができれば、その場所が豊かになる。生き物が集まってくるということは自然の基本じゃないかなと思います。古来の小さな集落を考えても、外から入ってくるものに警戒する段階はあるかもしれませんが、人はもともと集まるということに対してビジョンや責任すら持っていたのではないかと。

いまの都市や経済の在り方の多くはゴールが見えないまま集まるだけ集まるんですね。都市の入り口に「あなたの個人の豊かさを実現します」なんて書いた看板がある光景を想像するんですよ、僕は。集まっているけどアイソレート(分断)されて孤独になっているんです。本来は集まるときに大事にしなくてはいけない、責任を持つということが放っておかれて、目先の合理性のために集まる。政治や国の在り方にしてもそれを推奨しているから「選びようがない」「選びようがなかった」と感じる人がたくさんいると思います。

やっぱり個人の側にも気づきが必要な気はしますね。これから、ますます社会の中で自分の「響き方」をどうやって見つけていけるかが大事になります。そこが鍵になって、より「気持ちが良い」世界になるんじゃないかとも思います。

「そうだ、だから始めたんだ」

――今回の「第1期オープン」ではまず来場者に楽しんでもらい伝えることを目指し、今後の「第2期」ではまた展開があるということですが、この「場」を今後、長く続けていくということについてお聞かせください。

小林:第1期オープンは小さな一歩です。やっと外から人に来ていただけるようになりました。ただ本当に何年も前から準備してここに至ったときに、こんなかたち(台風による被災)で千葉県が注目される秋になってしまって、大変ですけど身が引き締まる思いです。そうだ、だから始めたんだ、と。
編集注:第1期オープンは当初10月の予定だったが、台風15号による甚大な被害のため1カ月延期された。

僕らは2003年から勉強会を始めましたが「未来がこういう風になり得る」という予想が、当時のタイム観よりもっと早く起こっています。いまIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)が話すような未来の環境に対しても、心してかかったほうがいいなと思っています。2050年には正味のCO2排出量をゼロにする必要があるとも言われています。

――クルックフィールズもゼロ・エミッションを目指すということでしょうか。

小林:いまはできるだけオフ・グリッドに近いかたちで運営しながら、ゼロ・エミッションを目指したいと思っています。ただ、難しいところなんです。酪農もやっていますから。僕らは卵やチーズも生産していて、完全なベジタリアンの世界観よりは少し環境に負荷をかけてしまいます。まずは「いたずらに牛肉を食べるのをやめよう、食べるときは美味しく頂いて、少しインターバルをとろう」というそこからスタートして、どういう工夫をしながら未来に向かうのか、それを考え続けていくんだと思います。

KURKKU FIELDS
千葉県木更津市矢那2503
農場営業時間:9:00-17:00 不定休 
オープン期間のため駐車場無料
第2期オープンまで千葉県民の方は入場無料

問い合わせ:0438-53-8776
詳しくは公式ホームページへ

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沖本 啓一(おきもと・けいいち)

Sustainable Brands Japan 編集局。フリーランスで活動後、持続可能性というテーマに出会い地に足を着ける。好きな食べ物は鯖の味噌煮。