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サステナブル・オフィサーズ 第54回

コロナ禍での学びを生かし、新しい時代の旅行業を追求する――小谷野悦光・日本旅行社長

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Interviewee
小谷野悦光・日本旅行代表取締役社長
Interviewer
青木茂樹・サステナブル・ブランド国際会議 アカデミック・プロデューサー

誰がこの21世紀に、世界を、国内を、自由に旅する楽しみが奪われる時が来ると考えただろうか。すでに1年半以上にわたって続くコロナ禍の影響を最も受けたセクターの一つが観光業であることは言うまでもない。ワクチンの普及などにより世界的に再興の兆しもあるとは言え、気楽にどこへでも旅ができる日常が戻ってくるかどうかは依然不透明だ。そんな未曾有の危機のさなかに、日本で最も歴史ある旅行会社である日本旅行の社長に就任した小谷野悦光(こやの・よしてる)氏に、コロナとの共生の時代がさらに続くとした上で、今後、どのような企業経営のビジョンを描き、次世代を見据えた新たな観光業の価値を見出しているのかを聞いた。

コロナ禍が考える期間を与えてくれた

青木:今年3月、歴史的にも大きな転換期、観光業にとって最も難しい時代に社長に就任されました。その際、「生き残りをかけて舵取りをする」と決意を語っておられましたが、現在はどのようなお気持ちでおられますか。

小谷野:当社の115年の歴史の中で、このコロナ禍は、第2次世界大戦によって事業を停止せざるを得なかった1941年以来の危機です。コロナ禍の初年度は最初の緊急事態宣言で旅行業としてはもう何もできないという状態。GoToトラベルで一時的に増えた受注も感染の再拡大で取り消され、年が明けても全くマーケットに動きがない。業界を取り巻く経営環境は今年の方がさらに厳しいです。

ただ2年目ともなると、しょうがないねと言っているわけにはいかない。旅行業としては成立しなくとも、生き残りをかけて当社の強みを生かした新しい挑戦をする必要があります。これまで旅行業で培ってきた権能をフルに発揮し、今年は国や自治体によるワクチン摂取事業など旅行業の枠を超えた非旅行領域でのコーディネートに多く関わっています。接種が加速することで、SDGs(持続可能な開発目標)の目標でもある、多くの人の健康と福祉の向上に貢献し、ひいてはそれが働きがいや経済成長にもつながるものと確信しているところです。

青木:SDGsに関しては、御社は2019年2月の段階で業界で初めて、「将来にわたり持続できる事業を見据えて、『人』『風景』『文化』をテーマに、今できることを考えながらSDGs達成に取り組んでいく」というSDGs宣言をされていますね。

小谷野:2018年に地方創生推進本部長に就任し、全社一体で新たな地方創生の計画をつくる際に、若手を中心にSDGsと旅行業のあり方を徹底的に議論し、この日本旅行SDGs宣言を出すに至りました。

実はテーマにSDGsを初めて取り上げたのは私でした。2015年ごろから全国自治体の公募案件などの受注を通して地方創生に取り組む中で、いくら歴史ある会社といえ、それまでの延長線上で同じことだけをやっていてはいけない、世の中の動きに対してジャンプアップするテーマを常に持っていないといけないと考えるようになりました。これまで自信を持って続けてきた旅行業をより奥行きのあるものにすることで未来へのポテンシャルが広がる。その切り口の一つとしてSDGsを取り入れ、お客さまに対するサービスに新たな付加価値を生むことで、成功事例につながればと思いました。

青木:なるほど。昨年12月に御社との共催で、熊本・阿蘇市で開かれた「サステナブル・ブランド国際会議2020阿蘇シンポジウム」に私も参加しましたが、大学生をはじめたくさんの方が実際に阿蘇を訪れて、自然の素晴らしさを体感されていましたよね。それを見て、地元の方たちは自分たちの町が高く評価されているのにあらためて気付かされたようでした。ご指摘のように、御社のこうした企画が、地元の人たちに機会をもたらしているように感じました。まさに観光とSDGsの役割が、地域資源の洗い出しにつながっているという意味で、あのようなプログラムの効果は大きいですね。

小谷野:そうなんです。コロナ禍においては、旅行会社としてそういった役割をしっかりと果たしていくことが重要であると受け止めています。私はこのコロナ禍というのは、強制的にすべての企業活動を止めてこれからのことを考えよう、という期間を与えられたのだと前向きに考えることもできると思っています。ある意味、奇跡的なことであり、得がたいチャンスであると。経営への影響は甚大でものすごく高い授業料を払っているわけです。ですからこのタイミングを逃さずにしっかりとこれからの在り方について考え、いま実行すべきことを確実にやっていきたいという思いが強いですね。

旅行代理店業からソリューションビジネスへ

青木:仏教用語でいうところの“縁起”ですね。旅行業はもちろん、小谷野社長が営業企画本部長時代から地方に目を向け、各自治体とのパイプづくりを通じて培ったコーディネート力がこのコロナ禍で、あらためて御社の強みであり、貴重な経営資源であったことに気付かれたということだと思います。その中には、116年の歴史ある御社が創業者から今に引き継ぐ経営の理念がDNAとしてあるのではないでしょうか。

小谷野:当社の始まりは1905年、滋賀県の草津にさかのぼります。当時の鉄道省が東海道線を通すのに創業家が尽力し、いわゆる立売営業権をもらって弁当屋のようなことを始めたのが原点です。その2年後の1907年には貸し切り臨時列車を出し、数百の人を集めて、善光寺参拝を目的に鎌倉や日光、東京の旅行を楽しみました。旅行が当たり前でなかった時代に、旅行を身近なものにしたのです。これが日本の旅行業のはじまりです。当時としてはベンチャーそのものですね。

創業者の南新助は「お客様を大切にして、お客様のご満足を得ることを以て、第一のモットーとする」という言葉を残しており、そのDNAを引き継ぎ、お客さまの喜びのために私たちは何ができるのかを考え続けてきました。経営理念は「あふれる感性とみなぎる情熱を持って、魅力ある旅の創造とあたたかいサービスに努め、お客様に愛され、未来を拓くアクティブカンパニーを目指し、豊かな生活と文化の向上に貢献する」というものです。

青木:なるほど。創業者は人や物を運ぶ列車というものを観光に転換したということですから、そこには天才的なものを感じますね。しかし、このコロナ禍でその観光というもの、旅行というものの在り方が大きく変化せざるを得なくなっています。今後、このニューノーマルの時代の中でどのような旅行業の形を模索されていますか。

小谷野:そうですね。これからの旅行の在り方ですが、個人のお客さまについては感染予防対策を徹底し、基本的にはDX(デジタル・トランスフォーメーション)を駆使して、お客さまの期待値を超えていくきめ細やかなサービスや新しい顧客体験を提供していく。一方、法人営業ではこれまで旅行を通じて関係性を築いてきたお客さま、一例ですと、自治体の皆さま方が共通してお持ちの課題に対して、テーマに応じたワンストップのトータルコーディネートサービスを提供できるような仕組みの構築が必要だと感じています。先ほど例に挙げた国や自治体におけるワクチン接種事業などのコーディネートもその一つですが、やはりコロナ禍にあってはニーズに応じて事業領域を大胆に進化させることが重要で、従来の“旅行代理店業”から“ソリューションビジネス”へと転換を進めていくことになります。お客様が求めるニーズは大きく変化しています。大切なことは、お客様が求めることに対し、培ってきた経験の中から、課題解決策をどう具現化させ、さらには社会で役立てていただけるかです。

これからの旅行業とサステナブル・ツーリズム

青木:先ほどの阿蘇の事例もそうですが、地方における観光業の役割にもこれまでとは違った新しい形が生まれているようですね。

小谷野:はい。これからの観光業は、地域における交流人口や関係人口の拡大に貢献できる産業になると考えています。交流人口とは文字通り交流を通じて人々が行き交うということですし、関係人口というのは“観光以上移住未満”の人の動きと例えられ、兼業や副業といった仕事の絡みや、地域の祭りやイベントに運営側として参画するなど、さまざまな関わり方があります。観光事業者としても“ワーケーション”や“アドベンチャーツーリズム”といった、地域の皆さまと共創し、地域の特色を生かした魅力ある誘客コンテンツをつくっていこうとしているところです。一例としては毎年同じ地域を学校単位で訪問し、ビーチクリーン活動などを通して生徒と地元の方々とが交流する教育旅行などがありますが、コロナの収束後には関係人口の範囲が訪日外国人旅行者にまで広がり、国際交流も含めて地域経済が回り、それが地域の活力につながっていくことを願っています。

青木:一方、世界が脱炭素社会へと移行する中、旅行が地球環境や現地の環境に与える負のインパクトに対しても近年注目が集まっています。これについてはどのような対策を考えていらっしゃいますか。

小谷野:それについてはSDGs宣言を行った企業として、さまざまな取り組みを進めています。例えば今年2月には滋賀県造林公社とパートナー協定を締結し、国内旅行の一部商品において、旅行中の鉄道利用による移動に伴い排出されるCO2を旅行者自身がカーボンオフセットできるプランの販売を始めました。具体的にはその料金で、造林公社の保有するクレジットを購入、公社林の保全を支援し、琵琶湖の水源を守っていくというものです。こうした商品を販売する以上、社員がお客さまにその社会的意義を説明できるよう社内研修にも力を入れています。10月には2050年までにゼロカーボンの決意表明をしている長野県で、カーボンニュートラルをテーマにしたサステナブル・ツーリズムシンポジウムを行う予定もありますし、年内には阿蘇を拠点とする新幹線移動に伴うCO2排出量を見える化し、熊本県内の体験ツアーに参加することで、その排出量をオフセットできる旅行商品を開発する計画も立てています。

青木:なるほど。いろいろと考えられていますね。また先ほどこれからの旅行業にはDXを駆使すると言われていましたが、インターネット上だけで取引を行う旅行会社を指すOTA(オンライン・トラベル・エージェントの頭文字の略)のようなプラットフォームに対してはどのように見られていますか。

小谷野:単純な移動や宿泊は人を介さないオンラインへのシフトがますます進みます。もちろん当社もそのニーズへの対応はしていきますが、最終的にビジネスの仕組みをOTAのように転換するのかといったら、それは考えていません。これまで旅行業では少しでも料金を安く安くという潮流がありましたが、これからは旅館ホテル連盟など多くのパートナー施設と話し合いながら、例えばSDGsや持続可能性といった社会性のあるテーマに絞った商品を造成し、多少割高ではあっても旅行に付随するその価値を感じ取ってくださるお客さまにご利用いただきたい。オンライン専門ではないリアルエージェントとしてそのような取り組みをしっかりと行っていくことが、OTAに特化するよりも、未来に向けた可能性が見えてくるのではないかと感じています。OTAとは単なる競合関係としてだけではなく、ポストコロナにおける多様な旅行形態に対応していくパートナーとして連携していくことになります。

青木:まさに今、このコロナ禍で動けない時期にそういうツアーのアイデアを御社に提案していただけると、次にまたポストコロナで社会経済が回復する時の旅行への期待度が全然違ってきますね。

小谷野:この機会に社員はさまざまな物の見方も含めて、これからの旅行業の在り方について真剣に向き合ってくれています。本当に旅行業としては事実上ゼロベースで消滅しつつある状態の中で、いろいろ無理もして頑張ってもらっていますが、夢と希望だけは常に持ち続けられるような会社にしていきたい。そしてなんとかコロナが収束した暁には倍返しでは足りない、4倍返しぐらいにつながるものを先手先手で打ち出していきたいと思っています。


文:廣末智子 写真:高橋慎一

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小谷野悦光 (こやの・よしてる)
小谷野悦光 (こやの・よしてる)

日本旅行 社長
1958年生まれ。埼玉県出身。1982年に国鉄入社。2001年10月に日本旅行入社、経営管理部担当部長に。2002年営業企画本部国内担当部長、2005年経営管理部長、2008年取締役兼執行役員経営管理部長、2012年常務取締役(兼執行役員営業企画本部長)、2015年代表取締役常務取締役(同)、2016年代表取締役専務取締役(同)、2020年代表取締役副社長(同)、2021年3月から現職。

青木 茂樹
インタビュアー青木 茂樹(あおき・しげき)

サステナブル・ブランド国際会議 アカデミックプロデューサー
駒澤大学経営学部 市場戦略学科 教授

1997年 慶應義塾大学大学院博士課程単位取得。山梨学院大学商学部教授、
University of Southern California Marshall School 客員研究員を歴任。
多くの企業の新規事業の立ち上げやブランド構築に携わる。地方創生にも関わり、山梨県産業振興ビジョン策定委員、NPOやまなしサイクルプロジェクト理事長。人財育成として、私立大学情報教育協会FD/ICT活用研究会委員、経産省第1回社会人基礎力大賞を指導。やまなし大使。
2022年4月より、デンマークに渡り現在 Aalborg University Business School 客員研究員を務める。