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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)
サステナブル・オフィサーズ 第42回:アシックス

「スポーツを通じて希望を」創業哲学を受け継ぎ、未来へ向かう――太田めぐみ・アシックス 執行役員 CSR統括部長

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Interviewee
太田めぐみ アシックス 執行役員 CSR統括部長
Interviewer
足立 直樹 サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー

アシックスの創業者・故鬼塚喜八郎氏は、スポーツを通じて少年たちに希望を与えようと「健全な身体に健全な精神があれかし」という理念を掲げ、1949年に前身となる鬼塚商会を神戸に興した。70年経った現在、同社は新たなブランドメッセージ「I MOVE ME」を掲げ、環境と人と社会のサステナビリティを体系的に整理し、さらに東京2020オリンピック・パラリンピックゴールドパートナーとして未来を見据える。言葉は変わったがその創業哲学は脈々と受け継がれ、先駆的な取り組みを生み出し続けている。

社名の由来は創業哲学

足立:アシックスは今年創業70周年を迎えられますが、今も創業時の理念を大切にされているとお聞きしています。その創業哲学とは、具体的にはどのような思いなのでしょうか。

太田:サステナビリティとビジネスを統合するには、パーパス(存在意義)が重要であると認識しています。幸い、この会社はパーパスでできた会社と言ってもいいと思っています。鬼塚喜八郎が1949年に会社を立ち上げた当時、戦後の荒廃した日本でスポーツを通じて少年たちに希望を持ってほしいという思いで事業を興しました。

アシックス(ASICS)という社名は古代ローマの風刺作家ユべナリスの言葉「Anima Sana In Corpore Sano(健全な身体に健全な精神があれかし)」に由来します。この社名になったのは1977年のことですが、そこに創業哲学を込めたのです。そのおかげもあって、全社員が創業哲学を非常によく理解し、拠り所がはっきりしている会社だと言えると思います。

足立:企業哲学が70年間、社員にしっかり根付いてきたということですね。その上で2017年、「I MOVE ME」というブランドメッセージを新しく打ち出されました。

太田:「I MOVE ME」は、日本語では「ワタシを、動かせ。」と訳すことにしています。この言葉自体は創業哲学の「健全な身体に健全な精神があれかし」と同じ意味をこめています。そして、この言葉を中心にして、サステナビリティで取り組むべきことをアシックス・サステナビリティ・フレームワークという形で整理していますが、その活動対象を大きくPlanetとPeopleの二つに分けています。Planet(環境への配慮)に対しては、「I MOVE ME SMARTER」、People(人と社会への貢献)に対しては「I MOVE ME STRONGER」という表現を使っています。

アシックスのサステナビリティ・フレームワーク(同社サステナビリティ・レポートより抜粋)

足立:それぞれの分野で特にどのようなことに力を入れているのでしょうか。

太田:Planet(環境への配慮)については、やはり提供する製品が環境に配慮したものでなければなりません。特にCO2削減には力を入れて製品づくりをしていくことにしています。さらに将来にわたって、イノベーティブな環境に配慮した製品がつくれないか、継続的に研究開発に取り組んでいます。もちろん事業活動自身の環境負荷を下げることも含んでいます。

People(人と社会への貢献)領域の「I MOVE ME STRONGER」はパーパスに直結します。「将来世代にわたり より多くの人を より躍動的に より心身ともに健康的に サステナブルな世界のために」というサステナビリティビジョンのもとに活動しています。具体的には、健康的なライフスタイル、サプライチェーン、コミュニティに力を入れています。

サステナビリティ委員会を設置

足立:こうしたフレームワークも説明しているサステナビリティレポートは現在英語で発表なさっていますが、ビジネスの中心が既に海外にあるのでしょうか。

太田: 売り上げの約75%が海外です。2000年以降は海外の比重が急速に増えました。最初に欧州、次に米国、今は中国が伸びています。

足立:ということは、マテリアリティもグローバルに考えられているのでしょうか。

太田:そうですね。マテリアリティのマトリックスを作り始めたのは5年ほど前です。毎年CSRのグローバルミーティングの中で議論をして見直しをしています。今年サステナビリティ委員会が発足したので、今後は委員会の中で議論するということを考えています。

足立:サステナビリティ委員会はなぜこのタイミングで新設されたのでしょうか。

太田:TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に今年6月、スポーツ用品メーカーとして世界で初めて賛同したことに関連しています。私たちにとって、気候変動は非常に深刻な問題です。例えば酷暑によって外で運動できなくなることは直接的なリスクです。一方で、商品には化石燃料由来のポリエステルを多く使用していることもあり、取り組んでいかざるを得ないという側面もあります。昨年SBT(Science Based Targets:科学的根拠に基づく削減目標)イニシアティブの承認を受け、CO2の長期的なターゲットを掲げたことも併せ、環境と社会の「リスク」と「機会」に会社としてきちんと取り組み、開示をすることを目指しています。

TCFDの取り組みとしては、賛同するだけでなく、実際に気候変動の「リスク」と「機会」を管理しています。「リスク」については既存のリスクマネジメント委員会で既にカバーされていましたが、経営に直接関わる「機会」について検討するためにサステナビリティ委員会を新設したというわけです。

この5-6年でサステナビリティの取り組みが大きく進みました。外部評価は外部の環境を理解することにすごく役立っています。トレンドがわかりやすいのです。

覚えやすく、伝えやすいターゲット

足立:SBTはどのように位置づけていますか。

太田:SBTはスポーツ用品メーカーで初めて、承認をいただくことができました。既にコミットされる企業は何社かありましたが、SBT承認を得たのはスポーツ用品メーカーで最初でした。

足立:目標に設定した数値(※1)も非常に野心的ですね。しかもサプライチェーンを含んでいることも素晴らしいと思います。

太田:Scope 1(直接排出量)、Scope 2(エネルギー起源間接排出量)、Scope 3(その他の間接排出量)の中で、実際の排出量ではやはりScope 3がもっとも多いです。そこでどうターゲットを定めるかは悩みましたが、Scope 1,2は2015年比で33%減、Scope 3は2015年比で製品あたり55%減としました。それと同時に、昨年は戦略的な部分のディスカッションを深めました。

その結果、製品には再生ポリエステルを100%使用、事業所での再生可能エネルギー比率を60%に、一次生産委託先工場でのエネルギー使用量を30%削減(製品あたり)の3つの戦略的なターゲットを定めました。100,60,30というわかりやすい指標は覚えやすく、伝えやすいのです。まだ取り組みを始めたばかりなので再生ポリエステル使用100%までは今後、力を入れていかなければならないと考えています。

足立:こうしたことは、太田さんのイニシアティブなのでしょうか。

太田:そうですね。ただ会長・社長が強力に後押ししてくれていて、経営の中でサステナビリティを中心に据えて考えるべきだと社内にも話してくれています。

CO2排出量削減が脱プラの動きに

足立:プラスチックは最近日本でも大きな問題になっていますが、ポリエステルについては、どの時点で問題意識を持たれましたか。

太田:SBTに取り組む中で、石油由来の資源をたくさん使っているので、それを循環させなければならない、という問題意識がありました。これは「ASICS REBORN WEAR PROJECT」(後述)の取り組みにつながります。

足立:それはちょっと意外です。アシックスの場合には、石油由来資源という問題意識から脱プラスチックの動きになったのですね。石油由来の原材料を使うことが、製造プロセスよりもカーボンフットプリントとして大きかったのでしょうか。

太田:原材料と製造プロセスのカーボンフットプリントは拮抗していて、それぞれ大きかったですね。2011年にマサチューセッツ工科大学とランニングシューズのライフサイクルアセスメントを実施するプロジェクトがあり、そこから製品のCO2削減目標を設定し、SBTに発展していきました。

足立:国内でサーキュラー・エコノミーや海洋プラ問題が話題になるよりかなり以前から取り組みを始めていたのですね。素晴らしいと思います。

次の世代の子どもたちに社会をつなぐ

足立:ところでアシックスは、来年に迫った東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、東京オリ・パラ)のゴールドパートナーになっていますね。

太田:ゴールドパートナーとしてサステナブルかつイノベーティブな大会の実現に、最大限の取り組みを行いたいと考えています。たとえば「ASICS REBORN WEAR PROJECT」では、東京オリ・パラに向けて日本の皆さんを巻き込むために、思い出のウェアを集め日本代表選手団公式スポーツウェアにリサイクルするプロジェクトを実施しました。夢がある取り組みだったと思います。とても多くの方にご参加頂きました。アシックスとして、初めてサーキュラー・エコノミーに本気で取り組むという大切な位置づけのプロジェクトとなりました。

また、発表しているボランティアのウェアも環境に配慮し、再生ポリエステルや植物由来素材にこだわっています。包装材も燃やすとCO2を吸着する特別な素材を使うなどの工夫をしています。やはりスポンサーに対する注目度は高まりますので、しっかり取り組み、伝えるということが会社としての方針です。

足立:オリピックのパートナーとして未来へ向かうことも、パーパスに一致していますね。パーパスでは「次世代」を強く意識なさっているわけですが、子どもたちへの取り組みで最近、特に力を入れているものはありますか。

太田:昨年、国際NPO「RIGHT TO PLAY」(※2)とパートナーシップを結び、取り組みを始めています。具体的には、レバノンに避難しているシリア難民の子どもたちに運動機会を与える活動で、今年で2年目になります。活動を根付かせるためには指導者とコーチが非常に重要ですから、そこに向けた教育を取り入れ、プログラムとして定着するようにしています。現地は厳しい環境ですが子どもたちはとても喜んでくれて、楽しんでくれています。RIGHT TO PLAYは団体名通り、子どもたちが遊ぶ(play)ことの力を信じていて、私たちはとても共感を持っています。

日本では草の根的な運動推進を展開しています。社員がボランティアとして各オフィスの近隣の児童館の子どもたちと、キャッチボールなどをして遊ぶ活動です。グローバルの取り組みとローカルな取り組みのコンビネーションで推進し、ASICSブランドで、アシックスのサステナビリティとして一貫した周知をしたいと思っています。

足立:創業理念とぶれない、素敵な活動ですね。こうした活動も含めて、来年のオリンピックイヤーにアシックスの活動や計画がますます世界に良い影響を与えていくことを期待したいと思います。

※1 2030年までに、事業所におけるCO2排出量を33%削減(2015年比)、サプライチェーンでのCO2排出量を製品あたり55%削減(2015年比)

※2 「遊ぶ権利」という意味

対談を終えて

足立直樹

本文でも触れたように、アシックスはサステナビリティ・レポートを英語で発行しています。しかも、最初から英語で作っているのだそうです。日本語で作りそれを英語に翻訳すると、どうしても日本的なレポートになってしまい、英語としては正しくても、不自然なものになりがちです。売り上げの多くが海外になってきたので、これに対応して2013年版のレポートから今のかたちにしているということでしたが、グローバルに事業を展開し、海外のステークホルダーにしっかり届くメッセージを発信するために、とても正しいやり方だと思います。

取り組みにおいても、サプライチェーン・マネジメントに力を入れたり、TCFDなどの国際的なフレームワークにいち早く対応するなど、国際的な流れに沿った内容であると感じました。日本の本社が指揮を取りながら、どうすればこうした対応ができるのかお聞きしたところ、国際的な業界団体の会合に積極的に参加して情報収集に努め、また海外企業と一緒に活動をしているとのことです。グローバルに事業を展開する企業であれば当然ではありますが、実際にはそれができている日本企業は限られているので、際立った存在だと言えるでしょう。

売り上げ割合以外にも何かきっかけがなかったのかお聞きしたところ、やはり2004年のアテネ・オリンピックが契機だったそうです。というのはこの時、日本も含め世界中のスポーツ用品メーカーが、NGOからサプライチェーンの問題を突きつけられたのです。現会長の尾山基氏は当時、欧州法人の社長でいらっしゃったので、この事件を直接経験し、国際的な動向を重視なさるようになったのです。グローバルな視点を持つこと、特にトップ自らがそうした視点を持って会社全体をリードすることの重要性と成果を、私自身も実感しました。

文:沖本啓一 写真:高橋慎一

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太田めぐみ(おおた・めぐみ)
太田めぐみ(おおた・めぐみ)

株式会社アシックス
執行役員 CSR統括部長

愛知県出身。1991年、大阪大法学部卒業後、プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク(現P&Gジャパン)法務部入社。97年、法務部マネジャー、2001年、法務部アソシエート・ジェネラル・カウンセル(法務部長)。14年、アシックス入社。法務・コンプライアンス統括部のグローバル組織化を推進。15年に、同社初の女性執行役員に就任。18年から現職。ダイバーシティ活動の推進リーダーも担う。

足立 直樹
インタビュアー足立 直樹(あだち・なおき)

サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役

東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) 理事・事務局長。持続可能な調達など、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。