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サプライチェーンの労働者に「生活賃金」を支払う欧州企業の取り組み

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Carla Romeu Dalmau
JackF

ユニリーバやロレアル、シュナイダーエレクトリック、フェアフォンなど、サプライチェーン全体の労働者に対し、本人とその家族が適切な生活水準で暮らせる「生活賃金」の支払いに取り組む企業が出てきている。ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を実現する上でも重要な生活賃金の支払いだが、ビジネスモデルを変える必要があり、着手することに躊躇する企業もある。オランダ、スイス、デンマーク政府が支援する「IDH サステナブル・トレード・イニシアティブ」は、企業などとの国際的な連携を強化し、労働者の生活賃金を確保するために具体的な解決策を講じるプラットフォームを立ち上げ、その推進に取り組んでいる。IDHのリビング・ウェイジ(生活賃金)戦略リーダーのカーラ・ロメウ・ダルマウ氏が、生活賃金の支払いに取り組む欧州企業の具体策を紹介する。(翻訳=梅原洋陽)

カーラ・ロメウ・ダルマウ (Carla Romeu Dalmau)
IDH - The Sustainable Trade Initiative
Living Wage Strategy Lead

オランダ・ユトレヒトに拠点を置くIDH(持続可能な貿易のためのイニシアティブ)は、企業や金融機関、政府、市民社会と協力し、グローバル・バリューチェーンにおける持続可能な貿易を実現することに取り組む組織だ。

私たちが、民間企業やその他の多くのパートナーとともに行った生活賃金に関する広範な調査から学んだことが一つあるとすれば、それは特効薬や絶対的な解決策は存在しないということだ。生活賃金を支払うことは、世界中のサプライチェーン内のステークホルダーの共通の責任であり、それぞれが役割を果たす必要がある。

サプライチェーン全体で生活賃金を支払うということは、ビジネスモデルの在り方を変えることを意味し、そんなことは不可能に思えるかもしれない。多くの企業にとって、どこから手をつけるべきか分からないだろう。

サプライチェーンは不透明であり、消費者は低価格を求め、競争は生産コストに圧力をかける。しかし、先進的な企業にとっては生活賃金を保証することによる潜在的メリットも大きい。

生活賃金を保証するメリット

・生産性の向上や離職率の低下、より良いマーケティング提案の実現が可能になることで、より良いビジネスが行える
・従業員のコミットメントやモチベーション、モラルの向上
・働く人々の生活の質の向上

IDHでは2021年12月、「生活賃金の実現に向けたロードマップ」行動を呼びかけるキャンペーンに関わる全てのパートナーとオンラインミーティングを実施し、互いの事例から学び合い、それぞれの方法でどのように目標に向けて前進していくかを話し合った。そして、80を超える企業、認証機関、政府そして労働組合の代表者が、生活賃金ギャップ(現在の給料と生活賃金の差)を是正するために行動を起こしていくことを決めた。

サプライチェーンにおける生活賃金ギャップの実態を特定し、その解消に取り組んでいるいくつかの企業の事例からは学びがあった。生活賃金が道徳的に必要であることは明らかだが、ビジネス的にも必要なことは否定できない。

生活賃金を向上させるために重要なこと

IDHロードマップに参加する企業(ユニリーバ、ドール、パタゴニアなど)やパートナーが行ってきた活動を通じで、私たちは、生活賃金の支払いに挑戦するすべての企業の助けとなるであろう、5つの重要なポイントを見つけた。改善していくための根本となるのは、サプライチェーンの内情と、労働者が現在得ている賃金と生活賃金の間にある隔たりを深く理解することだ。

だからこそ、私たちのロードマップの第一歩目は、製品を調達している地域での適切で信頼できる生活賃金の水準を調査し、その数値と現在の労働者の収入の差を測定することとしている。IDHのサラリー(給料)マトリックスはこの段階で活用するものだ。まず初めに、収入の差(生活賃金ギャップ)を深く理解することで、生活賃金を実現させるためにとるべき行動が明らかになる。

企業のこれまでの取り組みから分かった、5つの重要なインサイト

1. 生活賃金は実現できる

生活賃金を支払う上での障害の一つがコストだ。調査した4つの事例では、生活賃金を実現するために一度の取引で必要となる追加金額はさまざまだった。例えば、電話1台あたりでは1.65ユーロ(約218円)もしくは0.3%増(消費者価格で)、マンゴー1kgあたりでは0.10ユーロ(約13円)または10%増(FOB価格)であった。

例えば、欧州の有機食材の流通企業「Eosta」(Nature & Moreとして知られる)は、IDHの給料マトリックスを使用して、ブルキナファソのマンゴーサプライヤーである「Fruiteq」が雇用している全労働者の生活賃金ギャップを計算した。EostaはすべてのマンゴーをFruiteqから仕入れているため、どうすれば費用を追加することが可能かを把握できる。そして、マンゴー1kgあたり0.10ユーロを上乗せしたことで、Fruiteqの労働者の生活賃金ギャップを解消することに貢献した。

Eostaの取り組み(詳細)

2. 価格高騰は避けられる

生活賃金を支払う取り組みの中で、多くの企業にとってコストに次ぐ障壁は、価格の高騰だ。価格高騰は、サプライチェーン内での各部門が同じサプライチェーン内の他の部門のコスト上昇に対応することで発生する。その結果、消費者が生活賃金を支払える金額よりも高い価格を支払って商品を購入することがしばしばある。しかし、そうある必要はないのだ。適切なビジネスはこの事態を緩和するか、なくすことができる。

解決策の例
・生活賃金にかかるコストを支払い価格から切り離し、サプライヤーと協力し、労働者に直接支払うようにする。
・サプライチェーンとの直接的かつ透明性のある関係性を整える。
・責任をサプライチェーンのすべての関係者と共有し、全員に参加を呼びかける。

エシカルな資源を使い、修理ができる資源循環性を考えたスマートフォンを販売する、オランダのFairphone(フェアフォン)はサプライヤーと信頼関係を築き、サプライヤーとの直接契約を通して、労働者に生活賃金を支払うことを確実なものとしている。同社は、生活賃金の特別手当(ボーナス)をサプライヤーに直接支払うことによって、価格の高騰を回避することができている。労働者は、通常の給与の他に、毎月の生活賃金がボーナスとして支給されている。

Fairphoneの取り組み(詳細)

3. 複数のプレイヤーによって価値を創出する

生活賃金ギャップを是正するプロセスにおいて、よく課題となるのは、追加のコストを誰が負担すべきかである。私たちが携わったすべての事例を見渡すと方法はさまざまだ。重要なのは、信頼と透明性を確保し、すべての関係者がサプライチェーン内の労働者に対しての役割と責任を理解することだ。

私たちが調査したケースの中では、多くの場合、追加の費用は取引業者、小売業者、企業・ブランドで分担していた。ある事例では、生活賃金を達成するために、最終消費者への価格を引き上げていることもあった。その企業は、生活賃金の支払いを実現することの重要性を消費者にわかりやすく伝えている。

オランダの作業着アパレルメーカーであるSchijvensは、生活賃金ギャップの正確な推定値を用いて、生活賃金の支払いを達成するために簡単な価格調整を行った。例えば、ポロシャツの価格をわずか0.25ユーロ(約33円)高くすることで、トルコの同社の施設における賃金ギャップは解消された。Schijvensはコストの計算式を顧客と共有し、顧客をこの挑戦に巻き込みながら、コスト構造を理解してもらっている。

Schijvensの取り組み(詳細)

4. 価値を提供するさまざまな方法

生活賃金を支払うために用意した資金をどう配分することが最善かを考えることも課題となってくる。サプライチェーンの全体像を把握していることがここでも重要となる。結局、その資金をどのように分配するべきかを知っているのはサプライヤーと労働者なのだ。サプライチェーン・パートナーとの信頼関係が築けていれば、賃金の支払いに関しての検証や確認が可能な最適な方法を探し出せる。

スウェーデンのNudie Jeans(ヌーディージーンズ)は、製品価格を支払い、生活賃金に必要な金額を上乗せしているが、労働者への支払い方法は工場が透明性を持った方法で決定するように促している。そして、経営陣と工場労働者との社会対話の結果、労働者全員が生活賃金のボーナスを受け取り、さらに3カ月以上雇用されている者はより高い金額を受け取れるという公平な規定を定めることを希望していることも分かった。なお、社会対話(ソーシャル・ダイアローグ)とは、政府や雇用主、労働者の代表が、経済・社会政策に関わる共通の関心事項について行うあらゆる種類の交渉や協議、情報交換のことだ。

Nudie Jeansとサプライヤーの取り組み(詳細)

IDH サステナブル・トレード・イニシアティブが調査した事例から、生活賃金の支払いには3種類の方法がある。

生活賃金ボーナス:
企業によっては、生活賃金ボーナスを各給料に上乗せし、差額分を補填している。

生活賃金の月額固定:
垂直統合型のサプライチェーンや単一のサプライヤーを持つ企業は、労働者に生活賃金を直接支払うことが可能だ。

マイクロファイナンス・ファンド:
Eostaの場合、マンゴーは季節作物であるために、労働者は平均すると年間で3カ月間働く。短期間であり、季節労働という性質上、生活賃金を支払うことの効果は限定的である。そのため、Eostaとそのサプライヤーはマイクロファイナンス・ファンドを設立し、労働者が自分のビジネスに投資できるリボルビング・クレジット(回転信用)型の融資を受けられるようにした。

5. 取り組みは着実に進む

どのケースも、適切な成果をあげている。しかし、魔法の杖は存在しない。ビジネスモデルに生活賃金を組み込むには、適切な情報、労働者へのコミットメント、そして現実的な目標設定が欠かせない。

私たちが分析した事例のなかで、自社工場内で取り組みが完結する場合は、取引先がこの取り組みに同意すれば、生活賃金の調整は比較的容易で、生活賃金ギャップを完全に縮めることができていた。

一方で、サプライヤーが多くの企業と取り引きしている場合は複雑さが増す。例えば、Nudie Jeansがインドのサプライヤーから購入する衣服は、そのサプライヤーの総生産量の3ー4%に留まるため、Nudie Jeansによる生活賃金支払いがもたらす影響は大きくない。そのため、同社は生活賃金をサポートするために価格を上げるだけでなく、生活賃金を実現するために、このサプライヤーが他の顧客に対しても、取り組みの必要性を説明できるようなサポートも行っている。

適切な情報が重要に

一歩下がってサプライチェーン全体を真摯に見つめ、自社の行動が世界に与える影響を理解することで、確実に前進する。サプライヤーにとって、生活賃金を支払うことは、より強い信頼関係や効率の高い労働力の創出につながる。購買企業にとっては、生活賃金を支払うことでサプライヤーとの信頼関係が築かれ、より正確なビジネス上の意思決定が可能になる。これからするべきことは企業間の連携、コラボレーションだ。多くの場合、一社だけでは生活賃金を保証することはできないのである。