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気候変動がもたらす健康への影響が深刻化 米国では医療費が年間90兆円超に

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IMAGE: CHRIS LEBOUTILLIER

気候変動や大気汚染による健康被害の経済コストは莫大にも関わらず見過ごされがちだ。米国の環境保護団体「NRDC(天然資源防護協議会)」や「気候と健康に関する医学会コンソーシアム」などは新たな報告書で、気候変動と化石燃料の使用に伴う大気汚染によって生じる健康被害の実態とそれに伴う医療費が年間8200億ドル(約90兆円)を超えるとの推定を明らかにした。気候変動対策を強化しなければ、今後数年間で医療費が大幅に増える可能性があると警鐘を鳴らす。(翻訳=サステナブル・ブランド ジャパン編集局)

報告書『行動を起こさないことの代償:化石燃料と気候変動による国民の健康に関する経済負担』はさまざまな科学論文を基に、気候変動による異常気象や熱波、大気汚染、昆虫が媒介する感染症の増加によって生じる公衆衛生に関する経済コストを算出したものだ。これによると、気候変動と大気汚染に起因する医療費は年間8200億ドル(一人当たり約27万円)以上で、早期死亡や身体・精神疾患、治療や入院、賃金・労働生産性の損失のほかに、気候災害によって家族や地域社会が不安定になり2次被害が生まれるなどさまざま問題が起こる。

化石燃料は採掘や精製、輸送、燃焼の過程で、有害な汚染物質を大気や土壌、水中に放出する。特に健康被害の大きい硫黄酸化物、窒素酸化物、微小粒子状物質などの汚染物質は、直接人体に影響を及ぼすだけでなく、粒子状汚染や光化学スモッグを発生させ、さらなる健康被害を招く可能性もある。

一方、気候変動は異常気象や巨大ハリケーン、山火事の増加、熱波、さらに深刻な大気汚染、昆虫が媒介する感染症の拡大、アレルギーの季節が長期化することなどによってさまざまな健康被害を引き起こす。病気の治療や回復という観点からも、気候変動は人間にとって危険であり経済的負担も大きい。

こうした被害を最も受けるリスクが高いのが経済的に脆弱な人々、一部の有色人種、移民、先住民族、子ども、妊婦、老人、屋外労働者、障がい者、既往症・慢性疾患を抱える人々だ。同時に、こうした社会的に立場が弱く気候変動の影響を受けやすい人たちの医療費が米国では公的医療保険制度で賄われるため、気候変動や大気汚染による健康被害の影響は納税者である全ての国民に及ぶと報告書は指摘する。さらに気候変動による健康被害によって在宅医療の需要が高まる可能性があるという。しかし介護職に就く割合は女性や有色人種が高く十分な収入も得られていないため、気候変動による健康被害は不平等を助長する懸念がある。

報告書は、NRDCのほか、共に「気候変動は公衆衛生の非常事態」と主張する「気候と健康に関する医学会コンソーシアム(Medical Society Consortium on Climate & Health)」と「気候アクションに取り組むウィスコンシン州の医療従事者団体(Wisconsin Health Professionals for Climate Action)」によって作成された。なお、著者らは数十本の科学論文をもとに医療費の推定額を算出してはいるものの、特定の気象現象による傷病に関するデータが元々少なく、政府の発行する報告書でさえも記載がないため、気候変動や化石燃料に起因する正確な医療費を出すことは難しいとしている。

気候変動対策が着実に行われなければ、地球環境の悪化はますます深刻化し、公衆衛生への影響も拡大することが予測される。報告書は国民の健康への主な脅威と経済コストについて解説し、化石燃料の使用と気候変動を抑制するために抜本的な対策を講じることが数千億ドルに上る医療費を抑えることにつながるとしている。

大気汚染
化石燃料の燃焼によって粒子状物質(PM)が発生する。PM2.5は心血管疾患や肺がんなどの呼吸器系疾患を起こすほかに、神経や代謝、生殖、発達に影響を及ぼす可能性がある。さらに化石燃料の燃焼によって生じる物質は、気温上昇により化学反応が加速するため、紫外線を受け発生する光化学オキシダント(オゾン)の濃度が増加し、光化学スモッグが拡大するといわれている。光化学オキシダントは喘息を悪化させるなどの呼吸器系の疾患を引き起こし、心血管や代謝、神経、生殖器に悪影響を及ぼす。また気温やCO2濃度の上昇は、花粉の飛散期間の長期化や範囲の拡大、濃度の上昇をもたらし、アレルギー症状が悪化する可能性もある。こうした大気汚染に関連する医療費は年間およそ8390億ドル(約91兆円)に上る。

媒介性感染症
気候変動により気温が上昇すると、マダニや蚊の活動季節や地域が変わり、ライム病や西ナイルウイルスといった媒介性感染症にかかる可能性が高まる。ダニが媒介する感染症にかかると長期的な神経、心臓、リウマチの疾患を抱える可能性がある。早期死亡に至ることもあり、年間の総医療費は8.6億~27億ドル(約940億〜約2900億円)に上る。

異常気象と気候変動
気候変動による気温上昇は熱中症の原因となるほか、さまざまな心血管疾患を悪化させ死亡率も高める。また森林火災の発生率が増加し、その範囲も拡大しており、直近の2010年のデータによると、呼吸器系の受診者数は年間6200人、短期の煙曝露により生じるPM2. 5関連の死亡者数は1700人に上るという。ハリケーンの増加や巨大化も問題だ。2012年の大型ハリケーン「サンディ」だけでも273人が死亡し、入院患者や外来患者の数は1万2000人以上に達する。年間195億ドル(約2.1兆円)以上の医療費が発生していると推測できる。

報告書の共同執筆者であり、NRDCの気候科学・健康科学の専門家ビジェイ・リメイ博士は「気候変動による危機的な影響とそれに伴う健康被害や財政負担は、地球を不安定にしている汚染を止めない限り年々悪化の一途を辿っていく。科学的にも明らかだ。私たちは選択を迫られている。何もしないまま医療費が増大するという行き詰まりの道を進み続けるか、この国に暮らす3.2億人、とりわけ社会的に最も脆弱な人々を怪我や病気、早期死亡にから守るために、今から費用対効果の高い解決策に投資をしていくのか。まさに行動を起こす時だ」と語っている。

気候変動は環境や社会、経済だけでなく健康にも悪影響を及ぼす。米国ではトランプ政権時代に環境規制の緩和が進んだが、米国の都市をふくむ世界の大都市が集結するC40(世界大都市気候先導グループ)の取り組みのように、2030年までにCO2の排出量を半減させ、2050年には排出量実質ゼロを目指す前向きな動きもある。さらに企業では、米製薬大手バイオジェンやジョンソン・エンド・ジョンソン・コンシューマー・ヘルスなどが、人々の健康はコミュニティと地球の健全性と相互に依存していると認識し、自社がもたらす気候変動への影響に対処するだけではなく、気候変動対策を社会の公平性と人々の健康の向上につなげようと取り組んでいる。