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高校生が描く30年後の未来、「異分野融合」で実現目指す

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SB国際会議2023東京・丸の内

Day1 ランチセッション

全国高校生異分野融合型研究プログラム(IHRP:Interdisciplinary High School Research Program)は、「異分野融合」をテーマにした高校生の研究を支援するプログラムだ。現在、世界各地の大学で活動する大学生たちが高校生だった2020年にNPO法人として発足。文系・理系に捉われない柔軟な研究方法で、複雑化する社会課題にアプローチすることを目的に、高校生同士、そして高校生と企業や研究者とをつなげる活動を行う。本セッションでは2022年のプログラムに参加した高校生らが、メンバー全員で策定した30年後の未来ビジョンとともに、水紛争解決や防災、土壌微生物の生態解明など、約1年をかけて個別に考察・研究してきた成果を発表。いずれも科学的データや実験に基づく高度で専門的な内容で、会場からは感嘆の声が上がった。(松島香織)

ファシリテーター
小林りこ IHRP(全国高校生異分野融合型研究プログラム)理事/企画チームリーダー 慶應義塾大学
パネリスト
IHRP(全国高校生異分野融合型研究プログラム)2期生
安藤晴也、板垣仁菜、水谷優来、溝口元気
IHRP(全国高校生異分野融合型研究プログラム)1期生・2期生
山岸あやの
(※セッション開催時)

冒頭、IHRPの立ち上げメンバーでありファシリテーターを務めた小林りこ氏は、「昨今の地球規模での環境課題や社会課題に対して、私たちは等身大の危機感を抱いている」と表明した。だが、そうした課題は、学生や学者、起業家などが1人で解決することは難しく、例えば海洋プラスチックの問題であれば、プラスチックの成分についての科学的知見、どのように生物に影響を与えるのかといった生物学的知見、どのように規制していくのかという政策、さらに市場経済などについて考える必要がある。

そこでIHRPは、一つの問題に対して複数の分野からアプローチしていくという「異分野融合」を掲げている。プログラムで大切にしているのは、「社会課題解決のための研究」であること、「全国の高校生に平等な研究機会を作ること」だ。プログラム活動は都心で開催されることが多く、地方の高校生が参加するには交通費や宿泊費を負担する必要がある。「そこに機会の格差があるのではないかと考えた」と小林氏は説明する。IHRPは、こうした地方の高校生の参加に対して、交通費や宿泊費を全額援助しているという。

「自然と人間の共生」が30年後の理想

安藤氏

IHRPのプログラムに参加している安藤晴也氏と山岸あやの氏から、参加者16人が考える2050年の未来ビジョンについて発表があった。現状の課題解決の取り組み方は、人間本位の視点であり「人間と自然の共通の幸福」が生まれていないと考え、30年後には、人間の利益を追求しつつ、自然の恵みを有効活用した「人間と自然が相互に良い影響を与えられる関係」となることを目標にした。

山岸氏

この未来ビジョン『自然と人間の共生』は、「自然環境を利用する」「自然環境に合わせる」「人の生活を豊かにする」「人の生活を守る」の4つの行動から、個々人の研究から実現を目指していく。山岸氏は、「SDGsや環境学習などの学校教育では、受け身になってしまう。そうではなく、主体的に自分たちから社会に対して目標を掲げていきたいという思いで未来ビジョンを作った」と力強く語った。

エジプトとスーダンの公平な水分配について考える

水谷氏

水谷優来氏は留学先のノルウェーからオンラインで登壇し、ナイル川流域でのエジプトとスーダンの水紛争の現状把握と政策提言について、研究発表した。まず水谷氏は、現在国際河川の流域国間で水紛争が多数起きていること、さらに今後、人口増加に伴い、水不足による水紛争が激化することが予想されていることを説明した。

研究では、1929年と1959年のナイル川利水協定に注目し、文献や科学的計算式を用いて調査した。そしてわかったのが、1959年の協定でナイル川の年間降水量のうち555億立方メートルをエジプトが、185億立方メートルをスーダンが取水権を持つとしているが、2019年時点の人口で比較すると、スーダンでの1人当たりの水使用量が過剰であったという。

そこで水谷氏は、国際機関の介入のもとで、ナイル川流域の各国とエジプト・スーダン両国が関与する河川委員会を設置し、人口比をもとに算出した水分配量を数年に一度、見直すこと。また河川流量データの透明性を高め、両国で共有することで信頼関係を構築すること、などを提言した。水谷氏は、「将来は持続可能で公正に資源を使える世の中を作りたいと思っている」と話し、「IHRPで研究について知識を得られ、社会を変えたいという思いで研究している素敵な仲間に出会えたことが、とても嬉しい」と笑顔で語った。

災害体験から斜面崩壊の予測方法を探る

板垣氏

2017年7月、九州北部地方で局地的に1時間の降水量が100ミリを超える九州北部豪雨が起きた。板垣仁菜氏は当時小学生だったが、豪雨で山が崩れることを知り、斜面崩壊(土砂崩れ)を予測できないか考えていた。こうした思いから研究を始め、過去の災害事例から粒度分布を用いて、さまざまな土質のソイルタワー実験と急傾斜地を模した模型実験を行い、雨量(含水量)によって斜面がどのように変化するかを確認した。

※土で塔を製作し耐荷重(強さ)を測定する

ソイルタワー実験では再現した土質を最初に電子レンジで加熱、急傾斜地の模型は人口岩盤を用いて自宅の玄関に設置し、水を噴霧しながら表層崩壊がいつ起きるのかをスマートフォンで撮影しながら行うなど、実験は自宅で完結させた。

実験の結果、同じ土質であっても粒度構成によって崩壊の含水比が異なることなどが分かり、板垣氏は「渓流源頭部の粒径加積曲線が得られれば、降雨量から表層崩壊の発生を予測できる可能性がある。今後はさらに力学的相似性を満たした検証が必要だ」と総括。その上で、「時に暴徒化する水と、今この瞬間を生きるために、居場所と命をどうか守ってほしい」と訴えた。

「最強の生物」クマムシから学ぶこと

溝口氏

クマムシは4対の脚を持つ体長1ミリ未満の微小動物で、体が乾燥して数年経っても死滅せず、水分を含むとまた活動を始めることから「最強の生物」と言われている。溝口元気氏はこのクマムシの極限環境での耐性や可愛らしさに魅せられて、研究を始めた。「クマムシの生態の解明は、人類や他の生物にとって生態系をより良い状態にすることができると信じている」と力を込める。

まず溝口氏は、人類と線虫の「量」は、それぞれ約4億トンと3億トンだと説明。気温が上がることで線虫が増加し多くの微生物を捕食するため、食物網のバランスが崩れるという。そして線虫を捕食するのはクマムシであり、クマムシの存在が、生態系のバランスを保つカギではないかと考えている。

研究は、「クマムシの住処である苔の生息環境の違いは、生息数に関係するのか?」、「微小動物にとって水を取り巻く最適な生育環境は?」といった観点から行い、生物学だけでなく、水工学や気象などさまざまなワークショックから多角的な学びを得てアプローチ。日射量、温・湿度や土壌pHが異なる都内の11~15地点で、夏と秋に、光学顕微鏡を用いて生息数をカウントした。その結果、日射量によって大きな差が生じたという。

溝口氏は、こうした研究の成果を「野生株研究のためのクマムシの探索が簡便になる」「苔の都市緑化利用の促進につながる」などと説明し、「さらにデータを積み重ねていきたい」と意欲を見せた。

小林氏

いずれも高度で専門的な内容の3氏の研究だが、水谷氏は埼玉大学や筑波大学、ノッティンガム大学の、板垣氏は早稲田大学の、溝口氏は京都大学、広島大学の研究協力を得て「自分のもの」へと1年かけて昇華させている。

セッションの最後に小林氏は、「普通の高校生が、なぜ、一見分かりづらいような研究に駆り立てられているのか。ぜひそこに興味を持ってほしい」と呼びかけ、会場からはあらためて高校生の研究成果に大きな拍手が送られた。

松島 香織 (まつしま・かおり)

サステナブルブランド・ジャパン デスク 記者、編集担当。
アパレルメーカー(販売企画)、建設コンサルタント(河川事業)、
自動車メーカー(CSR部署)、精密機器メーカー(IR/広報部署)等を経て、現職。