フレームワークは『無形資産の共通の物差し』 開示情報をいかに企業のポテンシャルにつなげるか
SB国際会議2023東京・丸の内
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Day1 ブレイクアウト
世界的にESG投資が拡大する中、グローバルな枠組みでの情報開示の標準化が進んでいる。日本でも2023年度からは、上場企業に有価証券報告書の中で人的資本に関する情報の記載が義務付けられるなど、サステナビリティへの取り組みや目標を具体的な数字に落とし込み、開示していく必要性が増す一方で、どのような情報を開示すれば企業価値が向上するのかは企業や投資家の間に考え方のギャップもあり、試行錯誤も続く。社会変革や投資の呼び込みを実現するためには何が必要なのか。格付け会社、投資家、監査法人それぞれの立場で課題や考え方を共有し、今後の評価軸のあり方を探った。(木野龍逸)
ファシリテーター:
田中信康・SB国際会議ESGプロデューサー
パネリスト:
田原英俊・PwCあらた有限責任監査法人 パートナー
松田親佳・大和アセットマネジメント アクティブ運用第二部 シニア・ファンドマネージャー
眞々部貴之・S&Pグローバル Sustainable1 ディレクター コーポレートエンゲージメントESG
田中氏
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セッションは冒頭、ファシリテーターの田中信康氏が、非財務情報の開示を巡る世界の潮流について解説し、日本企業の現状について分析。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)をはじめとするさまざまなグローバル組織が開示情報の標準化を進め、国際的なフレームワークが整備されてきている一方で、日本ではまだ、企業が開示した情報が何を基準に評価、活用されるのかが見通せず、「企業担当者は悶々としているのではないか」という認識が示された。
その上で、田中氏は「今日の議論は、開示情報をいかにして企業の潜在的なポテンシャルにしていくのか、企業と投資家との間にある価値判断のギャップをどう埋めるかなどをテーマにしたい」と問題提起し、3氏のプレゼンテーションへと移った。
田原氏
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PwCあらたの田原英俊氏はコンサルタント、監査法人としての視点から、サステナビリティやESGへの対応は企業にとっては競争優位を争う重要な領域になってきていると指摘。日本でも2023年1月末の内閣府令によって有価証券報告書にサステナビリティ項目の記載が義務化されるなど企業価値の指標となるフレームワークやルールが整備されてきたことに伴い、その重要度は増している。
一方でPwCが77の産業ごとに独自に設定しているサステナビリティ基準に照らすと、日本企業が自社のマテリアリティの中で重要だと認識している項目の83%が基準と一致しているにもかかわらず、情報の開示率は9%と非常に低いという。
田原氏は、今後は「まさにビジネスそのものに関わるような指標の開示が課題」であり、「フレームワークを活用することでより重要なものだけにフォーカスできる。だからこそフレームワークを正しく使うことが重要」という考えを述べた。
松田氏
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大和アセットマネジメントの松田親佳氏は、投資家の立場から、企業の資産面から株価の状況を判断する指標であるPBR(株価純資産倍率)が『1倍割れ』している企業が、日本は欧米に比べて非常に多いことに触れ、「日本の企業は稼ぐ力が弱いということではなく、投資家に伝わる情報が不足しているからではないか」と指摘。
そして「これは逆に言うと、ポテンシャルの塊」と言うこともできる」と話した。投資家は常に企業を評価する共通の物差しを求めている中で、従来の財務指標だけでなく、近年は無形資産にも共通の物差しができつつあるのを歓迎しているという。
日本で今回、有価証券報告書での開示が義務化されたのは男性の育児休業取得率と男女の賃金格差、女性の管理職比率だが、これだけでは十分ではない。松田氏は、「企業がフレームワークでは補い切れない部分を自由演技である統合報告書を使って伝えていただきたい。エンゲージメントとフィードバックを繰り返すことで投資を呼び込み、企業価値の向上につながることを望んでいる」と述べた。
眞々部氏
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PBR1倍割れの日本企業が多い問題については、S&Pグローバルの眞々部貴之氏も「重要な点」という認識で一致する。眞々部氏は、現在の市場価値を形成しているのは有形資産ではなく無形資産であり、開示されている非財務情報に基づいているとし、「これをどう投資家が使っていくか」が次のステップではないかと述べた。
とはいえ、判断指標になるデータの充実度は今ひとつの部分もあり、「GHG排出量のようなものは揃ってきたが、インパクトに関するものはまだ見過ごされているし、投資家もどう使っていいのかわからないのではないか」とする見方も示した。
S&Pの調べによると、グローバル企業13000社のうち、TCFDに沿って情報開示している企業の割合は54%だが、眞々部氏は、それらの企業は気候変動のリスクと機会をどう捉えるかといった「各項目の中身についてもちゃんと報告している」と説明。つまり、「一度フレームワークができると企業にとっても考えやすく、開示しやすい」としてフレームワークの有効性を強調した。
それと同時に眞々部氏は、「ESGの担当者の中でも確固たる信念を持って、自分の仕事が企業価値の向上に貢献していると言える人は多くはないのではないか」とした上で、「ESGのインデックスに入ったから株が買われるということではなく、自社の企業価値を長期的に高めていくための議論の始まりとして、開示するESG情報の評価に取り組んでほしい」と呼びかけた。