サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイトです。ページの先頭です。

サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイト

ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

デジタル技術が切り拓く、持続可能なファッションの未来

  • Twitter
  • Facebook
(上段)丸山氏、中里氏、小谷氏 (下段) 清家氏、吉田氏、ピーダーセン氏

大量生産、大量消費、大量廃棄の経済による歪みがさまざまな分野に表出する今、ファッションのサプライチェーンを巡る環境負荷の高さや労働者の人権問題が大きな社会課題になっている。一方で、布地にデータを印刷することで裁断が不要な服づくりや3D技術を活用した受注生産が可能になるなど、ファッションの世界でもデジタル技術が日々、進歩をもたらしているという。サステナブル・ブランド国際会議2022横浜では「デジタル技術で描く、サステナブルファッションの未来像」と題したセッションが行われ、ファッションを巡る課題の解決に向けたデジタル技術の可能性や消費者意識をどう変えていくかということについて、多様な登壇者が意見を交わした。(松島香織)

ファシリテーター:
ピーター D. ピーダーセン・NPO法人NELIS代表理事
パネリスト:
小谷雄祐・アベイル クラウドソリューション事業部 事業部長
清家裕・環境省「ファッションと環境」タスクフォース
中里唯馬・YUIMA NAKAZATO CEO / クリエイティブディレクター
丸山紗恵子・セイコーエプソン 営業本部IIJ営業部 エキスパート
吉田けえな・ファッションコーディネイター

針と糸に代わる服づくり 衣服は一点ものしか存在しなくなる⁉︎

デジタル技術によるファッションの最先端では今、どのような展開がなされているのか。デザイナーであり、ブランドオーナーでもある中里唯馬氏は、針と糸に代わる「未知なる服づくり」を進めていると言い、特殊なデータを布に印刷し、その人の体に合った一点もののファッションとしてデザインを起こす工程が動画で紹介された。平面だった布は70度の湯に1分間浸すことで自然と立体になる。裁断や縫製は不要だ。

中里さんはこのオーダーメイドの服づくりを「オンラインを通じて世界中の人とつながりながら届けていこうとしている」。挑戦は始まったところだが、「先人の知恵とデジタル技術の組み合わせによって、これまでは難しかった、一点ものを多くの人が着る、ということが可能になるのではないか」という手応えを感じている。頭の中には、「衣服は一点ものしか存在しなくなる」という、未来のビジョンが描かれているようだ。

その中里さんの服づくりを支える技術の一つが、布上に多彩な色や表現をプリントする、セイコーエプソンのデジタル捺染機によるインクジェット技術だ。同社の丸山紗恵子氏は、「デザイナーのクリエーションとデジタル技術が融合することによって、服の表現の可能性がぐっと広がっているのを実感する」と話した。デジタル捺染機は生産や販売の最適化にもつながり、サプライチェーン上の環境負荷も大きく低減されるという。

クリエイティブな時間に人が関わるようにしないといけない

一方、アパレル業界に特化し、生産管理ソフトウェアなどのシステムを提供するアベイルの小谷雄祐氏は、同社が、紙タグの代わりに法令上表記が必要な内容をQRコード化する事業に取り組んでいることや、ここ数年は3Dシミュレーターを活用した同社の受注生産ソフトが注目され、製作時間の短縮やコスト削減、適正な在庫数につながっていることなどを報告。

生産管理やITツールのプロとして「最先端のデジタル技術によるシステムは、業界の無駄を省くことに一役買える」とする見方を示すとともに、「サステナブルファッションを実現するには、一社だけでは難しい。各社のハードやソフトを連携し、生産性を上げることによってできたクリエイティブな時間に人が関わるようにしないといけない」と提言した。

衣類の輸入浸透率は98% 大量生産、大量消費、大量廃棄が日本の現状

セッションには、国の「ファッションと環境」タスクフォースの副リーダーを務める環境省の清家裕氏も参加。日本では、衣類の約98%を輸入に頼り、アパレル産業のサプライチェーンが長く複雑であることから、グローバルな人権や環境負荷の観点においても生産背景の透明性を確保する必要があることなどをあらためて解説。

世界の潮流としては、2021年7月に開催されたG20環境大臣会合とG20気候・エネルギー大臣会合でサーキュラーエコノミーが議題の一つとなり、各国の積極的な取り組みが求められている。これを受けて、環境省では特設サイト「SUSTAINABLE FASHION これからのファッションを持続可能に」を立ち上げて情報を発信していることが報告された。

国内のファッション産業の市場規模は1990年の約15兆円から約10兆円に減少する一方、供給量は約20億点から40億点へと倍増し、購入単価は約60%前後の水準にまで下落している。また2020年の調査では1年に供給される衣服約82万トンのうち9割が手放され、さらにその3分の2が廃棄されていることが分かっており、清家さんは「安いものが大量生産、大量消費され、大量廃棄されているのが今のファッションの現状だ」と指摘。

「生産から消費までの健全な循環づくりにはイノベーションが必要。あらゆる面でデジタルが鍵になる。SDGs時代の新しいライフスタイルをファッションをきっかけにつくっていけるんじゃないか」と語った。

コンシューマーからライフスタイリストへ 消費行動の転換を

またファッションコーディネイターの吉田けえな氏は「4、50年前までは日本でも家庭のミシンで洋服をつくったり、100年前は着物も縫っていた」と振り返る一方、「モノづくりの現場と消費者の距離が遠くなり、モノをつくるのがいかに大変なことか気づけなくなっている」ことも低価格の衣服を消費する傾向の背景にあるのではないかと指摘。「例えば産直の野菜などを、一生懸命つくっている生産者がいるから買うよね、というのと同じ感覚で、ファッションも、モノづくりの現場を知ることが、その洋服を頼んでみたい、という気持ちにつながるのでは」と消費行動の転換を促すための仕掛けづくりの大切さを訴えた。

最後に、ファシリテーターを務めたNELIS代表理事のピーター D. ピーダーセン氏は、サステナブルなファッションの未来像について「進化するデジタル技術と、ソーシャルテクノロジーである人間の行動パターンがセットになって初めて、真のサステナブルなファッションがもたらされるのではないかという印象を持った」と総括。ファッションの転換期に「コンシューマー(消費者)ではなく、ライフスタイリスト(生活のスタイルを自ら実践し、提案する人のこと)として」立ち会うことの重要性を強調し、セッションを締めくくった。

松島 香織 (まつしま・かおり)

サステナブルブランド・ジャパン デスク 記者、編集担当。
アパレルメーカー(販売企画)、建設コンサルタント(河川事業)、
自動車メーカー(CSR部署)、精密機器メーカー(IR/広報部署)等を経て、現職。