COP30(国連気候変動枠組み条約第30回締約国会議)の開催地であるブラジル・ベレンで、11月6日、新たな熱帯雨林保護基金が立ち上がった。ブラジルが2年前に提案し、準備を主導してきたもので、寄付や供与ではなくリターンを伴う投資という形で官民から広く資金を集める仕組みだ。熱帯雨林を有する国は、その保有面積に応じて資金を受け取り、保全に使うことができる。受け取る資金の20%は、熱帯雨林の保護に重要な役割を果たす先住民族や地域社会の支援に充てることが定められている。米国がパリ協定から再び離脱するなど、公的資金に依存することのリスクが浮き彫りになる中、環境保護に民間の資金を動員する仕組みとして注目が集まる。

11月6日と7日、COP30の開催地であるブラジルのベレンで、首脳級会合「ベレン気候サミット」が開催された。この中で6日、かねてブラジルが主導してきた熱帯雨林保護基金「トロピカル・フォレスト・フォーエバー・ファシリティ(TFFF)」が正式に発足した。
ブラジルのマリーナ・シルバ気候・環境変動大臣は次のように語る。「私たちはこれまで、富や物品を作り出すために自然からあまりに多くを奪ってきました。今こそ、搾取によって生み出した資源を自然保護に活用する時です。自然保護については、公的資金にばかり頼りすぎているという批判が常にありましたが、TFFFが転換点となるでしょう」
公的資金だけでは自然保護は間に合わない
生物多様性の宝庫であり、炭素の貯蔵庫でもある熱帯雨林。大量のCO2を吸収し、酸素を放出する役割を担っていることから、世界最大の熱帯雨林であるアマゾンは「地球の肺」とも呼ばれている。しかし近年、伐採や火災などにより、熱帯雨林は急速に失われつつある。すでに一部の熱帯雨林地域では、炭素排出量が吸収量を上回っているといい、さらに破壊が進めば、熱帯雨林は完全に炭素排出源に変わってしまう。
この取り返しのつかない事態を防ぐために、熱帯雨林の保護が急務だ。しかし、熱帯雨林の多くは途上国や新興国にあることから、必要な資金の確保が課題となっている。
途上国の気候変動対策に使われる資金については、先進国の政府が主導して支援してきた。昨年のCOP29では厳しい交渉の結果、その金額の目標が年間1000億ドルから3000億ドルに引き上げられたものの、これだけでは途上国側が求める水準には及ばない。2035年までに年間1兆3000億ドル以上を途上国の気候変動対策に投じることを目指すとして、民間を含む全ての主体に対して協力が呼び掛けられた。最大の資金提供国だった米国がパリ協定から再び離脱したこともあり、TFFFは、公的資金にとどまらず、民間を含むさまざまな主体からの資金拠出を促す仕組みとして注目される。
市場原理に基づき、官民の資金を動員
TFFFは、ブラジルが2023年のCOP28で提案して以来、各国と連携して準備を進め、今回発足に至ったものだ。国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)の正式な仕組みではなく、あくまで議長国ブラジルが推進する多国間基金ではあるが、COP30の主要な成果と位置付けられる。
TFFFは、寄付や供与ではなく、投資の仕組みだ。COP30の発表によれば、まず出資国から250億ドルの拠出金を集め、それを元に民間セクターから数年間で1000億ドルの追加出資を募るという。これにより、合計1250億ドルの基金にする計画だ。集められた資金は、世界銀行を通じて再投資され、利益を生み出す。出資した国や機関投資家は配当金や利息を受け取り、熱帯雨林を有する国(受益国)は、熱帯雨林を1ヘクタール保全するごとに4ドルを受け取る。出資する政府は民間セクターよりもやや高いリスクを負うことで、民間からの出資を促すという。
この仕組みによって生み出せる環境保全資金は、年間40億ドルと見込まれている。これは現在、譲許的資金(低い金利で提供される融資など)によって熱帯雨林保護に投じられている金額の3倍近くに上る。
受益国は、人工衛星を使って熱帯雨林の状況を観測し、年次報告を提出する必要がある。今ある熱帯雨林を多く保全すればするほど、多くの資金を得られることになるため、保全のインセンティブになることが期待されている。資金の使い道は、各受益国が自律的に決められるが、条件もある。透明性のある資金管理の仕組みを持っている必要があるのはもちろんのこと、受け取る資金の20%を先住民族とその地域に分配することが義務付けられる。
先住民族は森林を守るために重要な役割を果たす。国連食糧農業機関(FAO)とラテンアメリカ・カリブ先住民族開発基金(FILAC)が2021年に出した報告書によれば、先住民族や代々その場所に住む人々が管理する土地では、森林伐採が少なく、炭素排出量も少ないという。ブラジルでは、先住民族が住む地域における森林伐採率は、他の地域の2.5分の1ほどにとどまっている。
欧州や熱帯雨林保有国が資金拠出の意思示す
TFFFの支持を表明している国はすでに53カ国あり、そのうち34カ国は、ブラジル、インドネシア、コンゴ、中国など、国土に熱帯雨林を有している国だ。この34カ国で、世界の熱帯雨林面積の90%以上をカバーできるという。
また、19カ国が資金拠出の可能性を示している。すでに発表されている見込み額は下記のとおりだ。
- ノルウェー:今後10年で30億ドル
- ブラジル:10億ドル
- インドネシア:10億ドル
- ポルトガル:100万ドル
- フランス:2030年までに5億ユーロ(検討中)
- オランダ:500万ドル
この他、中国も資金拠出を示唆している。なお英国は、TFFFの準備に協力しており、当初は資金拠出も期待されていたものの、国内の財政事情を理由に拠出しないことを表明した。日本も現時点で拠出予定はないという。
一方、民間セクターからは、米国の大手債券運用会社PIMCOや、バンク・オブ・アメリカ、英国の金融グループであるバークレイズなどがすでに支持を表明している。他にも、国連開発機関(UNDP)を含む多国間組織や市民組織の支持を得るとともに、先住民族の指導者たちも基金の設計プロセスに関わったという。
課題はあるが、意義は大きい
まずは目標としている250億ドルの公的資金が集まるのかどうか、また民間資金がどれほど投じられるのか、懸念は残る。また、基金が再投資によって継続的に利益を生み出し続けられるかどうかも課題だ。COP30の発表によれば、再投資先には、化石燃料関連プロジェクトを除き、新興国の政府・企業による取り組みや、環境に配慮した製品などが優先的に選ばれるという。
このような課題は残るものの、やはりTFFFの意義は大きい。ブラジル財務省のラファエル・デュボー氏は、TFFFについて、経済的な対価を与えることで森林の保全を促す仕組みだと説明する。「(熱帯雨林の)土地を所有している人は、経済的に言えば、ある種の機会費用に直面しています。良い選択とは言えませんが、理論上はその土地の森林を伐採して牧畜や農業に充てることも考えるでしょう。土地所有者にとって、森林保全の経済的な価値は実感しにくいものです。TFFFによって、森林は残すほうが伐採するよりも価値が高いということが明確になります」
また、TFFFは多国間主義の新たな形を提示する。ブラジル外務省のマウリシオ・リリオ氏は「いわゆる北から南への押し付けではありません。気候分野における多国間主義を強化するために非常に重要なことです」と強調する。UNFCCCの正式な取り組みではないが、だからこそ、締約国全体の賛同を得なくても、賛同を得られた国や民間セクターを巻き込みながら進めていくことができるとも言える。
民間セクターの役割がますます大きくなっていることを象徴するような今回の新基金発足。国家や多国間組織、民間が協働して課題解決のための資金を確保する仕組みの成功例となれるか。自国に熱帯雨林があるかどうかに関わらず、地球規模の課題として、多様な主体の参画が求められている。
| 【参照サイト】 CO30公式ウェブサイト https://cop30.br/en TFFF公式ウェブサイト https://tfff.earth/ |
茂木 澄花 (もぎ・すみか)
フリーランス翻訳者(英⇔日)、ライター。 ビジネスとサステナビリティ分野が専門で、ビジネス文書やウェブ記事、出版物などの翻訳やその周辺業務を手掛ける。














