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蛇口をひねれば水が出る。安全な水がいつでも、安価に使える。そんな「当たり前」が今、気候変動による豪雨や渇水、インフラの老朽化、そして地震などの災害リスクによって、脅かされ始めている。
独立行政法人水資源機構は、利根川、淀川、木曽川など日本の大動脈とも言える7つの水系を管理し、日本の総人口の約5割に水を供給する、まさに「縁の下の力持ち」だ。同機構は、その社会的使命を果たし続けるため、2020年度から「サステナビリティボンド」を発行。ESG投資家からも注目が集まっている。
今回は、水資源機構の金尾健司理事長に、機構が担う役割の重要性から、直面する課題、そしてサステナビリティボンドがもたらす価値と今後の展望まで、話を聞いた。
独立行政法人 水資源機構 理事長
Sinc 統合思考研究所 副所長 上席研究員
高度経済成長期から続く「利水」と「治水」
水資源機構の歴史は、1950~60年代の高度経済成長期にさかのぼる。当時、都市部への人口集中・産業の集積により、慢性的な水不足や、地下水の過度な汲み上げによる地盤沈下が深刻な社会問題となっていた。金尾理事長は「『東京砂漠』という言葉があったほど、東京では断水が頻繁に起きていた」と説明する。
この課題に対応するため、1961年に「水資源開発促進法」が制定され、広域的な用水対策が急務とされた利根川水系と淀川水系が水資源開発水系に指定された。水資源機構の前身である水資源開発公団は、こうした水系の開発・管理を担うために翌1962年に設立。その後、筑後川、木曽川、吉野川、荒川、豊川の各水系が順次指定され、7水系において事業を展開してきた。
水資源機構は現在、ダムや水路、湖沼開発施設など全国54の施設を一体的に管理・運用することで、水源開発と水供給のネットワークを構築。日本の国民生活と経済活動を根底から支えている。7水系が占める面積は国土の約17%だが、そこには日本の総人口の約5割が暮らし、工業出荷額の約4割を生み出している。金尾理事長は「あまり目立った仕事ではなく、ある意味『縁の下の力持ち』だが、必要な時に、必要な場所に、必要な量だけ水を送るのは非常に難しく、重要なこと」と使命感を語る。実際、水資源機構の受益地における1ヘクタールあたりの農業産出額は全国平均の1.7倍に達し、効率的な優良農業地帯を形成しているという。
既存施設の最大活用でリスク対応

設立から60年以上が経過し、水資源機構を取り巻く環境は大きく変化した。2008年をピークに人口が減少に転じ、気候変動の影響も深刻化。渇水と洪水の頻発・激甚化、大規模地震のリスクに直面する中、機構が管轄する全国の施設の老朽化も顕在化している。
金尾理事長は、こうした状況下で「既存施設の最大活用」が極めて重要だと強調する。例えば、洪水対策においては、利水のために貯めているダムの水を、大雨が予測される際に事前に放流して治水容量を確保する「事前放流」を全国的に進めている。さらに、複数のダム間で利水容量と治水容量を再編し、より治水に有利なダムの貯水能力を高めるなど、既存ストックを柔軟に活用する取り組みも検討されている。
渇水リスクについても、半導体産業をはじめ産業構造の変化に対応した新たな水需要や、異常渇水時の安定供給を確保するための備えが求められる。水源が一つしかない状況では、事故や災害などで取水不能に陥るリスクがあるため、異なる河川間を水路で結び、水源を複数化・多重化する「導水路事業」を推進。また、管理する水路そのものについても、重要度や老朽度合いを評価しながら、計画的な長寿命化対策や耐震化、さらにはバックアップ機能を持つ「二連化」を進めるなど、事前防災対策に注力している。
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(写真提供:水資源機構)
インフラの持続可能性を支えるサステナビリティボンド
こうした事業の財源は、国からの交付金・補助金と、水道事業者や農業・工業用水の利用者といった利水事業者からの負担金によって賄われる。利水事業者が負担金を分割で支払う場合、水資源機構は財政投融資や「水資源債券」によって資金を調達し、事業を進める仕組みだ。
2001年から発行してきた水資源債券は、債券市場におけるSDGs債の拡大潮流を受け、2020年度から「サステナビリティボンド」として発行されることとなった。その目的を、金尾理事長は「安定的かつ効率的な資金調達を行うため」と語る。

この転換は成功を収めている。水資源機構の事業が「気候変動適応プロジェクト」の側面を持つことからESG投資家からの人気は高く、実際に2024年度の発行では、投資表明件数が過去最多の29件(うち新規23件)に達した。金尾理事長はこうした手ごたえを「機構への支持・共感の強化と投資家層の拡大を両立しつつ、適正なスプレッド水準(での資金調達)を追求できた。機構の環境リスクマネジメントやガバナンス体制、そして気候変動への取り組みを広く国民に伝えるPR効果にもつながっている」と振り返る。
価値可視化が組織の求心力と未来の人材を育む
水資源機構の事業は、SDGsの理念と直結していることも特長だ。「安全で良質な水の安定供給」や「洪水被害の防止・軽減」といった業務は、SDGsの目標6「安全な水とトイレを世界中に」、目標11「住み続けられるまちづくりを」、目標13「気候変動に具体的な対策を」などに文字通り貢献する価値を持つ。
サステナビリティボンドの発行と、格付投資情報センター(R&I)からの第三者評価の取得は、こうした事業の社会的・環境的価値を客観的に可視化した。金尾理事長はその効果を、「我々の事業が持続可能な社会の維持に役立っているということを、従業員が誇りと自信、組織に対する愛着を持って認識できる」と語る。
組織の文化にも影響を与えている。「『当たり前のことが当たり前にできなくなると大変なことになる』という使命感が、職員のモチベーションとなっている」と金尾理事長は分析。実際に若い職員も率先して、管理する堰が地震で被災した場合を想定した実践的な訓練を企画・実行した例も出ているという。また社会貢献への意識が高い学生に対する採用活動においても、事業とSDGsの結びつきは大きな訴求力となっている。

組織変革とDXで、機構自体のサステナビリティも
一方で、多くのインフラ管理組織と同様に、水資源機構も技術継承という課題に直面している。経験豊富なベテラン職員が退職していく中で、専門技術や地域関係者とのネットワーク、災害時対応のノウハウを次世代に伝えていく必要がある。
これに対し、機構は2025年4月、「人材育成・採用戦略課」を新たに設置。ベテラン職員が講師となり、全国の現場を回って若手職員に少人数制で直接指導する取り組みを始めた。一方的な研修ではなく、個々の理解度に合わせたフォローアップを行うことで、着実なスキルアップを目指すものだ。
さらに、根底にある人員減少に対応すべく、組織体制そのものにもメスを入れた。同じく2025年4月、全国に31あった管理所を18の総合管理所に再編・集約。これにより、共通業務の集約化・効率化や、職員間のコミュニケーション活性化、災害時における機動的な人員配置が可能となり、より強固で効率的な管理体制の構築を目指す。こうした変革は、全国転勤を前提とした従来の働き方を見直し、特定の水系に精通した「水系のプロ」を育成するという、地域密着型の人材戦略とも連動している。地域ごとに自然条件や利水者との関係性が異なる中、「適切な水系管理には、地域をよく知り、地域の関係者と信頼関係を構築することが基本になる」と金尾理事長はその重要性を語る。
同時に、現場の負担軽減・効率化に向け、DXやAI活用も積極的に推進。これまで職員が現地に赴いて行っていたゲート操作を遠隔化したり、施設の監視をカメラやセンサーを搭載したドローンで代替したりするなど、省力化・高度化を進めている。ただし、人命に関わる洪水操作など、責任の所在が問われる業務の完全な自動化には慎重な姿勢を崩さず、技術の信頼性と制度設計の両面から段階的に導入を進める方針だ。

(写真提供:水資源機構)
全体最適を目指す「流域総合水管理」へ
最後に、今後の水資源利用のあり方について、金尾理事長は「流域総合水管理」というキーワードを挙げた。これまでは、洪水を防ぐ「治水」、水を利用する「利水」、生態系を守る「環境」が、それぞれ部分最適を追求してきた。しかし、その結果として、治水を優先するあまり環境が損なわれるといったトレードオフが生じてきた側面もある。
これからの時代に求められるのは、これら3つの要素を統合し、流域全体での最適化を目指すアプローチだという。「水の価値を、エネルギーや土砂を運ぶ機能なども含めて多角的に見直し、全体最適を目指す水管理の時代になる。我々は施設と人材という資源を生かし、その実現に貢献していく」と金尾理事長は語る。
水インフラが直面する課題は、もはや一つの組織だけで解決できるものではない。流域に関わるあらゆる関係者と連携し、ハードとソフト、そして人の知恵を総動員して、持続可能な社会を築いていく。水資源機構の挑戦は、「当たり前」の未来を守るための、静かだが力強い歩みと言える。

横田 伸治(よこた・しんじ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
東京都練馬区出身。毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバ職員を経て、現職。 関心領域は子どもの権利、若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりなど。













