
私は1980年代のベネズエラで育ちました。当時は、農業に携わる人がまだ多くいました。しかし、私にとって農業とのつながりはもっと個人的なものでした。マンゴー、バナナ、グアバの木、さらにはイチゴが家の庭で育ち、隣人の庭でも同じような光景が広がっていたのを覚えています。弁護士や教師、商店主であっても同じです。食べ物を育てることは私たちの日常生活の一部であり、土地と恵みが深く結びついていることを感じさせてくれました。
こうした日常的な「土地とのつながり」は、今のヨーロッパでも見られます。そして農家や漁師たちは新しい役割を担い始めています。彼らはコミュニティに食料を提供するだけでなく、静かに気候変動という課題に向き合うリーダーとして力を発揮し始めています。再生型農法の畑から海藻の養殖場まで、持続可能性の概念を、地域に根ざしたオーセンティックで不可欠なものとして再定義しているのです。
欧州の土壌の再生〜スペインから北欧まで〜
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EUでは土壌の60%以上が劣化し、深刻な状況が続いています。しかし、再生に向けた活発な取り組みも進んでいます。
南ヨーロッパでは、農家、研究者、地域の行政機関が協力して再生型農法を実験するプロジェクトである「LILAS4SOILS」が注目を集め、土壌の健康を回復させ、炭素を固定すること(炭素貯蔵)を目的とした「リビングラボ」を設立しています。一方、「Climate Farmers」のようなネットワークは、再生型農業を実践する生産者のコミュニティを拡大しています。2019年の設立以来、この組織はピアラーニングや研修、そして「BENCHMARKS」や「KIARA」 といった、再生型農業で大きな成果を上げているEUプロジェクトを通じて、2万ヘクタール以上の農地を含む400以上の農場の再生型農法への移行を支援してきました。
イギリスでは、「Wild Ken Hill」のような農場が、従来型の深く耕す方法や化学肥料・農薬の使用をやめ、堆肥を使って土をあまり掘り返さず、微生物や昆虫など土壌の生き物たちの生態系を守り育てる農法に切り替えています。初めは収穫量が落ちましたが、やがて生物多様性が豊かになり、化学薬品・農業機械などのコストのかかる設備・資材に頼らなくてもよくなりました。
こうした関心の高まりは、農家たちの活動が広く知られることにもつながっています。2025年に始まった欧州の取り組み「Top 50 Farmers」では、気候変動に対応できる農法アプローチを実践する22カ国の先駆的な再生型農業を実践する農家50人が表彰されました。
海藻によって「海の守り手」となる漁師たち
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海の世界でも新たな動きが見られています。アイルランドのマルロイ湾では、漁師たちが減少する漁獲に頼るのではなく、EUの支援プログラムを活用して「アトランティックワカメ」の養殖に取り組んでいます。海藻が気候変動の緩和にもたらす効果は顕著です。
海藻は、肥料を使わずに急速に成長し、炭素を吸収し、周囲の水質まで浄化してくれるのです。オランダでは「North Sea Farm 1」が洋上風力発電施設のスペースを活用した大規模な海藻養殖を実験中で、毎年数百万トンのCO2を吸収できる可能性を秘めています。一方、小規模漁業者は資金を得るのが難しく、本来なら彼らの知識が最も役立つ場面で、蚊帳の外に置かれてしまうリスクがあります。
海藻の導入にはいくつかの課題も伴います。最近のガーディアン紙の報道によると、スペインやイタリアの小規模漁業者たちは、EUの助成金を申請する際に、長く複雑な行政手続きに直面しています。仕組みが、大規模事業に有利なのです。漁師たちが真の“環境インフルエンサー”となるためには、こうした現場の担い手に対して公正な支援が不可欠です。
日本にも“環境インフルエンサー”は存在する
日本にも、そのような“環境インフルエンサー”は存在します。福岡正信氏が提唱した「自然農法」を実践する農家たちは、「耕さず、化学肥料を使わず、草取りもしない」という方法で、伝統を守りながら、自然の力で土壌が回復することを示しています。沿岸では、海苔(のり)漁師たちが何世紀にもわたる知恵を生かして海の暮らしを支えており、その結果、海苔は日本の文化・習慣や食に欠かせない存在として根付いています。しかし、欧州と同じように、小規模生産者たちは行政手続きの壁に直面し、声が届きにくい状況にあります。彼らの物語が企業の報告書に載ることはほとんどありませんが、文化的誇りや本物の気候行動を喚起する力を持っています。
再生の取り組みは、土壌科学や海藻の生産量だけの話ではありません。地域の人々が昔から知っている知恵を再認識することが大切です。欧州や日本の畑、あるいは私のベネズエラでの幼少期の庭を見ても、教訓は同じです。「土地を大切にすれば、土地は必ず応えてくれる」ということ。農家や漁師たちは、再生とは抽象的な目標ではなく、忍耐と誇りをもって土地を育む暮らしの在り方であることを示しています。土地を育てれば、必ず恵みを返してくれるのです。

ベッティーナ・メレンデス
戦略立案、マーケティング、ビジネスデザインを専門に国際的に活躍。オランダ領キュラソー島政府観光局やベルリンのスタートアップで経験を積み、10代の頃からNGO活動に携わるなど、社会貢献にも積極的に取り組み、サステナビリティに関する幅広い知見を持つ。2021年に顧客体験を重視した幅広いデザインを提供するニューロマジックに参画。2024年からはニューロマジックアムステルダムのCEOおよび東京本社の取締役CSO(Chief Sustainability Officer)に就任し、持続可能な未来の実現に取り組む。 現在はオランダ・アムステルダムを拠点に活動中。社会・環境・経済のバランスを考慮したビジネスの推進に尽力している。