• 公開日:2025.09.24
牛乳とジャガイモの皮が包装に――脱プラスチックを進める5つのイノベーション
  • Tom Idle

国際プラスチック条約の交渉はここにきて暗礁に乗り上げ、実現は遠ざかってしまった。そんな状況を尻目に、世界各地の研究者はプラスチックに代わる素材や成分の開発を意欲的に進めている。飲み終わったペットボトルの成分を利用した鎮痛剤や持続可能なコスメの成分、牛乳に含まれるたんぱく質やジャガイモの皮を使った包装資材、短期間で海水に溶けてなくなるポリマーなど、発想が意外な成分から循環経済に寄与できそうな技術まで、驚きのイノベーションが多数誕生している。(翻訳・編集=遠藤康子)

Image credit: Thomas G.

スイス・ジュネーブで2025年8月、国際プラスチック条約の締結を目指して開かれた政府間交渉委員会は不調に終わった。合意すれば、温室効果ガスの排出削減目標を定めたパリ協定と同様、プラスチック汚染に関する画期的な国際協定になるはずだったが、生産規制などを巡る溝は最後まで埋まらなかった。

しかし、医学誌『ランセット』の最新報告書にもあるように、プラスチック汚染は人類に対する脅威であり、もはや待ったなしの状態だ。そこで本稿では、脱プラスチック研究の最前線から5つの新技術を紹介しよう。

ペットボトルから作られる鎮痛剤

Image credit: Freepik

ごみとして捨てられたポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂、つまりペットボトルからアセトアミノフェン(別名パラセタモール)に必要な成分を取り出す技術を、英エジンバラ大学のスティーブン・ウォレス教授率いる研究チームが開発した。アセトアミノフェンは世界で最も使われている鎮痛剤で、現在も化石燃料由来の化学物質フェノールを使って製造されている。そのフェノールに代わって、捨てられた炭酸飲料や食品包装のPET樹脂を使おうという試みだ。

・技術的な仕組み

2023年、遺伝子を組み替えた細菌を利用してペットボトルから取り出した成分を、神経疾患向けの医薬品に転換できることが判明した。これを受け、PET由来の重要な分子「テレフタル酸」をアセトアミノフェンの成分として利用できることを発見したのがウォレス教授の研究チームだ。その過程はビールの醸造と似ており、まずは遺伝子を組み替えた大腸菌(E. coli)の特性を利用してテレフタル酸を発酵する。この大腸菌は、プラスチック由来のテレフタル酸をアセトアミノフェンが90%を占める化合物へと変換するようプログラムされており、変換は24時間以内に完了する。さらに驚くのは、この反応が室温で進行することだ。従って、蒸留や結晶化など、多くのエネルギーを必要とする従来の医薬品製造の工程は不要となる。

・環境意識の高い企業が注目すべき理由

プラスチック汚染源であるPETの再利用と医薬品製造時の排出削減を両立できる、一石二鳥の技術だ。鎮痛剤のアセトアミノフェンは2024年、世界総生産量が27万5000トンを超え、需要が伸び続けているため、環境により優しい製造法の開発が急務となっている。この技術は、埋立地や海に行き着くプラスチックを必須医薬品に転換して循環させ、廃棄物を資源に一変させている。また、低エネルギー・低排出なので、医薬品業界のカーボンフットプリントを大幅に削減すると同時に、循環型経済を促進する可能性を秘めている。さらなる試験と規模拡大が必要だが、実に大きなインパクトが期待できる技術だ。

マイクロプラスチックを含まない化粧品用増粘剤

Image credit: Freepik

デンマーク発バイオテック系スタートアップのCellugy(セルジー)が、多くの化粧品に含まれている化石燃料由来の増粘剤に代わる画期的な成分「EcoFLEXY Rheo(エコフレクシー・レオ)」を開発した。発酵作用で生成されたパウダー状のバクテリアセルロースで、石油化学製品を一切使っておらず、化粧品のクリームやジェル、セラムの粘度を高めて使用感を変えるレオロジー調整剤代わりに使うことができる。従来の化石燃料由来レオロジー調整剤はマイクロプラスチック発生源だが、全くと言っていいほど重視されてこなかった。

・技術的な仕組み

エコフレクシー・レオは、糖を栄養源とする特殊な菌株から高純度の結晶セルロースを生成し、これを乾燥させて微粒パウダー状にすれば完成だ。あとは通常の増粘剤と同じように化粧品処方に加えることができる。植物由来やナノスケールのセルロースは扱いや調合が難しいが、エコフレクシー・レオは混ざりやすい上に、粘度に優れて調整もしやすく、安定していて、従来の化石燃料由来増粘剤と同等かそれを上回る感触を得られる。

・環境意識の高い企業が注目すべき理由

欧州連合(EU)で2023年にマイクロプラスチック添加製品の販売を禁止する規則が施行されるなど、化粧品会社は規制への準拠を求められており、機能が同等で持続可能な代替品を導入しなければならない。エコフレクシー・レオなら、従来の増粘剤代わりになり、有害なプラスチックを除去でき、量産時に投入しても従来品と同等かそれ以上の効果を得られる。同社は2025年6月にEUから810万ユーロ(約13億円)の助成金を受けた。

エコフレクシー・レオは、グリーンケミストリーが機能性に優れ、速やかな量産化と商品化が可能であることの証しであり、持続可能な製品を模索する企業にとっては魅力的な技術だ。これを機に、美容業界に限らず、持続可能な成分構成の常識が塗り替えられるかもしれない。

乳たんぱく質と植物でできた包装資材

Image credit: Kevin Malik

米ペンシルベニア州立大学の研究チームが、有望な生分解性の包装資材を新たに開発した。その原料はなんと、乳タンパク質と植物性化合物だ。カゼイン(牛乳に含まれるたんぱく質の一種)とヒプロメロース(植物由来のセルロース誘導体)を混ぜ合わせて超極細のナノファイバーを生成し、それを紡いで軟らかいマット状に加工したものだという。食品包装資材以外にも用途は幅広く、いずれは実用的な生分解性(さらには食べられる)フィルムの開発を目指す。そうなれば、プラスチックのラップや使い捨てパッケージは不要だ。

・技術的な仕組み

この資材に用いられたのは、溶液に高い電圧をかけて人間の髪の毛より細い糸を紡ぐ「エレクトロスピニング(電界紡糸)」という手法だ。研究チームは、カゼインとヒプロメロースを混ぜた溶液を作り、エレクトロスピニングによってこれまでにない強度のナノファイバーを紡ぐ技術を考案した。あとはマット状に加工してフィルムや包装資材に成形するだけでいい。注目したいのは、このマットを湿度の高い冷蔵庫内などに置くと透明なフィルムに自然と変化する点で、ラップ替わりの食べられるフィルムになる可能性もある。

・環境意識の高い企業が注目すべき理由

包装資材は、世界全体のプラスチックごみのほぼ40%を占める。生分解性があり、無害で再生可能な資源から作られているこうした素材なら、生鮮食品や総菜などの分野を中心に、食品包装資材のフットプリントを大幅に削減できるかもしれない。用途に合わせて成形できるため、さまざまな需要にも対応可能だ。食べられる包装資材が誕生すれば、ごみを一切出さない新形態の製品も夢ではない。持続可能な包装資材のイノベーションに力を入れる企業は注目すべき技術だ。

強度と海洋生分解性を兼ね備えたポリマー

Image credit: Aust

韓国の研究チームが、ポリエステルアミド(PEA)の新素材ポリマーを開発した。この新素材は、ナイロンと同等の強度がある上に、大半のプラスチックと違って海水に自然分解されるという利点を持ち、実験では92%が1年未満で分解されたという。海洋プラスチック汚染対策としての可能性を秘めた海に優しい素材で、現段階で最も有望視されているものの一つだ。

・技術的な仕組み

一般的な生分解性プラスチックは、強度が足りないか、産業用の堆肥化施設が必要だ。しかし、この新素材は強度も生分解性も見事に両立している。韓国化学研究院(KRICT)、仁荷大学、西江大学が集結した研究チームは、PEAに工学的処理を施して改良し、衣料品や食品包装資材、漁具など実際の用途に必要な伸張強度を維持できるようにした。また、新素材は合成時に有害な有機溶媒を使わずに済むため、既存のポリエステル製造ラインにほとんど手を加えず製造でき、商業化もはるかに容易だ。

・環境意識の高い企業が注目すべき理由

海を漂うプラスチックごみは最も目に見えやすく破壊的な汚染だ。海や河川に流れ込む量は年間2300万トンに達し、漁網、繊維、包装容器などが特に多い。このイノベーションは、「実環境での機能性」「海洋生分解性」「規模拡大の可能性」と利点が三拍子そろったまれなケースで、プラスチック汚染削減で先導役を果たそうとしている企業にとっては魅力的だ。

PEAはどうやら、話題を呼んでいるばかりか、かねてから海の生態系を汚染してきたナイロンなど合成繊維に代わり得る実用的な素材のようだ。ファッション業界や食品業界、水産業の企業にとっては、環境に残留するプラスチックから、使用後は分解されて海水に溶けていく素材へと転換できる絶好の機会であることは間違いない。研究チームは現在、量産化に向けて提携先業界を模索中で、測定が可能で社会的意義のあるインパクトを他に先駆けて実現する機会が開かれている。

ジャガイモの皮でできたバイオポリマー容器

Image credit: EyeEm

スイス発スタートアップのPeelPack(ピールパック)が、ジャガイモの皮を使ったバイオポリマーの小型容器を開発した。冷蔵輸送中でも果物や野菜の鮮度が維持されるよう配慮された容器で、生分解性があり、堆肥にできるばかりか、商用化に必要な耐久性と食品安全性も兼ね備えている。包装容器のごみ問題を解決するために生ごみを使うという巧みな発想で、生鮮食品用プラスチック容器に革命が起きるかもしれない。

・技術的な仕組み

ジャガイモの皮という生ごみを、化学的かつ構造的に安定したバイオポリマーに変換するというのがみそだ。このバイオポリマーは耐湿性があり、冷蔵保存も可能な上に、抗酸化力と紫外線防護効果を発揮して容器中の食品を保存してくれる。一部のバイオ由来素材と違い、物流現場での耐久性が高く、大規模な改修を施さなくても既存の物流インフラに統合できるため、迅速な商業利用が可能だ。

・環境意識の高い企業が注目すべき理由

生鮮食品売り場にずらりと並んでいるように、プラスチック製の小型容器は包装ごみの一大要因だ。ピールパックが開発したバイオポリマー製容器は、温室効果ガスの削減と化石燃料への依存ならびに埋立地への負担の低減につながる手軽な代替品だ。また、食品業界の副産物が原料なので、ごみに新たな価値を与えることで循環性も向上する。

同社は2025年5月にスイスのベンチャー企業から1万649ユーロ(約184万円)の資金支援を受け、生産規模の拡大と国内大手食料品店での試験運用に向けて準備中だ。このイノベーションは、包装資材規制やESG目標を満たさなくてはならない企業にとって、着実に前進できる機会で、エコフレンドリーな上に市場に投入しやすいという利点もある。

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