• 公開日:2025.09.02
ランセット、プラスチック汚染と健康のグローバル監視システムを始動
  • Sustainable Brands Staff
Image: jcomp

プラスチック汚染を防ぐための国際条約について、8月中旬までスイス・ジュネーブで行われていた政府間交渉は合意に至らなかった。その一方で、世界有数の医学誌『ランセット』は時を同じくして報告書を公表し、「プラスチック汚染は人類に対する脅威だ」と述べて危機感を募らせている。さらに、プラスチックと健康に焦点を当てたグローバル監視システムの立ち上げを発表。プラスチック汚染対策を立案する世界中の意思決定者を後押しする取り組みで、定期的に最新の指標やデータを報告していくという。(翻訳・編集=遠藤康子)

プラスチック汚染が人間と地球の健康に与える影響は深刻で、その危険性は増す一方である――。ランセットは2025年8月3日に発表した重要な報告書で、そう声高に呼びかけた。折しも、スイスのジュネーブでは、プラスチックによる環境汚染を防ぐための国際条約締結を目指して政府間交渉会議が開かれていたが、業界ロビイストと米政権による妨害や規制を求める国々と産油国の対立で、合意には至らず閉会した。ランセットの最新報告書は多数の最新研究を検証した内容となっており、プラスチックが生産されてから廃棄されるまでのライフサイクル全体を通じて、健康とプラスチック汚染の間には否定し難い因果関係があるという最新の知見が示されている。

プラスチック汚染による健康被害は深刻

地球環境を汚染しているプラスチック廃棄物の総量は現在、推定で80億トンに達している。マイクロプラスチック(直径5mm未満)やナノプラスチック(直径1マイクロメートル未満)、そしてプラスチックに含まれる複数の化学物質はいまや、地球上の最も隔絶された場所や、世界各地の海洋生物、人間を含む陸上生物の体内からも検出されている。

プラスチックは生産されてから廃棄されるまでの間に、あらゆる年代の人間の健康に害を及ぼす。中でも過度な苦しみを強いられているのは弱者だ。ランセットの最新報告書は、プラスチックとプラスチック汚染が幼児から高齢者に至る全世代にいかに作用して病気や死亡を招くのかを詳述し、健康被害に伴う経済負担の膨大さを浮き彫りにしている。プラスチックに含まれる化学物質のビスフェノールA(BPA)、フタル酸ジ(2-エチルヘキシル、DEHP)、ポリ臭化ジフェニルエーテル(PBDE)の3種による健康被害だけでも、38カ国が被る経済コストは推定で年間1兆5000億ドルに上るという。

ランセットが交渉団に呼びかけ

最新報告書の筆頭著者フィリップ・ランドリガン教授は、国際プラスチック条約にはプラスチックのライフサイクル全体から人間の健康と環境を保護する措置を盛り込むことが不可欠だと強調した。「すでに多くの知見が得られているように、プラスチックが生産されてから廃棄されるまでの間に人間の健康と環境に与える影響は、広範囲で深刻です。そして、乳幼児と子どもを中心とした弱者が最も大きな被害を受けています。結果として社会が被る経済損失は莫大(ばくだい)であり、こうした事態に対応すべく行動を起こすことが私たちに課せられた義務なのです」。ランドリガン教授はボストンカレッジのプラネタリーヘルス(地球の健康)に関するグローバルオブザーバトリー責任者でもある。

ランドリガン教授はまた、ジュネーブでの政府間交渉に参加した国々に向けてこう呼びかけた。「ジュネーブで交渉に臨んでいる皆さん、世界が直面するこの危機を乗り切るために、挑戦に立ち向かってください。そして、この機会を生かして、効果的で意義のある国際協力が可能になるような共通の基盤を見出してください」

ランセット独自の監視システム

ランセットの最新報告書ではさらに、プラスチックと健康に焦点を当てたグローバル監視システム「健康とプラスチックに関するランセット・カウントダウン(The Lancet Countdown on Health and Plastics)」の立ち上げが発表された。毎年公表している「ランセット・カウントダウン 健康と気候変動に関する報告書」をモデルとして誕生した新しい監視システムだ。

「『ランセット・カウントダウン 健康と気候変動に関する報告書』を毎年発表してきたことで、気候変動による健康被害に配慮することが気候についての議論の中心的テーマになりました」と話すのはジョアキム・ロックラブ教授だ。ハイデルベルク大学のグローバルヘルス研究所、ならびに科学技術計算総合センター(IWR)のディレクターで、新設されたランセット・カウントダウン監視システムの共同代表、健康と気候変動に関するカウントダウンの欧州地域共同代表でもある。「プラスチック汚染について議論をする際に健康被害が引き続き中心的テーマとして取り上げられるよう、新カウントダウンはデータを提供していきます」

新カウントダウンは、プラスチックのライフサイクル各段階について、科学的根拠があると同時に、地理ならびに時間を反映した代表的な指標群を特定し、定期的に報告していく予定だ。さらに、プラスチックとの接触(暴露)をできるだけ減らし、人間の健康への影響を低減していく取り組みの進み具合を追跡し、公衆衛生に資する意思決定を正しい情報に基づいて今後も下していけるよう、独自データを提供していくことを目指す。

世界各地の意思決定者を後押し

最新報告書の共同著者で、新カウントダウン作業部会の共同リーダーを務めるマーガレット・スプリング氏はこう話す。「今後、この重要な条約の締結実現と発展を推し進めていくために、世界各地の意思決定者が最良の科学的根拠を活用できるようにしなくてはなりません。カウントダウン報告書はこれから、利用しやすく確かな独自データソースを安定的に提供し、世界、地域、国家、地方、局所レベルで効果的なプラスチック汚染対策を立案できるよう、後押ししていく予定です」

新カウントダウンで目指すのは、「生産と排出」「暴露」「健康への影響」「介入措置と活動」という4つの分野について、指標を策定して経過を追うことだ。「生産と排出」「暴露」「健康への影響」の3分野は、「発生源-暴露-影響」という従来型モデルに従って、プラスチックが生産されてから廃棄されるまでの間に人間の健康に与える影響を把握する枠組みを提供する。4つ目の「介入措置と活動」では、暴露ならびに人間と地球の健康に作用し得る介入措置とは何かを把握し、措置の実施に向けた活動と支援体制ついて状況を確認する。

「プラスチック汚染を人類に対する脅威へと引き上げたランセットの判断は、世界にとって重要な意味を持ちます。ジュネーブに会し、プラスチック汚染のまん延から未来の世代を守るための国際条約を締結すべきか否かを話し合っている交渉団は、ランセットの判断を無視してはなりません」

豪慈善団体ミンデルー財団のプラスチックとヒューマンヘルス部門責任者で、新カウントダウンのプリンシパルサポーターでもあるサラ・ダンロップ教授はそう語る。「プラスチック製の日用品には有毒な化学物質が含まれており、幼児から高齢者まで年代を問わずあらゆる人の体に侵出し、健康に害をもたらしています。人体に有害であることは確実で、その証拠が一貫して示されています。国際プラスチック条約の締結はこの問題に対処するための規制を導入できる絶好の機会になるのです」

ランセットの報告書はこちらから

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