• 公開日:2025.08.18
プラスチック条約交渉、またも合意ならず 打開策はどこに?
  • 廣末 智子
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プラスチックによる環境汚染を終わらせる国際条約の実現に向けた交渉が、またも暗礁に乗り上げた。8月5日からスイス・ジュネーブで開かれていた政府間交渉会議(INC-5.2)は15日、前回(INC-5、2024年11〜12月/韓国・釜山)に続いて合意に至らず、閉会。条約の要となるプラスチックの生産規制を巡り、多くの国が段階的な規制を訴えたが、石油産出国を中心とする反対派が歩み寄ることはなかった。

交渉は、2022年3月の国連環境総会(UNEA)の決議に基づき、2025年までに法的拘束力のある国際条約を策定することを目標に進められてきた。しかしその道のりは難航を極め、期限に間に合わないばかりか、国際ルールをつくるという合意基盤そのものが揺らぐ事態となっている。

国際社会がプラスチック汚染を食い止めるため、打開策は残されているのか――。

化学物質や生産規制を巡って紛糾 暫定案で泥沼に

国連環境計画(UNEP)によると、INC-5.2には、183の国と地域の大臣や閣僚が参加。交渉難航を見越し、前回よりも3日長い10日間の日程で臨んだが、公式と非公式に協議を重ねた末に議論はまとまらず、会期を1日延長した後に、再び交渉の先送りが決まった。次回会合の時期や場所は示されていない。

10日間の会期を1日延長したものの、合意に至ることのなかったINC-5.2(© Florian Fussstetter/ UNEP)

交渉は、条約の目的(第1条)や定義(第2条)から、製品設計(第5条)や廃棄物管理(第8条)といった32項目に及ぶ条文案の最終化を目指して行われた。中でも対立が深刻なのは、使い捨てプラスチック製品の段階的な禁止や有害な化学物質などの規制を扱う第3条と、汚染の根源となる原料の生産規制を盛り込む第6条だ。

第3条では、欧州やアフリカ諸国、海洋プラスチックごみの影響を受けやすい島嶼(とうしょ)国など88カ国が、問題となる化学物質のリスト化と義務的な削減措置を支持。これに、自国経済への影響を懸念するサウジアラビアなどの産油国が強く反発した。

第6条では、産油国に加えインドやロシアなども条約で扱うこと自体に反対し、廃棄物管理やリサイクルの強化にとどめるべきだと譲らなかった。これまでは条約の策定に向けて、比較的、建設的な意見を発してきた米国も、政権交代の影響から明らかに規制に慎重な立場へと変化した。

こうした状況を受け、最終的に、ルイス・バヤス議長(駐英エクアドル大使)は、生産規定に言及する第6条を削除し、条約を各国の事情を反映した自主的な措置に委ねる暫定案を提示した。しかし実効力のある条約を求める80カ国以上の国々から「受け入れは不可能だ」とする声が相次ぎ、産油国側からも批判が上がるなど、交渉は泥沼に陥った形だ。

「全会一致」にこだわる限り、実効性のない条約に

今回の会合では、条約の締約国会議(COP)での意思決定ルールを定める第20条も議論となった。各国の合意形成の努力が尽き、交渉が行き詰まった際の最終手段として「過半数投票」で決める仕組みを盛り込む案は120カ国の支持を集めたが、暫定案には明記されなかった。

現在の国際交渉は「全会一致」が原則で、1カ国でも反対があれば拒否権が発動し、合意が成立しない。プラスチック汚染の解決に向けた政府間交渉を指す今回のINC(Intergovernmental Negotiating Committeeの略)で膠着(こうちゃく)が続く背景にも、このルールが大きく影響している。過半数投票が導入されなければ、今後も堂々巡りの議論と交渉の先送りが繰り返され、条約が硬直的で実効性のないものとなる恐れは強まる。

NGOに危機感 新たな交渉プロセスの呼びかけも

会合には政府関係者のほか、企業やNGOら400を超える組織から1000人以上のオブザーバーが参加し、交渉の推移を見守った。その結果、またもや合意が先送りされたことに大きな失望と抗議の声が上がった。中には、実効力のある条約を結ぶためには、新たな交渉プロセスに着手すべきだと訴える動きも出ている。

国際環境保護団体のWWFは15日に声明を発表し、「国連のプラスチック交渉が破綻し、明確な道筋が見えない中、各国は新たな道を選ばなければならない」と強調。各国リーダーに向け、「INCのプロセスを超えて交渉を発展させることこそが、野心の低い少数派の制約を克服し、意義のある条約への道を切り拓(ひら)くための前進だ」と呼びかけた。具体的には、条約の原点であるUNEAの決議に立ち戻り、全会一致にこだわらない新たな交渉の枠組みを模索する道が示唆されている。

背景には、条約制定の先に国際社会が見据える、「2040年までに新たなプラスチック汚染をゼロにする」という目標に対する危機感がある。これは2023年のG7広島サミットで各国首脳が合意し、日本を含む74カ国が加盟する「高い野心を持つ連合」(High Ambition Coalition to End Plastic Pollution)が掲げるものだ。しかし現状のままでは、INC-5.2の延長で次回会合を開いても、実効力のある条約がまとまる可能性はきわめて低い。

OECD(経済開発協力機構)によれば、緊急な対策を取らなければ、2060年には河川や湖沼のプラスチック蓄積量は2019年の1億900万トンから3億4800万トンに、海洋では3000万トンから1億4500万トンに増加する。さらに世界経済フォーラムは、「2050年には海洋プラスチックごみが魚の総重量を上回る」と警告する。こうした科学的な根拠に基づいた見通しが示される中、問題の解決に向けた世界の合意形成の糸口がつかめないまま、2040年の目標期限が迫り続けているのが現実だ。

日本政府は「橋渡し」に尽力も、主導は不十分

一方、日本政府は今回のINC-5.2で、各国の包括的な義務として、プラスチックのライフサイクル全体での取り組みの推進などを求めつつ、第6条を巡っては、野心の高い国々と、産油国側との間で折衷案を提案するなど、「橋渡し」を試みた。WWFなどからは、調整役としての尽力を一定評価する声があるものの、「明確に野心的な条約を主導する姿勢」には至らなかったとする指摘も残る。

気候変動や生物多様性の損失と並び、世界の大きな環境課題の一つであるプラスチック汚染と廃棄物問題。その解決に向けた条約が骨抜きのものになれば、地球環境へのダメージはさらに深刻化することが懸念される。

国際社会が分断を越え、「実効性のある条約」への道筋をつくれるのか。それとも、歴史的なチャンスをみすみす失い、プラスチック汚染を未来世代へと引き継いでしまうのか――今、その分かれ目に来ていると言えるだろう。

written by

廣末 智子(ひろすえ・ともこ)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局  デスク・記者

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、2022年より現職。サステナビリティを通して、さまざまな現場の思いを発信中。

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