
世界最大規模の広告祭「カンヌライオンズ」が、今年も6月に南仏カンヌで開催された。厳しさを増す世界情勢の中でも、持続可能性を扱ったプログラムの数は過去最多だった。グランプリを受賞した34作品のうち22作品がパーパスに関連したものであり、持続可能な社会の実現に向けて役割を果たすことが事業成功の原動力になることが示された。本記事では、カンヌライオンズのSDGs部門で審査員を務めたこともあるトーマス・コルスター氏が、今年の受賞作の一部を紹介。AIや気候変動など、あらゆる面で岐路に立たされる広告業界に変革を呼びかける。(翻訳・編集=茂木澄花)
サステナビリティと広告は今、どちらも危機にひんしている。サステナビリティに関するコミュニケーションは、たいてい段ボールのようにのっぺりとして堅苦しい。建前上の機能は果たすだろうが、誰もじっくり味わって、安心感を得たり感動を覚えたりはしない。感情は置き去りになっている。理解はできるが、何も感じない――そんなコミュニケーションになっていないだろうか。
今年のカンヌライオンズでは、メッセージを伝えるにあたって感情が重要な役割を果たすということを改めて認識した。カンヌライオンズは世界最大級の広告の祭典だ。創造性を称える場であるとともに、正直、セラピーのようにも感じる。心が麻痺(まひ)し、つながりが絶たれ、圧倒される感覚を持つ人が多い今、感情を探究し、感情を扱うために欠かせない癒やしとなっている。
この祭典は、世界的に関心の高い広告賞の授賞式でもある。今年は、93カ国から2万6900作品以上のエントリーがあった。特に多くの作品がしのぎを削るのが、サステナビリティ分野だ。今年グランプリを受賞した34作品のうち22作品が、パーパスに関連したテーマを扱ったものだった。勇気を持って創造性と人間らしさを発揮すれば、サステナビリティは事業を成長に導く確かな原動力になる。
創造性が、実際の変化を起こす
受賞したキャンペーンの多くは、単なる意識向上にとどまらず、創造性を生かして実際に問題を解決している。例えば、ニュージーランド・ヘルペス財団のキャンペーン「ヘルペス患者にとって世界一の場所(The Best Place in the World to Have Herpes)」がある。一般的で治療が可能な病気にもかかわらず、ニュージーランドではヘルペスに対する偏見が強いという。同財団は「ヘルペス患者にとって世界一の国になろう」と呼びかける一連の啓発動画を公開した。感染症というシリアスになりがちな話題を、あえてコミカルに発信することで、偏見や恥の意識を効果的に取り除いている。
フランスの保険会社アクサ(AXA)による「3つの単語(Three Words)」の取り組みでは、フランス国内の住宅保険規約に、火災や洪水だけでなく「および家庭内暴力(and domestic violence)」という文言を追加した。これにより、DV被害者は緊急転居が可能になり、支援を受けられるようになった。また、ブラジルの美容企業ナトゥーラ(Natura)は、AIを搭載したドローンを使ってアマゾン地域の樹木の位置と樹種の情報をマッピングし「森林史上最大の樹木データベース」を作成したという。持続可能な収穫の意思決定を支援し、樹木を切り倒さないことが経済的な機会につながるようにすることを目的に、このデータを農業や採集を行う地元住民に共有している。
いまだにパーパスのビジネス的な意義を疑っている人は、ロレアルの約18分のドキュメンタリーを見てほしい。同社の有名なキャッチコピー「私はそれにふさわしい(Because I’m worth it)」について詳しく、感動的に紹介している。有意義なメッセージがあれば、人々は長尺のコンテンツであっても、関心を持って見てくれるものだ。
サステナビリティをもっとオープンに
米国の現政権が気候変動を認めない立場を取っていることから、サステナビリティに関するコミュニケーションを控える企業も見られる。しかし、カンヌライオンズにはそうした影響はなかった。むしろ、サステナビリティに関するプログラムや議論は、過去最多となった。以下はその一部だ。
国連グローバル・コンパクトは「持続可能な成長に向けた、最高マーケティング責任者の計画(CMO Blueprint for Sustainable Growth)」と題した指針を発表した。最高マーケティング責任者(CMO)をはじめとする企業のマーケティング担当者が、戦略の根幹にサステナビリティを組み込むための道筋を示す。
また、カンヌライオンズの会場に、初となる「ライオンズ・サステナビリティ・ハブ」が設置された。成果を上げている取り組みの事例紹介などが展示されており、参加者同士が議論できる交流の場だ。広告で社会課題・環境課題を解決する国際的なNPO法人アクト・レスポンシブル(ACT Responsible)と、筆者が創業者である広告代理店グッドバタイジング・エージェンシー(Goodvertising Agency)の協力で実現した。
さらに、昨年に引き続き「オープンハウス・フォー・グッド」も開催された。これは、2時間のセッションを入場無料で開催することで、さまざまな人を巻き込んだ対話を創出し、より多様な意見に門戸を開く取り組みだ。
カンヌライオンズから気付きを得て、価値観に基づいた経営をする企業が増えることを期待したい。
リーダーが求められている
それでもやはり、カンヌライオンズの会場にはどこか落ち着かない雰囲気が漂っていた。壇上での議論を聞いたり、ワインを片手に話したりしていると、AIや気候変動などについて、不安視する人から盲目的に楽観視している人までさまざまだった。アップルのヴァイス・プレジデントであるトア・ミレン氏は基調講演の中で、創造性においては「人間らしさ」が重要であり、人間に優位性があると主張していた。
しかし、明らかにAIは広告業界を根本から変え始めていて、カンヌライオンズもすでにテクノロジーに大きな影響を受けている。行動を起こさない限り、業界の仲間たちにも実際に影響が及ぶだろう。ハリウッドでは、映画脚本家と俳優たちが組織立って意見を表明している。一方の広告業界は、テクノロジーを野放しにしている。
とはいえ、グランプリを受賞したダヴをはじめ、AIの力を「良いこと」に使っている企業もある。ダヴは、ピンタレスト(写真共有SNS)のアルゴリズムを訓練し、同ブランドが提唱する「リアルビューティー」の基準に沿った女性の画像を学習させている。これにより、検索フィードにまん延する、AIで拡張された、実際には達成することのできない美に対抗しているのだ。
「比較的害が少ない」製品ではなく、根本的な解決策を
誤情報の問題、気候変動、デジタルの安全性に関して、私たちはループにはまり、同じ議論を繰り返している。実質的な行動が起こっていないことが問題の中心なのに、どうしてグリーンウォッシュについて議論する労力を無駄にするのだろう。
ほとんどの人にとって、本当に持続可能な製品を購入したり、そうした製品に関する情報を手に入れたりすることは非常に難しい。比較的害の少ない選択肢を選ぶしかないのだ。しかし、その多くはいまだに化石燃料に頼っている。
市場を支配しているのを良いことに、流通業からメディアまで大手企業は、今すぐ必要な抜本的対策への投資をせず、「比較的害が少ない」製品の支援を続けている。しかし、ほとんどの分野で、破滅的な気候変動を防ぐためのより良い選択肢は他にあるはずだ。時間は待ってくれないのに、なぜいまだに企業はためらっているのだろうか。
傍観をやめ、変化の担い手になろう
広告業界は「人の業界」だ。どんなツールも、フレームワークも、テクノロジーも、業界に必要な変化を起こしてはくれない。変化を起こすのは人だ。だから、助手席に座って衝突事故が起こるのをただ見ているのはやめよう。
仲間や業界のためにも、今こそハンドルを握ろう。私たちが社会で活動する資格を持ち続けられるかどうかは、これからの取り組みにかかっている。