• 公開日:2025.07.28
ベッティーナ・メレンデスのサステナビリティ戦略
【欧州の今を届けるコラム】第6回 CSDDDに見る企業の説明責任におけるNGOの新たな役割とは
  • ベッティーナ・メレンデス


過去1年間だけでも、欧州の環境NGOは気候変動とエネルギーの目標を達成していないとして、8つのEU加盟国に対して苦情を申し立てました。これは、市民社会が企業のルール遵守をチェックするために、国や政府の仕組みを積極的に利用していることを示しています。

このような行動こそが、2024年7月に発効したEUの「企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive)」(以下、CSDDD)の核心にあります。

CSDDDは、EU内で事業を展開する大企業に対し、自社のバリューチェーンに潜む人権や環境に関わるリスクを把握し、それを未然に防ぎ、問題発生時には適切に対応することを法的に義務付けています。この「バリューチェーン」には直接のサプライヤーにとどまらず、原材料の調達から製造、流通、販売、さらには廃棄に至るまで、あらゆる段階が含まれます。さらにCSDDDは、企業の責任の一環として、被害者や関係者が問題を訴えやすい環境づくりも求めています。

これまでの指令とは異なり、CSDDDは、市民社会を巻き込んでいるのが大きな特徴で、その中心にいるのがNGOです。NGOは、単なる批評家ではなく、重要なプレイヤーとして、監視者として、協力者として、そして説明責任を見守る擁護者として、そこに存在しているのです。


私は今サステナビリティの分野で働いていますが、そのずっと以前から、NGOの重要性を身をもって感じてきました。母はUNICEFでのボランティア活動や、アムネスティ・インターナショナルでの翻訳の仕事を通じて、「政府が声を上げられない、あるいは上げようとしないときに、市民社会が声を上げることができる」ということを示してくれました。その影響で、私は10代の頃からグリーンピースやテール・デ・ゾム、アムネスティ・インターナショナルでのボランティア活動に関わるようになったのです。

「女性器切除(FGM)」のような問題についても学び、「NGOがなければ、こうした人権侵害の多くは表に出ることも、正されることもないのだ」と気付いたことを今でも覚えています。この経験は、私の中に深く刻まれました。 政府がためらうとき、市民社会が行動するとはどういうことかを目の当たりにしました。

そしてそれは私に希望をくれました。どんなに見えにくい虐待であっても、それに立ち向かう誰かが、どこかに必ずいる。人権と地球の権利のために声を上げる人がいる、という希望です。そして時は流れ、ようやく法制度もこの現実に追いつこうとしています。

NGOが、影響を受ける人々と保護する制度の「結び目」に

前述したように、CSDDDは、市民社会を巻き込んでいるという点において、これまでの指令とは大きく異なります。NGOはもはや報告書を提出するだけの存在ではありません。リスク評価の際には企業がNGOに意見を求めることが期待されています。さらに、NGOにはコミュニティの代理として訴訟を起こす法的権限が与えられています。

NGOは、影響を最も受ける人々と、そうした人たちを保護する制度の間をつなぐ「結び目」としての役割を担うようになっているのです。この変化は、対立的な関係から、よりシステム的・協働的な関係への転換を意味します。少なくとも、本来はそうなるべきです。

施行延期も、指令そのものが骨抜きにされるのを防げるか

NGOが企業のパートナーとして迎え入れられつつある一方で、その足元では大きな地殻変動が起きています。2025年4月、EU議会は緊急手続きを適用し、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)とCSDDDの施行を延期することを承認しました。CSRDは2年、CSDDDは1年の延期です。フランスとドイツなど一部の政府は、これらの指令の全面的な撤回や緩和を求めました。一方で、デンマークは強く反対し、指令への支持を堅持しました。

さらに、大西洋を越えたアメリカからも新たな脅威が現れています。2025年6月のDeSmogの調査によると、MAGA(Make America Great Again〈米国を再び偉大にする〉)系のロビー団体が、CSDDDを含むEUの気候およびサステナビリティ関連の規制を骨抜きにするため、欧州議会議員を標的に、世論操作や懐疑論の扇動を行っていることが明らかになりました。

このような状況において、NGOの役割は二重のものとなっています。

・企業が指令に準拠する支援をすること
・指令そのものを、骨抜きにされるのを防ぐこと


NGOは単に企業の行動を監視・是正するパートナーであるだけでなく、真の責任追及を可能にする仕組みそのものを守らなければならないのです。

日本のNGOが企業との対話を深める扉に?

日本企業も例外ではありません。ヨーロッパのサプライチェーンに関わっている場合、CSDDDの基準を満たすよう、下流からの圧力に直面することになります。しかしそれにとどまらず、この指令は世界的なベンチマークとなる可能性が高く、投資家の期待、NGOによる監視、そして将来の規制にも、ヨーロッパを越えて広く影響を及ぼすでしょう。

これは、日本のNGOが企業との対話を深める新たな扉が開かれるということです。NGOに対しては、単なる批判者としてではなく、地域に根ざした知見や早期警告、説明責任を支える存在としての役割が期待されます。

NGOが、政府が気候目標を達成していないとして苦情を申し立てるとき、それは単に非難しているわけではありません。他の誰も責任を問わないときに、制度に対して説明責任を求めているのです。

CSDDDがこれまでの指令と違うのは、そうしたエネルギーを制度として組み込んでいることです。この法令は完璧ではありません。でも、確かな前進です。市民社会を「脅威」ではなく、「解決の一部」として認める新たな枠組みができたのです。

NGOの、静かで粘り強い力に影響を受けながら育った私のような人間にとって、この変化はあまりにも遅すぎたように感じます。法制度だけでなく、私たちの意識のあり方そのものが変わるべき時が来ています。人や地球のために立ち上がることは、もう脇役の活動であってはなりません。責任あるビジネスを定義する、その中心にあるべきなのです。

written by

ベッティーナ・メレンデス

戦略立案、マーケティング、ビジネスデザインを専門に国際的に活躍。オランダ領キュラソー島政府観光局やベルリンのスタートアップで経験を積み、10代の頃からNGO活動に携わるなど、社会貢献にも積極的に取り組み、サステナビリティに関する幅広い知見を持つ。2021年に顧客体験を重視した幅広いデザインを提供するニューロマジックに参画。2024年からはニューロマジックアムステルダムのCEOおよび東京本社の取締役CSO(Chief Sustainability Officer)に就任し、持続可能な未来の実現に取り組む。 現在はオランダ・アムステルダムを拠点に活動中。社会・環境・経済のバランスを考慮したビジネスの推進に尽力している。

News
SB JAPAN 新着記事

【欧州の今を届けるコラム】第6回 CSDDDに見る企業の説明責任におけるNGOの新たな役割とは
2025.07.28
  • コラム
  • #サプライチェーン
  • #ステークホルダー
  • #行動変容
英国政府、グリーンタクソノミー導入を見送り 他制度との互換性重視 
2025.07.25
  • ニュース
  • ワールドニュース
  • #気候変動/気候危機
  • #カーボンニュートラル/脱炭素
【編集局コラム】地球にも自分たちにもハッピーな結婚式を
2025.07.25
    • #エシカル
    • #行動変容
    • #フェアトレード
    都市のサステナビリティは「人が主役」。台北発の展覧会で「理想の住まい」を考える 
    2025.07.24
    • ニュース
    • #ウェルビーイング
    • #まちづくり

    Ranking
    アクセスランキング

    • TOP
    • ニュース
    • 【欧州の今を届けるコラム】第6回 CSDDDに見る企業の説明責任におけるNGOの新たな役割とは