• 公開日:2025.06.02
  • 最終更新日: 2025.05.27
【欧州の今を届ける】ベッティーナ・メレンデスのサステナビリティ戦略
第4回 すでに始まっている気候変動とどう共に生きるか
  • ベッティーナ・メレンデス


私は子どもの頃、ベネズエラで育ちました。12月になると、家族でオランダを訪れるのが恒例行事でした。熱帯の暖かさから寒いオランダの冬へと移るその気候の変化を、今でもはっきりと覚えています。オランダでは、凍った運河の上でよくスケートを楽しみました。景色は一面雪に覆われ真っ白です。しかし、今ではオランダの冬もすっかり様変わりしてしまいました。雪が降ることはまれになり、運河がスケートできるほどに凍ることも、ほとんどなくなってしまったのです。

Image credit: unsplash


この個人的な記憶は、もっと大きな変化の一端を物語っています。欧州でも日本でも、気候変動はもはや遠い未来の話ではありません。まさに今、日常生活や旅行の習慣、さらには季節の移り変わりに対する感覚さえも変わりつつあります。猛暑がニュースの見出しを飾る一方で、より表面化しにくい影響にも目を向ける必要があります。

日本と欧州における猛暑、洪水、そして季節の変化

日本では、1898年に気象庁が観測を開始して以来、2024年が公式に最も暑い年となりました。気象庁によると、全国の平均気温は1991年から2020年の平均と比べて1.64度高く、わずか1年前に記録された過去最高を更新しました。特に2024年7月は極端な猛暑となり、栃木県佐野市では気温が41度に達し、60以上の観測地点で過去最高気温を記録しました。

欧州も例外ではありません。2024年の夏は、世界的に観測史上最も暑い夏となり、南欧州の一部地域では気温が47度近くに達しました。ギリシャ、スペイン、イタリアでは、猛暑と山火事が長期間続き、医療体制やインフラに大きな負担がかかりました。オランダでは、2023年、2024年と2年連続で平均気温の記録を更新し、冬の霜はほとんどなく、「アイスデー(最高気温が0度未満の日)」の数も急減しました。春の花は前年よりさらに早く咲き、季節の変化がはっきりと表れました。一方、オーストリアやスロベニアでは深刻な洪水が発生し、フランスやスペインの干ばつに見舞われた地域では水不足と農作物の収量減に苦しみました。これらの出来事は、ヨーロッパが穏やかな気候だというこれまでの常識を揺るがし続けています。

見落とされがちだが深刻な気候変動の影響

見落とされがちなのが、この新たな気候の現実がもたらす、ささいでありながら同様に変化している個人への影響です。欧州やアジアのメンタルヘルスの専門家たちは、特に若者の間で気候変動による不安(climate anxiety)のレベルが高まっていると報告しています(『ザ・ランセット・プラネタリー・ヘルス』、2021年)。2023年の欧州投資銀行の報告によると、欧州に暮らす20〜29歳の66%が、気候変動が自分の住居やキャリアの選択に影響を与えていると答えています。

気候変動がもたらしている変化
・将来の気候変動に備えて、従来寒さの厳しい地域(例:北欧)に家を購入する家庭がある
・過度の暑さを避けるために、旅行者が南欧への夏の旅行を避ける傾向がある
・特に若い世代を中心に不安や精神的負担が増加


上記はデータには現れにくく、ゆるやかな行動変容に見えますが、人々が気候変動にどのように適応しているかに深く影響を与えています。

文化的、習慣的なリズムの揺らぎも

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日本と欧州では、季節を象徴する文化的なものごとが変化しています。近年、桜の開花時期は少しずつ早まり、東京では1980年代には3月30日頃の開花だったのが、2020年代には3月19日頃と、40年で10日以上も早くなっているというデータもあります。以前は桜と言えば入学式でしたが、入学式が行われる頃にはもう散ってしまっていることも珍しくありません。オランダでは、自然の氷の上でスケートをするという風習が、人工のリンクに取って代わられたり、完全に中止されたりすることが多くなっています。これらの変化は、洪水や山火事に比べると小さく見えるかもしれませんが、私たちの習慣、文化、そして場所とのつながりに影響を与えています。

今起きている変化に気づこう

気候変動に対する各国の対応はさまざまです。欧州連合(EU)は、欧州グリーンディールや、2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で55%削減することを目指す「Fit for 55パッケージ」の下で野心的な政策を展開しています。一方、日本は2050年までにカーボンニュートラルを達成することを約束しています。しかし、政策の野心と実際の体感との間には依然として大きなギャップがあります。重要なのは、単にどう排出量を削減するかだけではなく、すでに進行している気候変動とどのように共存するかということです。

気候変動を止められるかどうかだけでなく、すでに始まっている変化とどう共に生きていくか――。それが、今の私たちに突きつけられている問いです。子どもの頃に過ごしたような冬は、もう戻らないかもしれません。でもだからといって、それをただ受け入れるべきではありません。私たちは、現実を直視し、知識と行動を持って未来に向き合う必要があります。それは、環境を守るためだけでなく、私たちの暮らし方、人生の設計、人との関係性を守るためでもあるのです。

 オランダで過ごしたあの冬の日々。運河が凍り、季節の巡りが当たり前のように感じられたあの頃を思い出すと、気候変動がただの科学の問題ではないことを実感します。それは、私たちの暮らしのリズムそのものを揺さぶるもの。もう一度あの冬が戻ってこないとしても、今起きている変化に気づくことで、これからの未来により緻密に備えることができるはずです。それは、私たち自身のためだけでなく、次の世代のためにも必要なことなのです。

written by

ベッティーナ・メレンデス

戦略立案、マーケティング、ビジネスデザインを専門に国際的に活躍。オランダ領キュラソー島政府観光局やベルリンのスタートアップで経験を積み、10代の頃からNGO活動に携わるなど、社会貢献にも積極的に取り組み、サステナビリティに関する幅広い知見を持つ。2021年に顧客体験を重視した幅広いデザインを提供するニューロマジックに参画。2024年からはニューロマジックアムステルダムのCEOおよび東京本社の取締役CSO(Chief Sustainability Officer)に就任し、持続可能な未来の実現に取り組む。 現在はオランダ・アムステルダムを拠点に活動中。社会・環境・経済のバランスを考慮したビジネスの推進に尽力している。

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