
農業は世界の温室効果ガス排出量の約2割を占め、農薬や化学肥料の使用などが土壌に大きな影響を与えている。一方で、その方法を「再生型」に変えることで、土壌の炭素吸収力を高め、生物多様性を増やすことも可能だ。この世界で注目されている再生型農業(Regenerative Agriculture)はグローバル企業を中心に日本でも導入が始まっているものの、実際の導入には乗り越えるべき課題がまだ多い。本セッションでは実際に再生型農業や酪農に取り組む3つの企業が登壇し、導入の方法を紹介するとともに、課題とその対策について議論した。
Day2 ブレイクアウト ファシリテーター 鈴木菜央・武蔵野大学工学部 サステナビリティ学科 准教授/NPO法人グリーンズ 共同代表 パネリスト 安東祐一郎・サントリーホールディングス サプライチェーン本部 グローバルソリューション部 課長 佐々木恭子・ダノンジャパン コーポレートアフェアーズ本部 シニア パブリックアフェアーズ&サステナビリティ マネージャー 牧陽子・日本マクドナルド サステナビリティ&ESG部 部長/一橋大学 非常勤講師 |
再生型農業でのビール作りからスタート――サントリー

「われわれのほぼ全ての商品は、自然の恵みからできている」と最初に登壇したサントリーホールディングスの安東祐一郎氏はセッションの口火を切った。同社は農業からの温室効果ガス削減や工場での節水、水源の森の保全などに力を入れている。再生型農業もその一環で、「土壌の健全性や生物多様性を保護・改善しながら農家の生活向上にも資する、科学的に成果を評価するアプローチ」として、国際団体SAI(Sustainable Agriculture Initiative)に参加している。
再生型農業については、2022年の英国での取り組みを皮切りに複数の産地で展開し、今年の大阪・関西万博では再生型農業で生産された大麦とホップを使用したビール「水空エール」を販売している。安東氏は「産地に応じた農法の開発や規模拡大の必要性、成果の評価方法などで難しさを感じている」とチャレンジの大きさについて述べた。
2017年から再生型農業を採用――ダノンジャパン

ダノンは40万軒の農家、80万頭の乳牛を抱えており、乳製品を扱う企業としては世界最大規模だ。その動向は環境にも大きな影響を及ぼす。ダノンジャパンの佐々木恭子氏によると、農業由来の温室効果ガスはダノン全体の6割を占める。このため同社は「食品会社として環境への影響を最小限に抑えるために、再生型農業を選択することは重要だ」と考えるに至ったという。佐々木氏は「再生型農業は社会とビジネスの両方において重要な役割を果たす」と語った。
同社は2017年から再生型農業を採用し、2025年までに主要原材料の30%を再生型農業へ移行することを目指しているが、2023年にはすでに38%に達した。事業はWWFフランスや世界農業福祉協会などの専門家やパートナーと協力して進めている。
再生型農業に6つの原則――日本マクドナルド

マクドナルドには年間14億人以上の利用者がいる。日本マクドナルドの牧陽子氏はその影響力の大きさを鑑み、「企業として再生型農業により土壌と農作物を守り、安定的な供給を行う責務があると考えている」と話す。「何よりも生態系、自然界の健全性を高めて回復・再生させることで、土壌や農作物、自然、気候への影響を与えずに食料を育むことができる」
同社には6つの再生型農業原則がある。つまり、(1)土壌を覆い続ける(2)土壌かく乱を最小限に抑える(3)多様性を高める(4)生きた根を維持する(5)家畜との共生(6)外部からの投入を最小限に抑えるーーだ。これらの原則を適用しながら、個々の状況に応じて臨機応変に対応をしていると牧氏は説明した。例えば、「土壌を覆い続ける」は、カバークロップと呼ばれる生きた植物や植物の残渣(さ)で土壌を覆って土壌の流出を減少させ、極端な気温からも守る機能を持たせる。「土壌かく乱を最小限に抑える」では、「土の粒子を維持させ、そして水の浸透を改善して、土壌の有機物を保護し、炭素の蓄積も助けている」と述べた。
再生型農業への移行に伴う課題を乗り越えるには

再生型農業が世界的に注目される中で、地域特性を考慮しながら拡大するためにはどのような課題や方法があるか、ファシリテーターの鈴木菜央氏が3氏に問いかけた。
日本マクドナルドの牧氏は同社の6つの原則に基づいて再生型農業を行う企業として、同社のポテトの最大規模のサプライヤーであるマッケイン・フーズ(本社:カナダ)を紹介した。マッケイン・フーズはカナダ、アメリカの7つの栽培地域で生産者とパートナーシップを組み、地域の課題に応じた再生型農業の試験的取り組み「イノベーション・ハブ」を実施している。牧氏は「ベーシックな考え方とともに、再生型農業の実際の先進事例を各国に広げていくのがグローバルな企業としての責務ではないか」と答えた。
ダノンの佐々木氏は、「乳製品に関して言えば、酪農の形態は国や地域によって大きく異なり、小規模の家族経営から大規模酪農までさまざまだ」と指摘。特に日本では、「協同組合とどう協力していくかが重要」と述べ、生産形態や環境の違いにより、アプローチや手法が大きく異なることを説明した。
つまり、再生型農業・酪農を広げるためには、サプライヤーをどのようにサポートできるかが重要なポイントであり、同社ではサプライヤーとのエンゲージメント強化に取り組んでいるという。さらに佐々木氏は、農家の理解を得るためにも、温室効果ガス削減や再生型農業の進捗をどう評価するかが課題だと指摘し、欧州の評価ツールの導入を検討中だと話した。
続いて、サントリーの安東氏は「農家にとって、先祖代々受け継いできた農地で農法を変えることは非常に大きな挑戦であり、収量が減るのではないかという不安もある」と生産者の立場を代弁した。その上で「例えば干ばつが発生した際、再生型農業に取り組んでいた農地では保水力が高まり、周囲よりも2割ほど収量を維持できたという実例がある。このような事例が広がることが再生型農業を後押しする」と指摘し、インセンティブを与えるのではなく、実績の積み重ねによる普及に期待を寄せた。
これらの議論を捉えて、「再生型農業への移行はチャレンジの中に課題がたくさんある」と鈴木氏は指摘し、「それを克服するためには、生産者やサプライヤーとのエンゲージメント、そしてセクターを超えたコラボレーションが重要ではないか」と締めくくった。
箕輪 弥生 (みのわ・やよい)
環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。
東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。 著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」(文化出版局)「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む。JFEJ(日本環境ジャーナリストの会)会員。 http://gogreen.hippy.jp/