
企業の温室効果ガス(GHG)排出削減目標の基準を定め、パリ協定との整合性を担保する組織、SBTi(Science Based Targets initiative)は現在、企業ネットゼロ基準の改定案を公開している。この改定にあたっては、SBTi内部でエネルギー属性証明書(EAC)やカーボンクレジットの扱いに関する意見が割れた。これを受け、ケンブリッジ大学ウルフソン・カレッジの客員研究員であり、インパクト投資家でもあるロビン・ダニエルズ博士は、EAC活用の必要性を主張する一文を米SBに寄稿した。本記事ではその翻訳を掲載する。(翻訳・編集=茂木澄花)
2024年夏、SBTiがスキャンダルに揺れた。同イニシアチブの理事会は、企業ネットゼロ基準において、EACによるスコープ3排出量控除を認める方針を発表した。EACとは、カーボンオフセットや再生可能エネルギー証書など、気候変動を緩和する活動が環境にもたらすプラスの影響を定量化し、裏付け、追跡するのに使われる手段だ。この発表を受けてSBTiのスタッフとアドバイザーは、経営陣に対し、EACの使用に関する抗議の書簡を提出した。
スコープ3排出量とは、企業による間接的な排出量だ。例として、出張やサプライチェーン全体、輸送、消費者による製品の使用などが挙げられる。対策が最も難しい排出区分だが、多くの企業で総排出量の70%以上を占める。スコープ3排出量を減らすにはサプライヤーの行動を変えることが必要だが、それには時間がかかり、教育と透明性を要し、データ収集の範囲を広げなければならないことも多い。
全世界にわたるサプライチェーンを脱炭素化するために、すでに多くの取り組みが進行中だ。例えば次のような取り組みがある。
・BMWは、電気自動車に100%再生可能エネルギーで製造されたバッテリーを搭載するために取り組んでいる。 ・イケアは、現時点で13カ国のサプライヤーに対して再生可能エネルギーの使用を推進している。 ・アパレル企業(ベストセラー、ギャップ、H&Mグループ、マンゴなど)は、フューチャー・サプライヤー・イニシアチブに参加している。同イニシアチブは、現在ファッション業界のCO2総排出量の99%を占めるテキスタイル工場からの排出を削減するための取り組みだ。再生可能エネルギーへの移行など、大規模に展開し得る解決策を協働で推進している。 ・コンクリートや鉄など、炭素排出量の多い素材に代わる、持続可能性の高い素材の開発が進む。 ・世界のGHG排出量の8~10%は食品廃棄物によるもので、その主な要因は、食品が埋立地で分解される際に発生するメタンだ。農場、製造、小売、消費の段階で、こうした排出を防ぐ業界の努力が続々と始まっている。また、他に対策が取れない場合には、食品廃棄物を再利用してバイオガスや他の製品に作り変えることで排出を防ぐこともある。 |
こうした進展には期待が持てるものの、スコープ3排出量を削減する取り組みの拡大ペースは十分ではない。世界は2030年の排出削減目標に後れを取っており、人々の健康と幸福、生態系、経済は脅威にさらされている。世界中で普及が進む再生可能エネルギーが、企業とそのパートナーのスコープ3排出量削減に役立つとはいえ、現時点で破滅的な気候変動を食い止めるのに十分なレベルには広まっていない。再生可能エネルギーの供給が3倍に増えたとしても、2050年には需要に対して42%不足すると予想されている。
では、どうすれば企業はもっと迅速かつ大幅に排出量を削減できるだろうか。
なぜスコープ3にEACが必要か
SBTiは現在、ネットゼロ基準の改定案を公開し、広く意見を募っている。気候変動対策を意義あるものにしようとする企業は、スコープ3排出対策としてのEAC活用を認めるよう、連携してSBTiに働きかけるべきだ。EACを取り入れれば、企業がバリューチェーンの脱炭素化を進めると同時に、気候変動を緩和する取り組みに投資する事業上の正当性が生まれる。
確かに、EACは完璧な仕組みではない。脱炭素に向けた他の取り組み同様、信頼できる最新の研究結果や機関投資家の市場見通しに照らして、定期的に検証する必要がある。それをもってしても、EACは脱炭素の道のりに欠かせないステップだと言える。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は「気候変動による大惨事を阻止するには、少なくとも気候変動対策への投資を3倍に増やす必要がある」との見解を示した。こうした資金需要に応えられるのがEACだ。オゾン層破壊物質の削減や、再生可能エネルギーの開発といった、膨大な費用のかかる活動は、EACがなければ実現できないだろう。炭素を排出しない電力供給キャパシティに関しては、2022年の増加幅のうち70%が、企業などの組織が再生可能エネルギーを調達したことによるものだ。
カーボンクレジットを含むEACは、これまで批判にさらされてきた。多くの人が、EACはグリーンウォッシュを助長し、長期的な脱炭素化を妨げ、気候変動緩和策として非効率的だと主張する。しかし、企業がカーボンクレジットの購入に資金を使うことは、サプライチェーンの脱炭素化に資金を投じることのインセンティブにもつながるのではないだろうか。
実際、ボランタリー炭素市場での取引がある企業は、取引のない企業と比較して、科学に基づく認証済みの気候目標を設定している割合が3.4倍だ。また、その目標にスコープ3排出量が含まれている割合も3倍だ。つまり、カーボンクレジットを活用する企業は、サプライチェーン全体の脱炭素化に積極的に取り組んでいると言える。ただし注意すべきなのは、カーボンクレジットやEACは、排出量を削減できる部分に使うべきではないということだ。EACは、気候変動対策を進化させるための補完的な役割を持つ。
IPCCの第6次評価報告書や、COP29におけるアントニオ・グテーレス氏のスピーチ、そして日々の報道が示すとおり、取り得る全ての手段を講じなければ気候変動の影響を緩和することはできない。EACは、数多くの有用な仕組みの1つだ。透明性を持って、説明責任を果たしながら、効果的に活用しなければならない。気候変動対策に関心を持つ全ての企業と個人が、スコープ3排出量削減にEACの使用を認めるようSBTiに求めていくべきだ。無駄にする時間はない。