![]() 手書きの看板が街角にひょっこり出現。「スカーフって何」と店をのぞいてみたくなる
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人材不足に悩むレストラン業界と、働く意欲があるのにスキルや経験がなく、就職できない若者たち。双方のニーズを結び付けるべく、2010年にメルボルンで創設された非営利企業「Scarf (スカーフ)」は、10週間の研修プログラムを無料で提供し、その一環として、「ポップアップ」と呼ばれる期間限定レストランを運営して有給研修を行っている。(シドニー=南田登喜子)
研修生は移民や難民、身体障がい者、学校教育から離脱した若者ら、一般的に就職のハードルが高いとされる人々で、講師やメンター(指導者・助言者)を務めるのは、第一線で活躍する各分野のプロだ。
ワークショップは接遇・コミュニケーションの基本から、コーヒーの淹れ方、ビールやワインに関する知識、履歴書の書き方や面接テクニックまで多様なトピックで構成されている。
未経験者を雇うレストランはほとんどない中、「卒業生の80%が職に就き、就職先の大半は飲食にかかわる」と、創業者の一人、ハンナ・コールマンさんは胸を張る。これまでに受け入れた研修生は50人以上。「最初はおずおずとしていた彼らが、短期間に自信を付けて成長していく姿には、驚かされます」。
そのカギは、学んだことを即実践できるポップアップ・レストランにある。ポップアップ・ストアとは、空き店舗などに出店する期間限定の仮店舗のことを指す。例えば、有名ブランドが各地を巡回したり、アーティストが野外ギャラリーを展開したりする。
![]() ちょっぴり不慣れなのはご愛嬌。実地 研修は現場で経験を積むかけがえのない機会となる
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定休日を有効活用
「今だけ」「ここだけ」の空間を創造するポップアップは、実験的マーケティング手法として、今、世界中で注目されている。リソースの限られたソーシャル・ビジネスにとっては、低コスト運営できることも利点の1つだ。
季節ごとに場所を変えて現れるスカーフのポップアップ・レストランは、賛同する店や個人が出せるものを提供することで成り立っている。
オープンするのが月曜夜のみなのは、月曜定休のレストランが多いからだ。休業日の店舗をそっくり借り受けて、経験豊かなシェフが腕をふるい、サービスの最前線に立つ研修生をボランティアのメンターたちがサポートする。
前菜とメイン料理からなる2コースの選択セットメニューは35豪ドル(約3300円)。一晩の平均売上は約3千豪ドル(約28万円)で、最大75人の予約枠が一杯になることもある。営業収益から研修生の給与が賄われることを知っている一般客も巻き込んで、協働で人づくりに取り組むスカーフの店内は、名前通りほんわりした温もりに包まれている。
認知度上昇と共に共感の輪も広がり、現在のメーリングリストの登録者は1700人超で、ツイッターのフォロワーは約1200人。中には、どこに「ポップアップ」しても、やってくる常連客もいる。レストランを貸す側にとってもメリットが生まれ、食品メーカーなどの協賛スポンサーも増えた。メルボルンのレストラン業界の活性化に、スカーフが一役買っていることは間違いなさそうだ。
南田 登喜子(みなみだ・ときこ)