![]() 創業者のジェームズさん(左) とトニーさんは自社のビジネスをアイスクリーム製造・販売とは捉えていない。自己啓発、キャリアの進展を促す企業であると考えている
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ニュージーランド最大の都市、オークランド。町の中心部に置かれたシルバーカラーのボックス型の移動式ポッドでアイスクリームを売っているのはカーティス・パップルさんとティム・アルストンさんだ。オーナーでもあるこの2人はわずか数カ月前までは失業者だった。(ニュープリマス=クローディアー真理)
カーティスさんとティムさんが短期間のうちに起業家に変身できた裏には、「プライド&ジョイ」社が存在する。
世界の15-29歳の若年失業者数が10億人に上ることを憂慮した、実業家のジェームズ・コディントンさんとトニー・バルフォーさんが、「世の中にいる、『リマーカブル・アンエンプロイー(注目するに値する、優秀な失業者)』を助け、起業家に育て上げたい」と2012年7月に創設した企業だ。
新人起業家を育成するにあたり、アイスクリーム販売のビジネスモデルを用意したのには理由がある。酪農が盛んなこの国で作れば、おいしいアイスクリームができること、アイスクリームが売られていない国はないこと、万民が楽しめるものであることなど、その将来性を考慮した。
![]() 近未来的な外観のアイスクリームショップ。アイスクリーム販売を止め、自分ひとりで事業を起こすのであれば、減価償却の分を差し引いて、ショップ一式の代金を返してくれる
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元失業者が、失業者を支援
新人起業家になるには、経営者としての姿勢、能力、将来のビジョンの有無を審査される。選ばれると、移動式アイスクリームショップ一式を、3万NZドル(約257万円)で同社から買う。この際資金がなくても、同社に賛同するニュージーランド銀行が優先的にローンを組んでくれる。
そして、アイスクリームショップを実際に経営することを通して、机上では身に付けられない、知識と経験を積み、自信を育む。アイスクリーム1個の売り上げにつき10セント(約9円)がプライド&ジョイに寄付され、それがまたほかの起業家やアイデアのために役立てられる。
創業者2人は、新人起業家にここで培ったノウハウとスキルを生かして、新しいビジネスアイデアを産み出すよう応援している。起業後12カ月すれば、新案を同社に提出することが許され、承認が得られれば、それを起業するための資金を援助してもらえる。「たった1カ月間で、商業科で習う2年分のことを学んだよ」とカーティスさんは、アイスクリームショップでの経験を語る。
1年ほど新卒失業者だったが、プライド&ジョイにティムさんと応募、合格した。月に利益は4千-8千NZドル(約34-68万円)。ローンも12-24カ月で返済しようと、毎日意欲的な日々を送る。創業者の期待通り、ビジネスモデルに沿い、「本物」の企業を経営し、学び、社会に貢献する若者起業家が育ち始めている。
プライド&ジョイの支援のもと、ビジネスを経営する起業家が増えれば、同社の利益が上がり、それは失業者の支援へと循環していく。
現在営業中なのは6人のオーナーによる5軒のアイスクリームショップ。それを、今年の冬をめどに15軒にまで増やすことを計画中だ。それが実現すれば、若年失業率の高い他国に進出を目指す。すでに、海外向けの、コンテナを改造した小型アイスクリーム製造所の準備は進んでいる。
世界中の「リマーカブル・アンエンプロイー」が、プライド&ジョイを待っている。
クローディアー真理
ニュージーランド在住ジャーナリスト。環境、ソーシャル・ビジネス/イノベーションや起業を含めたビジネス、教育、テクノロジー、ボランティア、先住民マオリ、LGBTなどが得意かつ主な執筆分野。日本では約8年間にわたり、編集者として多くの海外取材をこなす。1998年にニュージーランドに移住。以後、地元日本語誌2誌の編集・制作などの職務を経て、現在に至る。Global Press所属。