米国で最も著名な若手起業家の一人であるトニー・シェイ氏。ハーバード大学卒業後オラクルに入社したが、5カ月で退社。その後興した企業をマイクロソフトに265億円で売却し、靴のオンライン小売であるザッポスにCEOとして参画。2008年には年商1千億円超えを達成。2009年には1200億円でアマゾンに買収されたが、同社の顧客対応を学ぶためだとされる。(サクラメント=藤 美保代)
![]() 勤務中の車の修理の手配など、各種サービスを受け付けるコンシェルジュのいる社内カフェ。ヘルシーな食べ物が無料もしくは廉価で提供される
|
シリコンバレーでビジネスの荒波を勝ち上がる剛腕ビジネスマンを想像しそうになるが、実際のシェイ氏は、スキンヘッドにジーンズが似合う、寡黙でミステリアスな笑顔の似合う男性である。
彼が売るのは、新しいビジネスモデルやテクノロジーではない。「カルチャー(企業文化)」なのだ。
ザッポスは靴の小売業だが、彼らを急成長させたのは掟おきて破りの顧客対応である。「幸せを届ける」というブランドコピーが示すとおり、顧客が入院中であると聞けば、お見舞いの花を送ったり、自社に在庫がなければ他社製品を探したり、顧客の無駄話に付き合ったり、人間味あふれるやりとりで急激にファンを増やした。
それもそのはず、ザッポスのコア・バリューの一番目は、「顧客にワオ!を届ける」なのだ。24時間年中無休のコールセンター、送料は無料、返品は1年間OKといったロジスティックス面だけではない。顧客とのつながりを深めるためであれば、オペレーターが自由に判断できる。
もちろん、自由裁量は諸刃の刃だ。もしオペレーターが判断を間違えば、コストがふくらみ、ビジネスは立ちいかなくなる。適切な判断のできるオペレーターがそろっている、という揺るぎない自信があればこその権限委託である。
創業当初から、顧客対応はザッポスの中で最も重要な役割と位置付けられてきた。コールセンターは本社の中にあり、他部署との距離も近い。
創業当初はシェイ氏ら幹部がオペレーターの一人ひとりに至るまで面接して、「この人と働きたい」と思える人材だけを厳選して採用。採用後は、全ての職種に4週間のオペレーター・トレーニングを義務付けている。繁忙期には全ての社員が駆り出され、顧客対応に当たる。CEO自ら電話対応をすることもある。
シェイ氏は、「ビジネスモデルや技術はまねしようと思えばできるが、企業カルチャーだけはコピーできないからね」と笑顔を見せる。現在1600人を超えるという社員たちを、自律的に判断し、動ける人材の集団につくりあげた、強い自負がうかがえる。
同社では、福利厚生はもちろんのこと、食事が無料で提供されたり、リラックスのためのスペースがあったり、社員のための「コンシェルジュ」が常駐していたりと、社員は手厚く保護される。企業カルチャーを醸成するコミュニケーション、イベントが奨励され、オフィスは創造性と遊び心に満ちている。
シェイ氏のビジネススタイルは、常に「コスト削減」よりも「価値に対する投資」が先行する。数値化できないその投資は唯一無二の企業のリターンとなって、投資をはるかに上回る結果を出しているといえる。
藤 美保代(ふじ みほよ)
慶応義塾大学文学部卒。日本で企業に勤務の後、渡米。 University of California, Santa Barbara校、Donald Bren School of Environmental Science and Managementにて修士号取得。 2007年よりカリフォルニア州サクラメント市で環境関連プロジェクトに従事。 2009年にInterAction Greenを立ち上げ、北米からの情報を日本に発信中。 2016年 翻訳を担当した「ビッグ・ピボット」が英冶出版より発売。 http://www.interactiongreen.com/aboutig/