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脱炭素特集

「Power to X」がスタート、デンマーク再エネ先進基地ロラン島に見る脱炭素への道筋

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農家の市民風車からスタートしたデンマーク・ロラン島の風力発電

電力に占める自然エネルギーの割合が80%を超えるデンマーク。100%もすでに実現可能な視野に入っている同国の中でも、豊富な風力を活かしてエネルギー自給率が8倍のロラン島は、「Power to X」などデンマーク政府の新たなエネルギー戦略の先進基地となっている。1970年代のオイルショック時代には日本より自給率が低かったデンマークだが、この50年でこれほど差がついたのは何故なのか。そこには政府と地域の役割分担、ビジョンの浸透、教育の違いなど、国の政策だけに留まらない要因が見えてきた。この地に20年以上住む文化翻訳家のニールセン北村朋子さんに現地で話を聞いた。(環境ライター 箕輪弥生)

風車約400基、エネルギー自給率800~1000%のロラン島

ロラン島とドイツのフェールマン島との間では、バルト海の水深最大40メートルに、世界最長の鉄道と道路の併設トンネルとされる、「フェーマルン・ベルトトンネル」の建設工事が進む(出典:Pinterest)

コペンハーゲンから南西に電車で約2時間半、ちょうど沖縄ほどの大きさのロラン島には5万7000人ほどが住む。かつては多くの雇用を生み出していた造船業が衰退して、失業率20%、原発予定地にもなっていたこの島が、今やエネルギー自給率800~1000%の再生可能エネルギーの先進基地として注目されている。

筆者は11年前にデンマーク政府のプレスツアーでロラン島を訪問し、その際もすでにエネルギー自給率は500%程度だったが、ここ10年でさらに倍近くに増えたことになる。

平坦な土地が続き、安定した風況に恵まれているロラン島には洋上、陸上合わせて約400基近い風車があり、そこからから生み出される再エネ由来の電力は、島で使う他は首都コペンハーゲンをはじめ国内外の周辺地域に供給され、ノルドプール (Nord Pool)と呼ばれる国際電力市場でも取引されている。

エネルギー産業が活況を呈すると共に、交通網の整備も進んでいる。南西に位置するドイツのフェーマルン島との海底トンネルも工事が進み、2029年にトンネルが完成すれば電車でわずか7分、車でも10分で海峡を横断できるようになる。トンネル建設に関わる移住者も増えて、デンマークで初めての公立のインターナショナルスクールも作られた。 
        
「スーパーに行っても、いろいろな国の人の言葉が聞かれるようになった」とロラン島在住の北村ニールセン朋子さんは地域に多様性が増していると話す。

地域に経済が循環し、新たな技術を呼び込む仕組みとは

今では再エネの先進基地とされるロラン島だが、1970年代のオイルショックの際には原子力発電所が2箇所計画されていた。しかし、原発の建設に対する議論は市民を巻き込んで行われ、10年かけて検討し、1985年にデンマーク政府は原発建設の計画をすべて撤廃することを決定した。

元々ロラン島は、市民や市民が参加する協同組合が所有する風車が約半数を占め、“市民風車”が多いのが特徴だ。開発当初、国の政策として風力発電に対する出資の20%以上は、発電機の設置場所から4.5km以内の住民に優先するという法律が定められていたため、地域に利益が循環し、投機目的で風力発電を設置するという問題を避けることにつながった。

文化翻訳家、ジャーナリスト、コーディネーターとして、環境、教育、食、民主主義と政治など日本とデンマークをつなぐさまざまなプロジェクトに参画するニールセン北村朋子さん

また、ここではエネルギーや環境分野での実証実験の場を、自治体が民間企業や大学に提供するという取り組み「ロランCTF(Lolland Community Testing Facilities)」が早くから機能している。そのため、新たな再エネの技術を実用化する実証実験の場が作られ、実際に導入される速度が早い。

現在では首都圏の供給会社や企業などが所有する大型の風車も増え、ロラン島近海に大型の洋上風力パークも設置された。これらは後述する電力を余すことなく使う新たな取り組みにもつながっている。

北村さんは「ロシアによるウクライナ侵攻で市民がエネルギーの安全保障により意識を向けるようになった。だから地域の資源をできるだけ使って、エネルギーを確保することに関心があり、理解もある」と話す。

Power-to-Xで2045年までの脱炭素化を射程に

PtXは、電力供給と地域熱供給のための熱を提供し、形を変えて船舶や航空燃料にもなる(出典:デンマークエネルギー庁)

デンマークは2030年までに年間電力消費量に対して自然エネルギー100%を目標としており、それを経て2045年までの気候ニュートラル(脱化石燃料)の達成を目指している。

デンマークでは風力と太陽光発電などのVRE(変動性自然エネルギー)の割合が高く、時間によっては電力需要を超えるレベルになっているため、余剰の電力をどう無駄なく使うかが課題のひとつになっている。島で使う電力の800~1000%を発電するロラン島ではなおさらだ。そのため、水素やその他のエネルギーの形にして貯めて使う「Power-to-X(PtX)」戦略がスタートしている。

これはデンマーク政府により2020年6月にエネルギー・産業等に関する気候合意でも示され、国全体で進めている戦略だ。最後のピースとデンマーク政府が表現する脱炭素が遅れている船舶や航空、産業分野での脱炭素化をこれにより進めようとしている。

Power-to-Xとは電気を気体や液体の燃料や化学物質に変換することで、たとえば水素を陸上輸送や産業用の燃料として直接使用するほか、水素と二酸化炭素を組み合わせてメタンから天然ガスをつくったり、その配合を変えてメタノールやアンモニア、航空燃料にもなるe-ケロシンを製造するなどさまざまなエネルギーの形で利用できるようにする技術だ。

デンマークエネルギー庁のレポート「デンマークのPower-to-X戦略」には、すでに約70社のデンマーク企業がPower-to-Xに取り組んでいることが示されている。

重要なのは、国内で作られたグリーンな水素からすべてが作られる点だ。北村さんによると「ロラン島でもPower-to-Xの企業がすでに2社ほど誘致され、2027年から稼働される予定」であり、「これまでロラン島にはガスはひかれていなかったが、生ごみや水素から作られる天然ガスのパイプラインの建設がすでに始まっている」とさまざまなプロジェクトが進行する。

このPower-to-Xにはもちろん熱の利用も含まれる。これまでもVREの供給量が多いときには、コージェネレーションの発電供給を減らすなどして調整し、熱と電気のセクターカップリングを行ってきた。今後は水素を燃焼させて熱エネルギーとして貯めて地域熱供給などにも使われるという。

ビジョンの明確化、専門性のある組織づくり、教育の違いが生む日本との差

自主性を育てる教育は、どう1日を過ごし、何をして過ごすかを子供たちが決める「森の幼稚園」から始まる

ロラン島で進められるような先進的なエネルギー戦略はどのように進められるのだろうか。北村さんによれば「まずEUの方針があって、それによって国の政策が決まる。そして各地域の自治体はそれに対してどういう貢献ができるかを計画していく」。

「その際に重要なのが各自治体にいるエネルギー関係のプランナー、気候コーディネーター。彼らは専門知識を持ち、地域の資源について精通している」

「日本はまずビジョンが明確でないことが多いし、そういった専門知識をもったコーディネーターが自治体にいないのが問題だ」と北村さんは指摘する。

ロラン島にPower-to-X戦略のために新たに作られるエネルギー施設についても、「何のために作られるのか、どう機能するのか、地域への影響は」など市民が納得するまで説明される。「まず初めにビジョンの共有がある」と北村さんは説明する。

加えて、北村さんはデンマーク社会の基本を形作っている教育にも言及する。「デンマークの学校では今起きている社会課題を子供たちが自分たちで選び、学ぶ」。

「たとえば英語学習でも気候変動による自然災害の報道をBBCとCNNを読み比べてどう表現が違うのか、またデンマークではどう報道されているのか、客観的に気候変動が世界でどうとらえられているか学び、理解する」。その際、教師は教えるのではなく指南役に徹するという。

また、政党に入る高校生もいるという。環境や福祉など社会の課題は、自分事としてとらえられ、解決するための方法を学んでいく。

日本人で初めて2021年にデンマークで市議会議員に立候補した経験のある北村さんは「未来のためには、今子供や若者が問題に気づくことが大事で、そのためにも彼らの意見を聞いて一緒に考えていくことが大事」と話す。

70年代には日本よりエネルギー自給率が低かったデンマークがなぜ現実的に脱炭素を実現しつつあるのか、それに対して日本が再エネ貧国にとどまっているのはなぜなのか、それは単に国の政策だけでなく、ビジョンの浸透や組織の専門性、教育のあり方にも根本的な要因がありそうだ。

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箕輪 弥生 (みのわ・やよい)

環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。
東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」(文化出版局)「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む。JFEJ(日本環境ジャーナリストの会)会員。

http://gogreen.hippy.jp/