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生物多様性、2030年までの世界目標で決まったこと――ネイチャー・ポジティブを追求、問われる企業の役割と開示

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足立直樹

会期終了の直前に2030年までの新たな生物多様性の世界目標が採択されたCOP15(オフィシャルサイトより)

12月7日から19日までカナダのモントリオールで開催された生物多様性条約の第15回締約国会議(COP15)において、2030年までの生物多様性の世界目標(GBF; Global Biodiversity Framework)が採択されました。これは、2020年までの目標だった愛知目標の次の目標となるもので、本来であれば2020年に決まるはずでした。コロナ禍のためにCOP15の開催が何度も延期となり、結局2年以上遅れて何とか開催にこぎ着け、そして世界目標もようやく決まったのです。

大変だったのはスケジュールだけではありません。内容的にも心配なことが多くありました。生物多様性は企業活動にも非常に関係が深く、今のような事業活動の仕方では、もっと多くの生物種が絶滅してしまう。そうすると、逆にビジネスや私たちの社会も立ち行かなくなってしまう。このことが近年多くの企業人や投資家に理解されるようになり、この課題に世界が早く、そして真剣に取り組まなくてはならないという意識が高まり、野心的な目標を設定すべきという声が大きくなりました。けれども、前回の愛知目標は全体の12%しか達成できないという残念な結果に終わっており、推進方法の抜本的な見直しも強く望まれていたのです。

しかも、推進のためにはさらに資金支援等が必要だという途上国の声も強く、COP15の直前まで、5回にわたって事前会合が行われるという異例の事態が続いていたのです。私自身もなんとか野心的な目標に世界が合意してほしいと願いながらも、国ごとにかなりの温度差がある中、どこまで合意できるのか。最悪の場合、目標の合意すら出来ないのではないかと心配する気持ちもありました。

結果的には、会期終了の直前、現地時間で12月19日の未明に、やや強引な形ながらポスト2020目標が合意されました。COP15は当初は中国の昆明で開催される予定でしたが、最終的には生物多様性条約の事務局があるモントリオールに場所を変更して実施されたので、この目標は「昆明-モントリオール生物多様性世界枠組」と名付けられました。

目標は自然を増やす「ネイチャー・ポジティブ」

肝心の中身ですが、内容的にはかなり充実したものになりました。ドラフトよりも高いレベルの目標設定にこそなりませんでしたが、十分に野心的ですし、考えるべき要素はきちんと盛り込まれています。

もっとも重要なのは、生物多様性や生態系を2050年までには十分に回復させ、今より自然の生態系の面積を大幅に増やそうという目標(Goal)を定めたことです。そのために2030年までには、陸域、水域の30%を保護したり、あるいは劣化した生態系の30%を効果的に回復しようということが行動目標(Targets)として定められました。

つまり、これまでは傷つき減る一方だった生物多様性を、これからはよりしっかり守って回復していこう、そして2050年には十分に増えているようにしようという大変野心的な目標に合意することができたのです。

自然を増やすことを目指していることから、これを「ネイチャー・ポジティブ」と呼びます。気候危機ではカーボン・ニュートラルが2050年までの目標となっていますが、これと並ぶこれからの世界二大目標がついに出来たのです。

ちなみに昨年の気候変動のCOP26ぐらいから気候危機の分野でも、生物多様性の危機と同時に問題を解決していこうという機運が高まっていますが、それは生物多様性のCOP15でも同様でした。生物多様性を保全することは気候危機の緩和や適応にも役立ちますし、気候危機への対策も生物多様性の保全と両立する形で行うことが可能です。特に、生態系を活用して気候危機を解決しようとするアプローチは、「自然に基づく解決方法(NbS; Nature based Solutions)」と呼ばれ、一石二鳥の効果的な解決方法として行動目標にも含められました。

もう一つ、先住民族や女性、あるいは若者についての記載が増えたことも特徴と言っていいでしょう。もともと生物多様性の分野では、先住民族の権利は古くから課題となってきました。今回は先住民族等の権利を尊重することがさらに強調されており、気候危機への対応で言われる「公正な移行」の考え方が、生物多様性においても必要であることがわかります。

問われる企業や金融機関の役割と開示

そしてこの野心的な目標をどう達成するかですが、ここで注目されるのが企業や金融機関の役割です。生物多様性が減少し続ける現在のトレンドを反転させるためには、資金的にも、また影響力という点でも、各国政府の活動だけでは不可能なことがわかっています。だからこそこの10年ぐらいは企業の役割への期待が高まって来ていたのですが、今回はさらに金融の力を活用しようとしています。言うまでもなく気候危機におけるアプローチを生物多様性にも応用したのです。

具体的には、行動目標15では、各国は企業や金融機関が自身のリスク、生物多様性への依存と影響を定期的に監視し、評価し、透明性をもって開示し、また消費者が持続可能な消費パターンを促進するために必要な情報を提供するように法的、行政的、政策的措置を講じることとなっています。特に大企業や多国籍企業、金融機関については、事業、サプライチェーン、バリューチェーン、ポートフォリオについてこうした行動を確実に行うことを要求することになりました。

実はこの情報開示については、「義務化すべし」という意見もあったのですが、日本などが反対したために見送られました。したがって、日本はあまり厳しい国内措置は講じない可能性もあります。けれども、すでに海外の機関投資家や企業はサプライチェーン全体やポートフォリオについての情報開示を始めています。今回、大企業に対して「要求する」とかなり踏み込んだ表現になったことにより、こうした行動はさらに加速し、また開示範囲もバリューチェーン全体に拡大するでしょう。国内の動きだけを見ていると、日本企業はさらに差をつけられる可能性が高いので注意が必要です。

生物多様性の保全に資金の流れが変わる

これと関連してもう一つ重要なのは、生物多様性の保全にお金の流れを呼び込もうという積極的な意志が感じられることです。先に述べたように、各国が現在拠出している資金は、世界の生物多様性を保全するためにはまったく不足しています。現在の支出額は1400億ドル程度(約18兆円)なのですが、実際には少なくとも9700億ドル(約128兆円)ぐらいは必要であり、8300億ドル(約110兆円)も足りないのです。もちろん各国が予算をそんなに増やすことはできません。

このギャップを埋めるために注目されたのが、生物多様性に有害な補助金です。そのうち5000億ドル(約66兆円)の目的を変更し、生物多様性を保全するものにしようというのです。さらに官民からも、生態系を再生するために2000億ドル(約26兆円)以上を新たに動員する。この二つが行動目標として合意されました。

そんなことができるのかと思われるかもしれませんが、実はこれは案外現実的な目標です。なぜなら、補助金は新設でも廃止でもありません。あくまで目的変更ですから、新たな財源も要らなければ、抵抗も少なくて済むでしょう。民間からも寄付を求めているのではなく、あくまで投資です。リターンが見込めるような新しい市場を作ろうという話ですので、これも企業や投資家にとってはむしろ良い話でしょう。

危機感を現実の気づきと行動にどう結びつけるか

このように今回採択されたGBFは、予定より2年遅れながら、内容的には野心的かつ現実的なものです。しかし心配なのは、立派な目標と計画はできたものの、これが本当に達成されるのだろうかということです。GBFの前身である愛知目標は、重要性は意識されながらも、ほとんど達成されずに終わっています。もちろん今回はその反省に基づき、体制も資金も、より現実的にはなっています。しかし、目標を達成できなかったときの罰則はなく、強制力があるとは言い難いのです。

希望としては、これ以上生物多様性が傷つけられたり失われたりすると、経済も含めて私たち人間の社会も大変なことになると多くの人が気づき始めており、危機感を持つ企業人や投資家が急速に増えているということです。GBFが野心的なものになったのは、そうした危機感の現れと言っていいでしょう。そして企業人にとっては、気候危機と並んで生物多様性の危機は二大課題であると同時に、これまでとはまったく異なる新しい巨大な市場が生まれる瞬間に立ち会っているとも言えるのです。この機会を見逃す手はないでしょう。

私自身は今回のGBFは、長らく生物多様性が失われ続けて来たトレンドを逆転させる転換点になると同時に、私たち人間の社会や生き方、特に無配慮に肥大化した20世紀的な経済を見直すきっかけになるものと期待しています。ただし注意しなくてはいけないのは、皆がそのことに気づいて本気で行動をしなければ、手遅れになってしまうということです。絶滅の危機に瀕しているのは、私たちの知らない国にいる野生生物ではなく、私たち自身なのです。世界の行動が不足すれば、私たちの生活や生存が立ち行かなくなるリスクがあります。一方で、他国や他社が積極的に行動を始める中、その動きに気づかなかったり、ついていけないようなことがあれば、その会社は市場から排除されるリスクがあるのです。COP15で、こうした状況の認識と行動がますます重要になったと言えるでしょう。

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足立直樹
足立 直樹 (あだち・なおき)

サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役 / サステナブルビジネス・プロデューサー

東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) 理事・事務局長。CSR調達を中心に、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。