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天気予報で、気候変動の影響を知らせることも私たちの使命――気象キャスター、井田寛子さん

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共同声明を発表し、大学院で大気力学についても研究する井田寛子さん

2023年は観測史上最も暑い夏となったが、今年も昨年を上回る熱波が世界を襲っている。毎日の天気予報でも猛暑や熱中症への喚起はされているが、その背景や理由について言及されることは少ない。これを変えていこうと気象キャスターら44人が「日常的な気象と気候変動を関連づけた発信を加速化させよう」と6月初旬に声明を発表した。伝え手として身近な気象予報士・気象キャスターが気候変動について頻繁(ひんぱん)に言及をしていくことによって、視聴者の意識を変え、気候危機の解決へ寄与したいという思いからだ。その背景には、信頼できる科学的知見やデータが揃ってきたことがある。これまで、天気予報で気候変動についてあまり言及されなかったのはなぜなのか、また今後どんな取り組みを強化していくのか、活動の中心的人物、気象キャスターの井田寛子さんに話を聞いた。(環境ライター 箕輪弥生)

気象予報士・キャスターがメディアを横断して連携する意味

井田寛子さん(右端)と朝日放送で長年、天気予報を伝える正木明さん(右から2人目)が呼びかけ人となって共同声明を発表した(写真提供:Media is Hope)

「今まで以上に気候変動への言及への頻度も増やし、スピーディーにやっていかないと間に合わない」。NHK「ニュースウオッチ9」などで気象コーナーを担当してきた井田さんは、気候変動の今を伝えることの緊急性と重要性についてまず指摘した。

「今回の声明は、日頃の放送の中で気候変動への言及を強化しようというのが主旨でした。伝え手の中では視聴者と一番近い距離にあると私たち自身が自覚していているので」と言う。

今年もインドやサウジアラビアでは50度を超える気温が記録され、ここ数カ月でもブラジル、アフガニスタン、ヨーロッパ中部、中国などで大規模洪水が起き、気象による自然災害の激甚化が続いている。国内でも記録的な暑さが続く。

欧州の気象機関コペルニクス気候変動サービスによると、この1年間の気温を平均すると、産業革命前よりも1.63度高く、すでにパリ協定の努力目標である1.5度を上回る水準となったという。

日常生活の中でも、以前と環境が変わってきていると感じる人は多いはずだ。もちろん気象のプロである気象予報士らはそれ以上にひしひしと感じている。

井田さんたちが声明を出すにあたって行った気象予報士・キャスターへのアンケートでは、
130人の回答者のうち「気象情報の中で気候変動の影響を感じている」人は96%、「危機感を感じている」人も94%に達するという結果が出た。

多くが危機感を感じているが、「気象情報の中で気候変動について伝えたことのある人」は6割にとどまった。ただ、「気候変動について80%以上の人がもっと伝えるべきだと思っている」ことも判明した。

「伝えたいのに伝えられない」、そのボトルネックになっているのはどんなことなのか。井田さんらのアンケートで探っていくと、「放送時間が足りない」「自分の知見が追いついていない」「メディア内の理解や協力が得られない」などの阻害要因が浮かび上がってきた。

そこで井田さんたちは「ともかく私たちが危機感をもっていることを世の中に知らせて、それをメディア間で連携をして声を挙げよう」と考えた。

これによって放送局内での協力者を見つけたり、背景にある科学的知見へのアプローチもしやすくなる。

何より、「気象の背景になっていることを一言付け加えるだけで、視聴者に何らかの気づきを与えられるのでは」と期待する。

賛同人には、森田正光氏、天達武史氏、斉田季実治氏など現在、気象コーナーをテレビ各局で受け持つおなじみの気象キャスターらも並ぶ。

<気候危機に関する気象予報士・気象キャスター共同声明メッセージ> 2024年6月5日発表

気象予報士・気象キャスターの多くは気候変動に危機感を持っています。天気予報の時間枠に限らず、私たちは「日常的な気象と気候変動を関連付けた発信」を目指し、気候変動問題解決に向けた命と未来を繋ぐ行動を加速させます。専門家や各メディアとの連携、協力を強化し、気象予報士・気象キャスターが気候危機解決への架け橋になります。

気象や気候に関する情報を集約したプラットフォーム構築も計画

気温については、研究によると温暖化の影響によって前倒しで予想できるほどに精度があがってきた(写真提供:Media is Hope)

グループでは、今後、「気象と気候変動の関係性」などについての勉強会を開いたり、実際に番組内で気候変動について言及した実例を共有して、その課題や方法について意見交換をする、気象や気候に関する情報を集約したプラットフォームをつくることなどを計画している。

そもそも気象と気候はその捉え方や検証の仕方が全く異なる。どちらも気温や降水量などの大気の状態を表すが、「気象」は短期間の大気の変化を、「気候」は、各地における長期間の大気の平均状態(気象)を指し、これまで気象予報士が気候について詳しく言及することは難しかったという。

「例えば昨年の猛暑に関しても、エルニーニョなどの気象現象があって、それを温暖化が底上げしている。気象と気候の両方を理解した上で両方を正しく伝えていかないといけない」(井田さん)

しかし、ここ数年で異常気象などの事象に対し、気候変動や地球温暖化がどれだけ影響しているかを定量的に分析する「イベント・アトリビューション」の研究が進んできた。

2022年の夏の高温や大雨に関して、気象庁気象研究所は「7 月後半以降の高温に関して、地球温暖化による気温の底上げがなければ起こり得なかった」と結論付け、「地球温暖化によって 6月から 7 月上旬の日本全国の線状降水帯の総数が約 1.5 倍に増加した」と検証している。

これらの科学的知見に基づいた分析は、気候変動についての解説をする場合も非常に有効だ。井田さんは「IPCCの報告書やイベント・アトリビューションのデータや報告書をしっかり読み解いて、自信をもって気候変動の影響について発言できるようにしたい」と話す。

天気予報で温暖化を伝える欧米の気象キャスター

井田さんによると、欧米では天気予報で気候変動について言及することが日本より多く、米国CNNでは、「気候科学者と気象キャスターが連携して、日々リリースされる気候変動レポートを使って、今回の現象はこういう背景がありますということをシステマチックに伝えている」という。

米国ではメディアが気候変動を伝えることを支援するデータやグラフィック、トピックスなどを集めたサイト「クライメートマターズ(Climate Matters)」があり、200以上のメディアに利用されている。

クライメートマターズでは、日本の気候変動による影響についてもビジュアル化する

グループではこういったさまざまなリソースを集約して、情報の共有を進めていく意向だ。

漁業や農業、スポーツ業界など、現在、多くの産業が気候変動の加速化の影響にさらされている。井田さんは「そういった現場に気象予報士が行ってレポートをすることも意味があるのでは」と期待し、「まずはメディア内での連携を強化し、さらに、他の業界とも連携をしていきたい」とする。

気候変動の身近な伝え手として、気象予報士・キャスターらの役割はますます重要になっていきそうだ。

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箕輪 弥生 (みのわ・やよい)

環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。
東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。著書に「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む。

http://gogreen.hippy.jp/