サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイトです。ページの先頭です。

サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイト

ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

これからの地域における宿泊業の役割とはーー世界初WELL認証を取得したホテルのチャレンジ

  • Twitter
  • Facebook

新型コロナ感染症によってなおのこと「健康」や「ウェルビーイング」が注目されているなか、これらをコンセプトにした京都のホテルが地域をつなぐ役割を担っている。京阪ホールディングス傘下のビオスタイル(京都市)が手がける『GOOD NATURE HOTEL KYOTO(グッド ネイチャー ホテル キョウト)』だ。同ホテルは、健康とウェルビーイングの観点から建物環境を評価する「WELL認証」を世界のホテルで初めて取得した。現在は、感染症の蔓延で販路や売上確保が難しくなった生産者や職人の商品をホテル内で販売したり、地域との接点づくりとしてサステナブル縁日などのイベントを開催し、コロナ禍でも好評を博している。WELL認証取得と持続可能な観光におけるホテルの役割について、京阪ホールディングス経営企画室経営戦略担当部長の山下剛史さんとホテル総支配人の松井美佐子さんに話を聞いた。(松尾沙織)

枯山水を知ってもらうところから始まった認証取得

――まず、なぜWELL認証を取得しようと思われたのでしょうか。

山下剛史さん(以下、敬称略):ホテルを含むこのプロジェクトは、2015年に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)が発効する以前の2014年から始まりました。京阪グループが、今までの100年間で鉄道事業を中心に、不動産業や流通業などを手掛けてきて、次の100年で何をやっていくのか、何をすべきか、を考えたときに、沿線人口は減っていくことはわかっているなか、鉄道に代わる新たな軸となるものをつくっていこうとスタートしたプロジェクトが『KEIHAN BIOSTYLE PROJECT』です。

京阪では「BIO STYLE(ビオスタイル)」と呼んでいるのですが、地球環境にも健康にも良い新しいライフスタイルを、今後世界に対して発信していこうと、新たな事業の柱に据えたプロジェクトです。

きっかけになったのは、2014年に有機野菜の宅配や卸売をしているビオ・マーケットという会社を京阪が買収したことでした。これに着想を得て、「自然にも健康にもやさしいこと」をコンセプトにした施設をつくろうとなったのです。

持続可能性という点で、京都は連綿とそれを体現してきている場所です。京都でこのプロジェクトを手掛けていくことに親和性を感じていましたし、京都の中心地・四条河原町から世界に発信していくことの意義を感じています。

ただ、地球や社会に良いことをしていますというだけではなく、外部の認証を得ることで、より発信力が高まること、より深く学べるだろうと思ったことから、認証にチャレンジすることになりました。

――認証取得にあたり、苦労した点はどんなところでしょうか。

山下:オフィスビルのWELL認証取得はこれまで世界でも事例がありましたが、ホテルでの事例はありませんでした。先駆けてやっていこうということで、認証を開発した機関「IWBI(International WELL Building Institute)」のある米国に何度も足を運んで打ち合わせをしたり、そうした経験から勉強をさせていただき取得したという経緯です。

米国では、STAY WELL認証というものをいくつかのホテルが取得していて、視察にも行かせていただきました。起きる時間に合わせて夜明けのように部屋を徐々に明るくする照明や空気清浄機、ビタミンC入りの液体シリンダー入りのシャワーヘッドなどあったのですが、それ以上のことをしていきたいとの思いから、WELL認証にチャレンジしました。

もともとホテル向きにつくられた認証ではないので、ホテルに合わない基準もあり、その都度、認証機関と協議をして、理解を得ながら進めました。例えば、オフィスで求められる照度ではホテルには明るすぎるので、客室に合った落ち着く照度に基準を修正するなど、カスタマイズしながら進めました。

山下:欧米の方は水へのこだわりも強く、体だけでなく心の健康も重視しています。認証機関から心の癒し効果のために噴水をつくるなどの要望があったのですが、それをつくるのは難しかったので、「京都の噴水は枯山水なんです」とプレゼンをして、逆にそれに対して高評価をいただくことができました。

客室デザインも含め、そういったそこはかとなく感じられる京都ならではのデザイン、癒しになるデザインもご評価いただいています。

また、ここで働くスタッフの健康にもしっかり対応しないといけません。長時間座っているのは身体に良くないので、上下に調整できるデスクや立って打ち合わせができるテーブルを入れたりもしました。「そういうところに気を使うんだ」という新しい発見がありましたね。

新型コロナの影響

――オープンしてすぐ新型コロナウイルス感染症が蔓延して顧客の確保が難しかったと思います。どのような工夫をされていますか。

松井美佐子さん(以下、敬称略):今もコロナ禍の真っ只中で、感染者数が増えて、そのニュースを受けて人出もなくなり、顕著に業績に影響が出ています。

とはいえ、このホテルが持つコンセプトに共鳴してくださるお客様が着実に増え、ただ泊まって帰っていただくだけではないという点で差別化ができていることもあり、ご支持をいただいています。

また、ホテルへの滞在だけでなく、いろいろな体験をして帰っていただけることから満足度につながり、部屋の面積やグレード感が同じ他社と比べても、客室単価や稼働率は高く推移できているように思います。

――他に支持されているポイント、反応が良いと捉えているところはありますか。

山下:河原町通りを歩いて来られて、エレベーターを上がって中庭や自然が広がっている空間が、ちょっとしたサプライズになっているのかなと思います。都会の中にあっても、ここに来れば喧騒を忘れられて、心の安らぎが感じられる、そんな空間づくりを意識していますので、お客様からは「落ち着く」というお声をたくさんいただいています。

部屋はできるだけフェイク素材を使わずに、本物の天然素材でつくることに全室こだわっています。天然木でフローリングをつくったり、土壁や和紙を使ったり、泊まったお客様からは安らげる空間だというご評価もいただいていますね。

松井:ロビーがフリースペースになっているので、よくお仕事で立ち寄る方もいらっしゃいます。そういう方がレストランでお茶を楽しまれたりといった使い方もされています。

また、施設前の外のスペースでは、毎月さまざまなイベントや出店があり、地域の方や観光客の方が立ち寄って、ホテルを知る機会にもなっています。1階に物販スペースも設けているので、地域の方との接点をつくる場所にもなっています。

今年は京都祇園祭が中止になってしまって、この季節に楽しんでいただけるお祭りがあればということで、7月から8月初旬にかけて、お子さま向けに「サステナブル縁日」と題した催しを開催しました。ここでは、SDGsのゴールを学べる射的や間伐材を使ったスーパーボールすくい、屋台フードの出店など、親子連れのみなさまに楽しんでいただきました。

WELL認証は顧客にどう響いているか

山下:ある程度下調べをしてコンセプトを知っていただき、認証がきっかけでご予約いただくケースは多いですね。

オープンしてすぐは審査中で、コロナ禍で審査機関の方がこちらに来られなかったこともあり、認証を取得したのは2020年8月です。新型コロナウイルス感染症の拡大がある程度落ち着いてから、この認証を知って来ていただける外国の方も増えるのかなと期待しています。

――関西に住む方を対象に地元割も行っていましたが、地元の方の反応はどうでしょうか。

松井:予約のなかでは高い割合でお越しいただいています。金額を下げていることもあって、これまで東京の方の予約が多かったところ、現状は大阪からいらっしゃる方のほうが多いです。

大阪の次に京都という順で、ホテルに駐車場のあるところが少ないので、その点も支持されている理由なのかなと思います。

――外国人の方の満足度も高そうですね。

松井: 2019年12月にオープンして数カ月間ではありますが、半数が外国のお客様からのご予約でした。その際には高い評価をいただきました。中庭にある暖炉が好評で、火がつくのですが、冬は外に出てくつろがれている方もいらっしゃいましたね。

欧米からのお客様が多い傾向にあり、特に欧州にはビオホテル認証もありますし、オーガニック食材が当たり前にスーパーに並んでいるような環境ですので、そういったビオの条件で探している方も多いのだと思います。WELL認証やLEED認証(グリーンビルディング認証)は、欧米での認知度が高いので、今後を期待しているところです。

泊まって、楽しむだけでなく、いいことを一つ暮らしに取り入れてもらえるように

――持続可能な観光におけるホテルの役割についてはどう考えていらっしゃいますか。

山下:これまでのホテルは、泊まってもらう、楽しんでもらうというものでした。このもともとの役割に加え、このホテルを含めた『GOOD NATURE STATION』の役割としては、地球にいいこと、社会にいいこと、健康にいいことを何か一つ暮らしに取り入れていただくということをコンセプトにしています。

お客様にあまりにストイックなものを求めてしまうと、広まっていかないなと思っているので、コンセプトに「エピキュリアン・ナチュラル(心地よい自然主義)」を掲げて、楽しいや美味しいを体験していただくことを大切にしています。

例えばアメニティも家から持って来ればいいよねというような気づきから、他のホテルに行くときにも気をつけていただけたり、ここでオーガニックのコスメを購入して家でも使ってみようとか。泊まって帰るだけでなく、いろいろなストーリーをつくっていますので、できるだけそれをお伝えするようにしています。

松井:当館ではコンシェルジュではなくコンダクターを置いています。彼女たちはレストランや観光地のご案内もするのですが、ホテルの取り組みを知っていただくために無料で館内ツアーも行っています。そこから一つでも持って帰っていただくことで、この場所が暮らしのヒントが集まる「ライフステーション」になれたらいいなと思っています。

山下:他の企業や学校からの見学依頼も多く、今ではSDGsツアーのプランも販売しています。小学校高学年から大人の方まで、それぞれの年代にあったプランをご提供していますので、みんなでSDGs について考える機会になればいいなと思っています。

事業の真ん中にSDGsを取り込むということにどこの企業も苦労されていて、よくご相談をいただきます。弊社では、化粧品や加工食品の製造販売もしているのですが、そういう取り組みやストーリーをお伝えしています。京阪グループが推進する「BIOSTYLE PROJECT」の発信拠点ともなっていて、ここをもとに取り組みを進めていこうとしています。

――認証を考えているホテルにアドバイスはありますか。

山下:建築に関わるハードの部分でこだわりがあるなら、建てる前の早い段階で取得に動いたほうが良いのではないでしょうか。あとは、認証にこだわらなくても、いろいろと要素として取り入れていくことはできます。

たとえば、客室のアメニティを変えてみる、照明をLEDに変えてみる、シャワーの水圧を変えてみるとか、あとはシーツの交換が必要かを聞いてみたり、給水サーバーの設置、マイボトルの利用促進などはできるのではないでしょうか。

ここは141室あります。100室以上あるところだとできることは限られてしまうこともあると思いますが、お客様に不快感を与えずにできる工夫、まずは一室からスペシャルプランをつくってみることなどもできるかもしれません。

――今後、どのように事業を展開していきたいとお考えですか。

山下:民間企業が運営しているホテルですので、利益を生んで事業として成功するモデルをしっかりつくらないとサステナブルとは言えません。それだけでなく、できたら他の地域にもこのモデルを展開したいと考えています。

地域との共生ということで、地元の農家さんとのつながりなども、今後もっと増やしていきたいと考えています。コロナで販路に困っている生産者さんの商品も受け入れたりもしていますので、そうやって地域の賑わいや地域経済をつくるハブとなる施設になっていきたいと思います。

取材を終えて

出典:JTB総合研究所 コラム「SDGs達成に貢献する観光-サステナブル・ツーリズムについて」(2020年10月)より UNWTO資料に基づき JTB総合研究所 熊田主席研究員 作成

ホテルや旅館は、五感を使って学ぶことができる教育の場にもなれば、衣食住すべてを扱うからこそ地域の経済を底支えする場にもなり、地域のストーリーを伝えていく文化の保存の場として役割を持たせることもできる。

2019年のG20観光大臣会合では、観光を通じて地域の持続可能性を高めていくことが話された。新型コロナウイルス感染症の拡大で大きな打撃を受けている業界ではあるが、この機会を変換のチャンスとして、地域の人々のつながりをつくることや、地域の持続可能性を高めていくこともできる。

SDGs達成まで「あと9年」となった今、地域にとっても日本にとっても、ホテル・旅館・サステナブルツーリズムの役割は、思った以上に大きなものとなるのではないだろうか。

  • Twitter
  • Facebook
松尾沙織 (まつお・さおり)

2011年の震災をきっかけに当時の働き方や社会の持続可能性に疑問を持ったことから、現在はフリーランスのライターとしてさまざまなメディアで「SDGs」や「サステナビリティ」を紹介する記事を執筆。SDGsグループ「ACT SDGs」立ち上げる他、登壇、SDGs講座コーディネートも行う。また「パワーシフトアンバサダー」プロジェクトを立ち上げ、気候変動やエネルギーの問題やアクションを広める活動もしている。