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官僚やハーバード大も注目、宮城県雄勝を変えた男

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宮城県石巻市雄勝町。東日本大震災により、建物の8割が流され、4300人いた人口は半分以下の1600人になった。80歳で「若いほう」と言われるほどの超高齢地域になりつつあるが、毎年、霞が関の官僚やハーバード大学の学生、大手企業の社員ら数千人が訪れる。この町を、「限界集落」から「未来をつくる現場」に変えた一人の男に話を聞いた。(オルタナ編集部=池田 真隆)

MORIUMIUS(モリウミアス)で集合写真、中央には小泉進次郎・農水部会長

「心で動くと相手にも伝わる」――。これは、その人が東北で働くようになって見つけた真理だ。その人とは、立花貴さん(47)。東日本大震災後、東京と雄勝を6年間で600往復した。後半の300往復は東京から仙台までは新幹線、それから車で、東京のビジネスパーソンや大学生ら1300人以上を自らが運転する車に乗せて運んだ。

立花さんは大手総合商社、ベンチャー企業の経営者で10年間というキャリアを持つ。人手が足りない地域に、より効果的な支援を行うことも選択できたが、あえてその選択はせずに、自らが渋谷から人を乗せ、片道6時間かけて運ぶことを繰り返した。立花さんは、「目の前の一人ひとりが心で動いてほしかったから」と話す。

相手の心に訴えるようになった立花さん自身にも変化が起きた。2011年7月、ついに立花さんは雄勝に移住した。仙台市生まれの立花さんは雄勝とは縁もゆかりもなかった。ただ、目の前の人のために活動を続けていくうちに、自分自身の今の気持ちに素直になり、移住した。

この選択は、震災前の立花さんからすると考えられないことだろう。なぜなら、立花さんは就職活動の時に、35年間の人生計画を設計し、就職してからも定めたゴールへの最短距離を選ぶ働き方をしてきた。今よりも、常に先の物事を考えながら生きてきたのだ。

■ボランティア5000人が協力

立花さんが考え方を180度変えた背景には何があるのか。立花さんは、それを「一人ひとりが内側に持つエネルギー」と話す。雄勝で支援活動を行うことで、人が持つこのエネルギーを体感し、立花さん自身もこのエネルギーに沿って働くことにしたという。

立花さんは、宮城県仙台市生まれ。大学卒業後は、大手総合商社の伊藤忠商事に入社し、その後、独立して食品流通関連会社を立ち上げ、10年間で売上20億円まで成長させた。

立花さんは仙台市生まれで石巻に本家親戚が住んでいた。東日本大震災後、母と妹の無事を確認しに東北へ車を走らせた。2人の無事が分かり、一度は東京に戻ったが、「見てしまったから」という理由で、一人で宮城に再び車を走らせ、炊き出しを行った。

東北で復興支援活動を行っていると、雄勝中学校で当時校長先生だった佐藤淳一先生と出会う。佐藤先生は、「子どもたちにひもじい思いはさせたくない」と立花さんに助けを求めた。当時、給食センターが被災していたため菓子給食はパンや牛乳だけ、育ち盛りの子どもたちには十分な食事ではなかった。

雄勝で新しい仕事・学びの場づくりを目指す立花さん

これが立花さんと雄勝との出合いだ。立花さんは「わかりました」と考えるよりも前に即答。翌々日から料理人だった妹に依頼し、生徒と先生の合計100食の給食作りを行った。

こうして、雄勝との縁ができると、この地に、当初は子どもの体験施設であり以後は合宿所にもなった「雄勝アカデミー」や築93年の廃校をリノベーションした子どものための複合体験施設「MORIUMIUS(モリウミアス)」などを仲間や全国の応援団、地元住民と作った。モリウミアスの改修作業には東京からボランティアや廃校の卒業生でもある地域住民も協力し、その数のべ5000人に及んだ。

ある時は、霞が関の官僚が、ある時は大手製薬会社の若手社員がこの地を訪れる。彼/彼女らは合宿所に宿泊しながら、地元の漁師のカキやホタテの養殖作業を手伝ってきた。日中はここでの暮らしを体験し、夜は新鮮な海の幸を食べながら、住民たちと酒を飲みかわした。

一般的な東北ツアーとは違い、雄勝ではいたるところで「自立」を求める。お客様扱いはしない。例えば、船に乗って海に出るときは、実際に漁師が船を出す時間帯なので朝3時起きだ。船に乗るかは自主申告だが、手を挙げた人は周囲を起こさないようにゆっくり起きる。もし、起きられなかったら、あえて起こしはしない。

普段、デスクワークや会議ばかりの社会人にとって、自然と向き合う作業は刺激を与え、雄勝を第二の故郷にしていく。モリウミアスは主に小中学生向けへ地域の暮らしを通して持続可能な社会を体験する学びの場だ。「自立」を求めながら、子どもたちに自然の中での農林漁業体験や地域の暮らしを通じた体験をしてもらう。

漁師とともに定置網で採った秋鮭をさばいてイクラを取り出したり、新巻鮭をつくったりもする。裏山では豚を飼育しており命の大切さも感じることができる。

■社会人向け新施設

立花さんは、これからの働き方について、「場所的な制約はなくなってきた」とし、都市部の人には地域とつながる働き方を勧める。「多様性の環境の中でこそ、新しいものが生まれる」と言う。

この雄勝でも多様性を軸に新たなイノベーションを起こしていく。雄勝には小学校と中学校がないが、今年の夏には併設校ができて、子どもたちが戻ってくる。併設校はモリウミアスから車で10分弱の距離なので、この施設に泊まっている子どもと雄勝の子どもの交流もできるようになることを期待している。

子どもだけでなく、社会人向けのプログラムにも多様性を強化する。このほどオープンした、宿泊施設「モリウミアス・アネックス」では異業種のビジネスパーソンを共同で泊めたりもする。

日本の地域の縮図でもある雄勝で持続可能な社会を考え、普段交流しない人が一つ屋根の下で共同生活を送る。限界集落といわれるこの地域で、人々のリーダシップを育み、考え方にイノベーションを起こしていく。

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池田 真隆 (いけだ・まさたか)

株式会社オルタナ オルタナ編集部 オルタナS副編集長