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G☆Local Eco!

ストレス・情報過多社会を乗り越える「働き方改革」

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SB-J コラムニスト・青木 茂樹
筆者が参加したリトリートキャンプの朝ヨガ 写真提供:小豆島ヘルシーランド株式会社(MeiPAM)2017年10月

高ストレスが生み出す隠れた負債

[G☆Local Eco!第15回]ダウ・ケミカルでは、実践とオンラインで学べる8週間のマインドフルネス・プログラムと6カ月のフォローアップを実施した。燃え尽き症候群の社員が減少した上、食生活もファストフードから菜食傾向に変化した。これにより生産性が潜在的に20%上がり、そのまま1年間継続された場合、参加社員の年収で換算すると一人あたり2万2580ドル(約257万円)の人件費削減が見込めるという[1]

米保険大手のエトナは3年間で1万3000人以上の社員がマインドフルネス・プログラムを実践し、社員一人あたりの生産性が1週間で62分向上し、一人あたり年間3000ドル(約34万円)の人件費を削減できると試算された 。[2]
 
今、海外で多くのIT系優良企業が社員研修にマインドフルネスを取り入れていることは、これまでのコラムでも報告した通りだ。

今回は、これらが単なる創造性や集中力の向上や福利厚生としてではなく、米国では、科学的な実証性と経済性の根拠から社員研修制度として取り入れられていることを報告する。
 
「24時間戦えますか~」「5時から男の~」とCMが流れたのがバブル経済の時代。あの時代は、ストレスなどは吹き飛ばす強さが求められていた時代だった。仕事に遊びに忙殺されて、おそらく心ここにあらずのマインドレス状態であったかと思う。しかし、それを吹き飛ばす社会全体の好況感が、体を蝕む負の側面を露わにすることはなかったのであろう。

ストレス耐性は根性有り無しの精神論ではない。今日の医学によって、過剰なストレスが脳を破壊しているメカニズムが分かってきている。2016年に放送されたNHKスペシャル「キラーストレス」によれば、不安や恐怖を脳や扁桃体が感じると、副腎を刺激しストレスホルモンが分泌され、脈拍や血圧の上昇や血液の粘性が上がる。ストレスホルモンは本来、血糖値や免疫をコントロールすることで、人間の恒常性を保つ役割があるのだ。

「人類が命の危険にさらされたとき、危険に立ち向かうべく一瞬にして体が温まった状態となる役割をストレスホルモンが果たしてきた。しかし、ストレスに慢性的に晒されることで、ホルモンの一つのコルチゾールが分泌され続け、神経細胞の突起が減ることで記憶や感情を司る海馬を萎縮させる」というのだ。売上のプレッシャーや上司や顧客からの叱咤などのストレスに晒された結果、感情を失い、いつの間にか笑うことも忘れてしまう。

番組ではこうしたストレス対策のために「コーピング」が紹介された。対処法というべきであろうが、ストレスがかかったら、自分にあった気晴らしの手法、例えば「音楽、読書、ランニング」となるべく多くリストアップしておく。またストレスがかかったと思った時に、好きなものを実践し、実際にどの程度解消されたかを点数化しておく。こうしたリスク回避の方法を知っておくことで、ストレスを溜め込むことなく、心身のバランスをとる方法を自ら身につけておくのだ。

情報過多社会でデフォルト脳が熱くなる

そんな中で注目されているのが、マインドフルネスである。デイヴィット・ゲレスの定義によれば、マインドフルネスとは「私たちの頭の中に生じるさまざまな考えに心を動かされることなくそれを観察する力のこと。(中略)自分の体験に対して自覚的になり、判断を交えることなく観察し、物事に対して恐怖や不安、貪欲からではなく、明晰さと思いやりの心で反応する[3]」という。

コーピングと似た要素があり、自分を客観的に観察し、その状況を理解するというメタ認知(外から自分の思考や行動を認知する)により、自ら冷静さを保つのである。

下図にあるように、さまざまな雑念に捉われて、マインドがFull(いっぱい)になっている左の人ではなく、未来の不安も過去の反省も忘れて、右の人のように今あることだけに集中していることがマインドフルネスの状態である。

出典)Jessica Drew de Paz, PsyD (2014)”Mindfulness: An antidote” University of California Mindful Health and Safety, http://sites.uci.edu/mindfulhs/blog/ より。

筆者は過日、瀬戸内にて禅とヨガの「瀬戸内・小豆島リトリートキャンプ」に参加してきた。リトリート(Retreat)は退却や静養先、瞑想という意味もあるが、講師の川野泰周氏は「修養」と訳されていた。川野氏は臨済宗建長寺派林香寺の住職であると同時に慶応大学医学部卒の精神科医であり、西洋医学も日本の禅も語れる逸材だ。人柄の良さも然ることながら、医者として科学的根拠のないことは話しませんという安心感もあった。

川野氏のプログラムはさまざまなワークを挟みながらの講義、そして坐禅(宵禅)、マインドフルな食事であった。大変分かりやすく、楽しい講義であったが、印象的だったのが、脳のデフォルト・モード・ネットワークの話であった。

人間の脳には、初期設定として普段から低くアイドリングしているデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)、集中した時に高い能力を発揮するセントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)がある。そしてセイリエンス・ネットワーク(SN)が外界からの知覚と内部感覚と統制し、DMNとCENを切り替えるという。

出典)川野泰周(2017)「マインドフルネスと禅」小豆島リトリートキャンプ配布資料より。

今日の課題は情報過多社会となり、携帯やPCなどで日常的にさまざまな情報処理をし続ける状況で、低くアイドリングすべきDMNが日常的に過活動している。PCが熱くなったままだと動かなくなるように、人間もこれによりうつ病や不安障害などを引き起こすという。このDMNでなんと脳の6割のエネルギーを消費している。

またCENは、本来人間が集中した時に活動する脳だが、このように集中した状態は人の幸福度を高める。時を忘れて何かに集中した状態がCENの活動状態である。

この無心の集中状態に対して、今日の人々は DMNが動いてあれやこれやと考えている「マインド・ワンダリング」の状態にある。なんと脳の活動の50%はこのマインド・ワンダリングに使用されており、この状態では幸福度が高まらない。

この状態を低くコントロールするのがマインドフルネスであり、SNが雑多な情報から最適なものを抽出してくれることで、脳が整理され、雑念がなくなる。SNを鍛えることで、ハイパフォーマンスなCENに切り替え、効率的に働くことができるようになるのだ[4]

ヨガ、瞑想、坐禅とマインドフルネス

マインドフルネス・ストレス低減法(MBSR)を開発したジョン・カバット・ジン博士は、坐禅からヒントを得て、宗教色の排除と科学的な証明によって8週間の研修プログラムを開発した。これにより、マインドフルネスは米国を中心に広がることとなった。

ブッダは瞑想などの修行を通し、生きる苦しみと向き合う方法を見つけ出した。これは神の言葉を聞いて従うというものではなく、己と向き合い、苦を見つけ、取り除くことにある。まさに「あれこれと判断をせずに今この瞬間を感じること」が坐禅である。禅宗では、坐禅のみならず、掃除、食事、草むしりなどあらゆることに集中して取り組み、「今この瞬間」を感じることが修行となっている[5]

出典)今村翠(2017)「Yoga」小豆島リトリートキャンプ配布資料より。

小豆島リトリート・キャンプでヨガを指導してくれた今村翠氏は、Sri Aurobindo Ashram integral Yoga、全米YOGAアライアンスRYT200認定指導者である。

今村氏は、ヨガと禅の関係について上図のように整理している。4500年前のインダス文明に坐法行者の印章があり、ヨガの起源とされている。ちなみ日本のエステサロンやマッサージなどで流行のアーユルヴェーダも、インドのアユース(生命)とベーダ(知識)からくる伝統医学のことである。ヨガにはAshtangaという八支則がある。「禁戒、勧戒、ヨーガポーズ、呼吸法、感覚制御、集中、瞑想、三昧」のことだ。

この瞑想「Dhyana」は中国語で禅那と記され、これを音訳したことで「禅」となった。ブッダが2500年前にこれを修行法として取り入れ、6世紀にインド人のダルマが面壁九年の坐禅を続けたことで、禅宗の開祖となった。

鎌倉仏教の中でも禅宗を布教したのが、臨済宗の栄西、曹洞宗の道元である。鎮護国家のために仏教は飛鳥時代より日本に導入されるのだが、むしろ禅宗の考え方は明日の生き死が分からぬ鎌倉武士から戦国武士にまで重用されることとなる。それこそ武士道、茶道、華道、剣道など、すべてのムダを排除して「今この瞬間」に集中する日本文化の根源が成熟したのである。

これが公民権運動や反ベトナム戦争を掲げた学生運動の時代に、日本の禅僧らによってアメリカに広められた。これが今、アメリカで科学的実証性をもって、新しいビジネス界で戦い続ける人々に新しい形で浸透しているのだ。

川野泰周氏指導の宵禅 写真提供:小豆島ヘルシーランド株式会社(MeiPAM)2017年9月

[1] Aikens Kimberly (2015) “Mindfulness Goes to Work”, https://www.td.org/Publications/Blogs/Learning-Executive-Blog/2015/04/Mindfulness-Goes-to-Work. 実験プログラムの詳細は、Aikens Kimberly, Astin John, Baase Catherine, et.al (2014) “Mindfulness Goes to Work: Impact of an Online Workplace Intervention”, Journal of Occupation and Environmental Medicine,Vol.56 Issue 7.

[2] Mark T. Bertolini(2014) “The journey of personal and organizational wellness”,https://news.aetna.com/2014/09/journey-personal-organizational-wellness/

[3] デイヴィット・ゲレス(2015)『マインドフル・ワーク』NHK出版,11頁。

[4] 川野泰周(2017)『脳がクリアになるマインドフルネス仕事術』クロスメディア・パブリッシング(インプレス) ,29頁。

[5] 前掲書、21頁。

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青木 茂樹
青木 茂樹 (あおき・しげき)

サステナブル・ブランド国際会議 アカデミック・プロデューサー
駒澤大学経営学部 市場戦略学科 教授

1997年 慶應義塾大学大学院博士課程単位取得。山梨学院大学商学部教授、
University of Southern California Marshall School 客員研究員を歴任。
多くの企業の新規事業の立ち上げやブランド構築に携わる。地方創生にも関わり、山梨県産業振興ビジョン策定委員、NPOやまなしサイクルプロジェクト理事長。人財育成として、私立大学情報教育協会FD/ICT活用研究会委員、経産省第1回社会人基礎力大賞を指導。やまなし大使。
2022年4月より、デンマークに渡り現在 Aalborg University Business School 客員研究員を務める。

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