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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)
G☆Local Eco!

生活者が渇望するグッド・ライフとは

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SB-J コラムニスト・青木 茂樹
Photo : Anastasia Taioglou

[G☆Local Eco!第13回]サステナブル・ブランド国際会議のテーマは毎年、変わっているが、2017年のテーマは、Redefining the Good Life(グッド・ライフの再定義)となっている。さらに2018年はRedesigning the Good Life(グッド・ライフの再設計)、2019年はDelivering the Good Life(グッド・ライフの送り届け)となっており、グッド・ライフがサステナブル・ブランドの非常に重要なテーマとなっている。

ここで確認したいのは、サステナブル・ブランドの答えがそこにあるわけではないということだ。日本でこうした会議を開催すると最先端の答えがそこに用意されてあり、それを持ち帰れば即戦力となることを期待される方が少なくないが、そうではない。「グッド・ライフとは何か?」のテーマについて、発表者も参加者もそれぞれが仮説を考えてきて、会議でぶつけ合うことから新しい知見やネットワークができるのである。

知識創造社会では自らビジネスを考え、生み出すことに価値がある。ビジネスモデルはコピー・アンド・ペーストでできる模型を指すのであるが、個々の企業が自社の経営資源とネットワークを生かしながら考案したものは、ビジネスモデルではなくビジネスデザインというべきものだ。

今回は、このテーマに関して、WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)とアメリカの広告代理店Havasが行った『The Good Life 2.0 (US Edition)』の調査をもとに、改めてグッド・ライフとは何なのかを投げかけ、皆さんがビジネスデザインを考案するきっかけとなればと願っている。

グッド・ライフ1.0

1950年代からのアメリカにおけるグッド・ライフ1.0として、よく生きるための支配的な考え方は、できる限り多く消費することにあった。例えば、芝生の庭に芝刈り機、BBQセット、簡易プール、自転車、ゴルフ用品、バトミントンとモノに溢れた家族の姿が、アメリカンドリームの象徴だった。WBCSDとHavasはこれをグッド・ライフ1.0と呼んでいる。

私が子どもの頃、テレビドラマで見ていたアメリカの家庭も、大型テレビに大型ソファが並んだリビングであり、よく刈り込まれた芝生と大きな自動車が象徴であった。

問題はいまのマーケティングもこの延長のままにあるということだ。これまでの「大きいことはいいことだ」という考えが支配的であり、大きい家に住むこと、一人で車を運転すること、厚切りの肉を食べ、使い捨ての服、水の無駄遣いが当たり前だった。

日本の広告も、雑誌でもテレビでも新製品の機能の新しさや素晴らしさが連呼され、最後には「なんと今なら19800円」という低価格や「さらに〇〇をお付けします」という殺し文句となっている。これが果たして私たちの求めているグッド・ライフなのであろうか、という課題である。

これまでの多くの人々はサステナブルな生活を求めては来なかった。なぜならそれは抑制的に思えるからだ。しかし今日、こうしたグッド・ライフのために多くのお金を支払うことが正しいことかという反省がある。

しかし今、これが変化しつつある。Havasの調査によれば、アメリカ人は1年間のうちに、誰も使わないベッドルームの支払いのために1ヶ月余分に働き、仕事の移動のために、毎日のコーヒーをテイクアウトするために、数回で使い捨てる衣服のために2週間働いていることになるそうだ。グッド・ライフ1.0は必ずしも良いことではなかったかもしれないのだ。

グッド・ライフ2.0

感情の神経科学者のジャーク・パンクセップ博士によれば、「積極的な感情」は、脳が進化しても、持続的な4つの重要な環境条件に基づいて育まれるという。

それは、

1. 家族や社会的な絆
2. 体を壊すことなく、安全に過ごすこと
3. 自由な活動への制約に打ち勝つこと
4. 好奇心や目標に直結した達成に満たされること

である。

消費者の願望がどう現われているかを知るには、ソーシャルメディアやSNSで彼らがどのような経験を共有しているのかを見ることだ。SNSでは、学び、愛し、教え、インスピレーションが生まれたことや、互いの成功を祝福したことを共有している。

視覚的な日常の記録であるインスラグラムを分析すると、人々にはグッド・ライフの本質的な4つの構成要素があるという。

1.家庭と家族
2.ゆっくりとした時間
3.旅の事柄
4.ワークライフ・バランス

『The Good Life 2.0 (US Edition)』では、4つの要素に従い、SNSの写真を分類し分析している。

1.家庭と家族
人々は家に帰りたい欲求があり、人と一緒にいることが社会のリアルな流行となっている。さらにその土地の固有の自然環境に敏感で、エネルギー消費にスマートだ。


2. ゆっくりとした時間
家族の洗濯物の物干しをインスタグラムにアップする人が多いのはなぜか。家族を持つ人々の幸せ感の表れだ。さらに犬を撫でたり、コーヒーを飲むひと時などの小さな幸せを共有し、親子で買い物や日曜大工をしている風景や子供たちが寝ている写真を共有する。野菜を育て、食べ物をシェアしたり、育てたものを瓶詰めにして保存することに夢中になっている。ローカルフードを楽しむ時間を大切にしているのだ。

3. 旅の事柄
人は自由や発見を好む。旅で現地に行くことが楽しみであり、自力で移動するサイクリングなどを気持ち良くカッコ良いものとしてアップしている。他人と車をライドシェアすることで素敵な出会いがあるという。またプラグインで充電する電気自動車に乗ることが新しい自由の表現だという。

4.ワークライフ・バランス
私たちは、「しなくてはならないこと」と「したいこと」をうまくマネジメントしようとしている。どこで働くべきかを考え直すべきで、カフェやコ・ワーキングスペース、在宅でのテレワークなどがSNSにアップされている。写真や釣り、音楽など情熱を傾けるものがあり、クラフトや職人を高く尊敬し、使い捨ての時代だからこそ、長く使われたモノを称賛する。世界各地の生活を学び、そこにあるモノに勝るものはないと考える。スポーツやヨガ、マインドフルネスなど心と体を大切にするのだ。

これらは、手に届く持続可能なライフスタイルの例である。ブランドや製品コミュニケーションにとっての背景や文脈を提供するのであり、製品開発やイノベーションにとってのインスピレーションとなるのだ。顧客が渇望している世界を垣間見るものである。

経験価値を仕掛け、さらにLifeScapeを描け

これまで見てきたように、製品戦略やブランド戦略を考えていくためには、製品の機能的価値のみに焦点を当てるのではなく、生活者がどのような世界観へ展開しようとしているのか。その潮流を捉えていく必要がある。その分析手法がソーシャルメディアやSNSのピクチャマイニングであった。

例えば、インスタグラムで、地域のブティックワイン「勝沼醸造」を検索してみよう。8月29日時点で1563件の投稿がある。大手ワイナリーの投稿数を圧倒的に凌駕している。

さらにその写真はワインボトルのみならず、ぶどう畑からワイナリーやレストランの様子、集まった仲間や醸造家たちとの交流など多様なシーンを映し出しているのだ。モノとしての機能価値だけではなく、そのモノの背景に消費者が求めているイメージが投影されていることに気づくであろう。

これをつくり出すにはどういうマーケティングを展開すべきであろうか。バーンド・H・シュミット氏はこれを「経験価値」と名付け、以下の5つのモジュールに分類した。

1. SENSE : 視覚、聴覚、触角、味覚、臭覚を通じて感覚的経験価値を生み出すために感覚に訴える。
2. FEEL : 情緒的経験価値を生み出すために、顧客の内面にあるフィーリングや 感情への訴求が行われる。
3. THINK : 顧客の想像力を引き出す認知的、問題解決的経験価値を通じて顧客の知性に訴求する。また、驚き、好奇心、そして挑発といった感覚を利用して、 顧客に集中的思考と拡散的思考をさせるように訴求する。
4. ACT : 顧客の身体的な経験価値を強化したり、これまでにはない新しいやり方 を用いて顧客に経験価値を提供したり、今までとは違うライフスタイルや他の人々との相互作用を取り上げることにより、顧客の生活を豊かにする。
5. RELATE : 他のアプローチと重複する側面をもっているが、個人の私的なフィーリングを対象にするだけではなく、自分の理想像や他の人、あるいは特定の文化やグループに属しているという感覚を個人にもってもらうためのアプローチである。
引用)バーンド H. シュミット(2000)『経験価値マーケティング ― 消費者が「何か」を感じるプラスαの魅力』ダイヤモンド社。

この5つのモジュールに対して、コミュニケーション、アイデンティティ、製品、コ・ブランディング(共同ブランディング)、環境、ウェブサイト、人という7つの戦略によって経験価値グリッドをつくったのだ。

これに勝沼のワイナリーの展開をあてはめたものが下図となる。ここでは細かい説明は省くが、単なる製品のアイデンティティや機能だけではなく、さまざまな接点においてそのブランドの価値を伝えていくための取り組みがなされていることがわかるだろう。これに応じて、顧客はSNSでその共感を写真やテキストで訴えているのだ。

青木茂樹(2011)「クロス・バリューによる地域ブランドの創造-山梨県における甲州ワインの取組み-」駒澤大学『経営学部研究紀要第40号』


こうしたグッド・ライフの視覚化は、私がこれまで言ってきた言葉、LifeScape(ライフスケープ:生活情景)に他ならない。単にモノがあるのではなく、どういう生活情景を人々はこれから求めていき、そこにどんな製品やサービスを求めていくのか。ここからマーケティングは始めなければならないという、グランドデザインの大きな転換期に来ているのだ。

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青木 茂樹
青木 茂樹 (あおき・しげき)

サステナブル・ブランド国際会議 アカデミック・プロデューサー
駒澤大学経営学部 市場戦略学科 教授

1997年 慶應義塾大学大学院博士課程単位取得。山梨学院大学商学部教授、
University of Southern California Marshall School 客員研究員を歴任。
多くの企業の新規事業の立ち上げやブランド構築に携わる。地方創生にも関わり、山梨県産業振興ビジョン策定委員、NPOやまなしサイクルプロジェクト理事長。人財育成として、私立大学情報教育協会FD/ICT活用研究会委員、経産省第1回社会人基礎力大賞を指導。やまなし大使。
2022年4月より、デンマークに渡り現在 Aalborg University Business School 客員研究員を務める。

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