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サステナブル・オフィサーズ 第37回

技術で社会課題解決、「なくてはならない会社」へ――川名政幸・セイコーエプソン取締役執行役員

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Interviewee
川名 政幸・セイコーエプソン取締役執行役員
Interviewer
川村 雅彦 オルタナ総研 所長・首席研究員
セイコーエプソンの川名政幸執行役員 (撮影:高橋慎一)

インクジェットプリンターの先進技術を牽引するセイコーエプソンは、イノベーションを通じた社会課題の解決を通じ、「なくてはならない会社」を目指す。グローバルな展開を含め、環境面でも効率的なインクジェットの技術をBtoCだけでなくBtoBビジネスにも広げていくという。持続可能な社会に向けた技術開発を続ける同社のCSRやESGへの取り組みについて、川名政幸執行役員に聞いた。

技術そのものに価値があるわけではない

川村:早速ですが、セイコーエプソンは、技術力を成長の中心に据えた会社と考えてよろしいでしょうか。

川名:もちろんです。ただし、技術そのものに価値があるわけではない、という考え方が私たちの根底にあります。技術を使って製品を作り、それを使ったお客様の困りごとを解決し喜びを生み出すことにつながって初めて、価値が生まれる。その価値提供を通じてより良い社会の実現に貢献することで、経営理念にも掲げる「なくてはならない会社」になることができるという考え方です。

技術そのものに価値があるわけではなく、顧客の困りごとを解決し喜んでもらうことで価値が生まれると話す川名執行役員

川村:技術はあくまで手段ということですね。

川名:はい。会社の存在意義はお客様に価値を提供することであり、その対価として利益を頂く。さらにそれを技術開発や成長投資の原資とするとともに、従業員や株主の皆様に給料や配当を払う。それが循環していくわけです。ですから、お客様に喜んでもらうことを起点に考えないと、全てのことが回っていきません。

川村:企業価値とは経済価値だけでなく、社会価値も含めたトータルなものであるという考え方に通じます。

川名:中長期的に企業価値を高めるために、そうした視点を国内だけでなくグローバルに伝えていく活動に力を入れています。海外の主要現地法人の管理職クラスを日本に呼び、社長自ら経営理念をしっかり伝えています。

マテリアリティでは製品を通じた社会課題解決を重視

川村:そのような経営理念を具体的にしたものがマテリアリティということですか。

川名:経営理念に基づく企業行動原則を実際に社会課題の解決に結びつけ、社会課題と自社の強みを俯瞰しながら作ったのが、このマテリアリティです。外部のコンサルタントや社外取締役との議論を通じて、社会から見た重要性と自社から見た重要性でマトリックスをつくりました。

川村:マテリアリティのなかで一番右上にあるのが、「先端技術に基づく新たな製品・サービスの創造」ですが、川名さんご自身の感覚では、自社にとって大事なもの、あるいは判断基準としてプライオリティが高いものは何でしょうか。

川名:プリントした紙を再生するということは、絶対やっていかなければいけないと思っています。オフィスで使用した紙を原料にして、その場で新たな紙に再生する「PaperLab」を開発しました。プリンターが売り上げの7割を占める会社として、印刷した後の紙にも責任を持ち、それを再生する技術が必要だという志のもとに進めています。

川村:「PaperLab」として製品化したのは、世界初ですか。

川名:この形式のものはエプソンが世界で唯一です。水をほとんど使わない「乾式」という方法で紙を再生しており、木材パルプだけでなく水の使用という点でも、環境問題に対峙していく製品です。

イノベーションで「なくてはならない会社」目指すEpson 25

川村:さて、長期ビジョン「Epson 25」を公表されていますが、その狙いはどのようなものですか。

川名:エプソンは2016年に長期ビジョン「Epson 25」を定めました。イノベーションを通じて世の中を変えていくことを基本戦略としています。

セイコーエプソンは2016年に長期ビジョン「Epson 25」を定めた

川名:自社の強みを生かして社会課題を解決していくためには、独自の技術をしっかりコアデバイスとして持ち、他社に真似できない製品やイノベーションを生み出す必要があります。それをお客様にお届けして喜んでいただくことで、結果として「なくてはならない会社」につながり、それがサステナブルな世界をつくっていく。そうしたシナリオです。

川村:自社の強みとは、具体的にどういう点でしょうか。

川名:企画から設計、製造、営業へ、つまり、バリューチェーンの川上から川下までを統合して行う垂直統合型のビジネスモデルを進めてきました。コアデバイスの強みを生かした製品を実現する上で、自社で「製造」機能を持っているということは、エプソンにとって大きな強みです。

エプソンのDNAである「省・小・精の価値」は、まさにものづくりの力です。あらゆる製品で「省」エネルギーを追求し、同じ性能のものをより「小」さく作り、一層の高「精」度を実現してきた歴史があります。これはエプソンの技術力の源泉と呼ぶべきものです。

高い技術力を有するコアとなるキーデバイスを非常に効率よく作り、完成品にまで仕立て上げることで高い価値をお客様にお届けする。一連のバリューチェーンにおける改善や創意工夫を自社で行うことができるというところが我々の強みの源泉です。

今後はBtoBビジネスにも注力

川名:一方でペーパーレスの流れが進み、それがエプソンにとって一番の事業リスクではないかと言われることもあります。電子メールやSNSなどの登場で年賀状が減り、BtoCの領域では紙への印刷が減っている部分もありますが、実はBtoBのビジネスでは紙の使用量は大きく減ってはいないのです。

川村:BtoCだけでなく、今後はBtoBビジネスにも力を入れていくということですか。

川名:はい。なかでもオフィスで多く使われている熱定着式のレーザープリンターや複合機について、インクジェットに変えていきたいと考えています。

インクジェットは環境負荷の低い技術です。2017年に発売した高速ラインインクジェット複合機では、消費電力量を一般的なレーザープリンターに比べて約8分の1に抑えることを実現しています。社会インフラそのものを変えるポテンシャルがあると信じています。

まだこれから伸ばしていかなければならない領域ではありますが、自社の強みである新しい技術を通じて社会課題と会社の課題がリンクし、利益につながっていくのではないかと考えています。

川村:オフィスユースでは利用側の「思い込み」を払拭していくことも必要ですね。

投資家の関心が高いのはESGの「G」

ESG投資家との対話について質問する川村雅彦所長

​川村:話は変わりますが、国内や海外のESG投資家から、何かアプローチはありますか。

川名:投資家の関心としては、ガバナンスに対する関心が最も高いと実感しています。

川村:E(環境)やS(社会)の取り組みの根幹にあるのは、G(ガバナンス)です。

川名:おっしゃる通りです。企業価値を創りだすためにも、重要なガバナンスを中心に色々な取り組みを進めています。

この2月には、社外取締役全員と投資家の懇談会を行いました。コーポレートガバナンス・コードの改定への対応は常に行っています。現在、取締役会の実効性を継続的に高めていくという課題にどう手を打っていくか、議論を進めています。

また、これからの社会の変化に対応していくためにも、女性管理職比率の向上など女性活躍をはじめダイバーシティの推進が重要です。柔軟な思考を持った若手社員の育成などにも力を入れています。

ガバナンスに関しては強く意識して、特に国内だけでなく海外の投資家向けにもしっかり発信できるように進めています。

川村:海外の投資家とも積極的に対話をするスタンスにあるということですね。

川名:もちろんです。ただ対等な関係の対話ですので、言いなりになるのではなく、議論を通じて本当に企業価値を高めていくためにどうするのかということを重視しています。また株主やステークホルダーに対しては、約束した利益をきちんと出すことも大事ですので、その点も合わせて進めていきたいと考えています。

サプライヤーへのチェック体制

川村:海外のCSR推進体制はどのようなものですか。また、その意思決定はどういう仕組みですか。

川名:CSR推進室からグローバルに情報を発信し、海外の拠点にはCSRに関わる機能の本社組織が方針に基づいて進め、結果をフィードバックする形です。マテリアリティの内容などはすべてそのように進めています。環境面で進んでいるのが欧州です。

川村:欧州では、環境を含めてCSR全体の土壌が高いですね。

川名執行役員は毎年欧州などに足を運び、現地で得た最新の情報や要望などを事業戦略に落とし込むようにしているという

川名:私も毎年一回は足を運んで方針を示しつつ、現地の法規制や情報を得ています。廃棄プラスチックの話などは欧州に比べて日本は遅れているので、向こうから「早くやってほしい」との要望があり、事業戦略に落とし込むようにしています。

川村:サプライチェーンでの調達については、いかがでしょうか。人権や労働の問題が重要です。人材や労働のデータでは、アジアの拠点が比較的多いと思いますが、どのように対応されていますか。

川名:生産企画本部で、RBA(責任ある企業同盟)行動規範にも準拠した「エプソングループ調達ガイドライン/サプライヤー行動規範」の遵守をお願いするとともに、遵守状況について毎年アンケートを行い、重要なサプライヤーやリスクがあると判断したサプライヤーに対しては現場監査や第三者監査を実施しています。

川村:現地に行くこともあるんですか。

川名:はい。第2次のサプライヤーまで状況の把握をしています。マテリアリティの中でも、人権の尊重や労働条件・労働環境の整備などを重視しています。

CO2排出抑制では国際的な連携も

川村:環境への長期の取り組みについては「環境ビジョン2050」を策定されていますね。

川名:「環境ビジョン2050」を2008年に策定しましたが、国連の持続可能な開発目標(SDGs)やパリ協定などの国際的な動きも踏まえ、昨年改訂しました。また11月には、温室効果ガスの削減目標が、国際的なイニシアチブである「SBT(Science Based Targets)イニシアチブ」(企業版2℃目標)に承認されています。

川村:SBTについては、自社からの直接・間接の排出であるスコープ1、2だけでなく、バリューチェーン全体からの排出であるスコープ3の削減についても努力されていますか?

川名:スコープ1と2を合わせ、2017年を基準として2025年度までに19%削減、スコープ3を2025年度までに44%削減する目標を立てています。また2050年に向けた定量的な目標についても、現在検討を進めています。

生き生きと働ける会社へ

川村:最後に、将来に向けたビジョンをお聞かせいただけますか。

川名:経営理念にある「なくてはならない会社」という言葉には、SDGsで目指される持続可能な社会を作っていくために「なくてはならない会社」になっていくという志が込められています。

川村:それを基本理念に置いているということですね。

川名:はい。そしてその理念を世界に7万人いる社員がグローバルに共有して、「この会社はそういう高い志を持っている」と認識しながら、生き生きと働いてくれることを目指しています。

川村:エプソンのめざす方向がよく分かりました。本日は、ありがとうございました。

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川名 政幸(かわな・まさゆき)
川名 政幸(かわな・まさゆき)

セイコーエプソン取締役執行役員、人事本部長、CSR推進室長
エプソン販売取締役会長
1988年4月、セイコーエプソン生活協同組合入社。1999年3月、セイコーエプソン入社。2008年10月に人事部長に就任し、2014年6月から取締役、人事本部長。その後オリエント時計代表取締役社長などを歴任し、2018年6月より現職。

川村雅彦
インタビュアー川村 雅彦 (かわむら・まさひこ)

前オルタナ総研 所長・首席研究員。前CSR部員塾・塾長。九州大学大学院工学研究科修士課程修了(土木)。三井海洋開発㈱を経て㈱ニッセイ基礎研究所入社、ESG研究室長を務め、現在は客員研究員。環境経営、環境ビジネス、CSR経営、統合思考・報告、気候変動適応を中心に調査研究・コンサルティングに従事。(認定NPO法人)環境経営学会の副会長、(一社)サステナビリティ人材開発機構の代表理事。論文、講演、第三者意見多数。主要著書は『環境経営入門』『カーボン・ディスクロージャー』『統合報告の新潮流』『CSR経営 パーフェクトガイド』『統合思考とESG投資』など。