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サステナブル・オフィサーズ 第8回

お客様・従業員・株主・社会の「4S」への責任を果たす ――永田亮子・日本たばこ産業執行役員CSR担当

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Interviewee
永田亮子・日本たばこ産業執行役員CSR担当
Interviewer
森 摂・オルタナ編集長

JTグループはこの3年間で、サステナビリティ戦略を着実に進めてきた。サステナビリティレポートの改革に始まり、マテリアリティの特定、国内外でのステークホルダーダイアログの開始、人権方針の策定――。2013年に同社で初めてCSR専任の執行役員に着任し、サステナビリティ戦略を統括する永田亮子・執行役員CSR担当に話を聞いた。

サステナビリティ戦略は事業そのもの

――CSRの担当に就任してどのぐらいですか。

永田: 3年と6カ月です。それまではほとんど事業部門でした。たばこや医薬、人事、食品事業、飲料事業を経て、CSR担当の執行役員を務めています。

――事業を長くやってこられた方がCSRを率いるというのはとても良いことです。

永田:そうですね。事業部門にいたときは、CSRに対して、事業をやるだけでも必死なのに、さらにさまざまな課題への対応を要求してくる部門だと感じることもありました。

しかし今の立場になり、長期視点で事業を見るようになりました。CSRは事業そのものだと思います。社会の持続可能性に資さないものは、事業としては成り立ちません。

JTは売り上げや利益の半分以上をたばこ事業が占めています。たばこ事業はグローバル展開しています。事業のサステナビリティを考えるとグローバル展開が必要で、グローバル企業であるためにはサステナブルでなければなりません。

――CSR担当役員に着任し、最初にされたことは何でしょうか。

永田:CSRレポートの改革です。現在は「サステナビリティレポート」と呼んでいます。

2012年度までのCSRレポートは、主要なコンテンツは押さえながらも、地球環境と社会貢献が中心で、こんなに良いことをしていますとアピールする内容でした。それにJTグループは今どこにいて、今後はどこに向かうのかという道筋もクリアに示していませんでした。世の中から求められているものとは違うと感じました。

情報開示のスタンスを変え、透明性を高めることに着手しました。社会の期待や要請は何であるかを真摯に聞かずしてCSRは始まりません。まずは外部の方々にレポートを見ていただき、意見を伺いました。厳しいご指摘もありました。

それから、ネガティブ情報の開示です。できていないこともオープンにし、どう改善するかをしっかり示していくようにしました。

――例えばどういう情報でしょうか。

永田:労働災害の件数ですね。以前は公開していませんでした。社内で労働安全衛生データを開示することに躊躇の声があったのも事実です。

――社内への浸透はどう進めていますか。

永田:「どうやって社内を説得するのか」と聞かれることもあります。事業サイドの気持ちはよく理解できます。

今までのカルチャーや、やってきたことを変えていく時に、多少の抵抗はあるものです。しかしそれがグローバル社会では必要であり、JTグループの将来やサステナビリティにとって大切だということが腹落ちすれば、社内の理解は進みます。

コミュニケーションを十分にとり、「事実と対応策をきちんと開示することが大事なのだ」と説得していくことが大切だと思います。そうすれば浸透も早くなり、理解も進むと思います。

経営理念「4Sモデル」の追求こそがCSRの追求

  JTグループの経営理念「4Sモデル」

――JTグループのCSR にはどういう特徴がありますか。

永田:経営理念である4S モデルの追求そのものが、JTグループのCSR 推進です。4Sモデルは1996年から掲げています。Sはステークホルダーを意味します。お客様を中心にして、従業員、株主、社会というステークホルダーに対する責任を高い次元でバランス良く果たし、4者の満足度を高めていくことが我々の経営理念です。

以前から、トップを含めて4Sモデルの追求がサステナビリティにとって重要だという理解はありました。ただ、それを強化していくことになったのは2013年からです。その際に、CSR専任の執行役員になったのが私です。

――4Sモデルの実践がCSRということですね。


永田:はい。全社全員で取り組んで行くのがJTグループのCSR推進です。「事業のサステナビリティは、社会のサステナビリティがあってこそ」という認識で取り組んでいます。

――「サステナブル」という言葉は社内で普通に使われていますか。

永田:使われています。一番出てくるのは、事業計画です。それ以外には、それぞれの部門が施策を実施する際にも使われます。例えば、調達部門でサプライヤーとの話をする時は近視眼的な話ではなく、中長期的にどうするかという視点で話し合います。

それに、経営層からサステナビリティという言葉が発信されるようになり、社員の意識も付いて来るようになりました。やはりトップの発信で社員の気付きが加速し、会社が変わる原動力になると思います。

――CSVという言葉が日本では特に流行していますが、どうでしょうか。

永田:CSRもCSVも区別することはないし、ことさら社内でCSVと言うこともないです。

ただ、たばこ事業は規制の多い産業です。国内では需要が下がってきています。そういう意味で考えると、「吸う人も吸わない人も共存できる社会づくり」こそがCSVだと思います。

JTのCSRにおける3つのベストプラクティスとは

――最近のJTグループにおけるCSRのベストプラクティスを3つ教えてください。

永田:まずは、人権方針の策定です。今年9月1日にJTグループ全体の人権方針として発行したばかりです。2年がかりで完成させ、とてもエポックメイキングな出来事だと思っています。

人権尊重の取組みは行動規範のなかには入っていましたが、正式な人権方針として独立したものはありませんでした。人権への関心が高まるなか、人権方針の策定は、ビジネスをグローバル展開する以上は必須です。

日本から世界を見るのではなく、海外たばこ事業を展開する子会社であるJTインターナショナルと一緒に議論しながら作ったことが特徴です。

素案ができた段階で、国内外の外部有識者に集まっていただき、人権ステークホルダーダイアログを行いました。

人権の取り組みで良いプラクティスをしている会社や人権関係の専門家、国際NGOにもご参加いただきました。JTグループからは、経営層をはじめJTインターナショナルの役員も参加しました。オープンにディスカッションができ、とても有意義なダイアログでした。今後も英語でのダイアログが標準的になるかもしれません。

――デューディリジェンスはどうでしょうか。

永田:準備をしていて、2017年からパイロット・プログラムを始めます。今は調査段階です。パイロットとして今回は対象を絞り、まずは基本情報を整理し、潜在的人権リスクを洗い出し、それらの結果を分析し、翌年度の計画を立てていきますので、本格実施できるのは18年度以降の予定です。これもJTインターナショナルと協働して進めていきます。

――葉たばこの児童労働についてはどうでしょうか。

永田:国際NGOからご指摘を受けることもありますが、真摯に対応するようにしています。

実際には、我々が直接契約している葉たばこ農家に関しては、現地の従業員による日常的なモニタリングを行っています。また、学校をつくるなどの教育支援や職業訓練も行っています。加えて、耕作指導によって収量や品質が上がり、農家の所得も上がってきています。これらの取り組みを通じ、児童労働の防止を図っています。

しかし葉たばこディーラーを通じて購入する場合は、農家の方々の顔が直接見えません。現状では、葉たばこディーラーを含めて、地域の行政や現地の葉たばこ耕作コミュニティと協働しながら取り組みを行っています。

教育支援については、ARISEというプログラムを実施しています。Achieving Reduction of Child Labor in Supporting Education(教育支援で児童労働を解決する)の略です。米NGOのウィンロック・インターナショナルと国際労働機関(ILO)と協力し、立ち上げました。

――2番目はいかがでしょうか。

永田:マテリアリティの特定です。これまでは、4Sモデルをもとに我々の視点で事業上の重要課題をとらえていました。しかしこれにさまざまな外部ステークホルダーの目線を入れ、マトリックスにしました。外から見て重要な課題は何で、内から見て重要な課題は何かが特定され、それを優先順位として取り組んで行く仕組みがようやく始まったところです。

――1番上にあるのが法規制なのはどうしてでしょうか。

永田:同じマトリックスの中の順番には意味はありません。法規制については、各国対応があるなかで、どうやって自分たちの事業をサステナブルなものにしていくかというところです。JTグループは世界70以上の国と地域で事業所を構え、120以上の国と地域で商品を販売しているグローバルたばこメーカーです。そのため各国の法令等を順守し、各国で対応していかないといけません。

――3番目はいかがでしょうか。

永田:「JT国内大学奨学金」という給付型の大学奨学金です。大学院への進学時も含め、最長で6年間、最高1,350万円まで給付します。

制度を立ち上げたのは2013年ですが、当時から子どもの貧困問題がクローズアップされていました。将来、多様な分野で活躍する次世代の人財を数多く輩出したいという考えのもと、教育機会の均等確保に向けて、わずかなりとも一助となり、さらに支援の輪が社会全体に広がることを期待して「JT国内大学奨学金」を創設しました。

高校推薦は予約型の奨学金です。指定高校が推薦した応募者から最大40名の奨学生内定者を選考し、受験費用を給付します。内定者は指定大学に進学することで正式に奨学生として採用されます。ただし、内定者としての資格は一浪までとなります。大学推薦は指定大学の新入生から最大10名の奨学生を採用します。

たばこと健康について

――たばこと健康の話についてはどうお考えでしょうか。

永田:たばこは法で定められた商品です。一定のリスクがあるという認識は我々もしています。ですので、お客様がきちんと選択できるようにリスクなど必要な情報は適切に開示しています。それ以上のものに対しては、コミュニケーションのなかで対応していきます。

日本では今、蒸気たばこ「プルーム・テック」に力を入れています。火を使わず直接葉たばこを燃やさないため、燃焼に伴うタールは発生しません。また、WHOや米国の食品医薬局が有害性の観点から着目している44成分を測定したところ、同製品からはそういった成分がほとんど検出されていません。今後もしかしたら有害物質として指定される数も増えていくかもしれません。継続的な検査が必要ですが、リスクを低減させる可能性がある製品であると期待しています。

サステナビリティ戦略を着実に実行していく

――これから力を入れたい取り組みは何でしょうか。

永田:まず、人権デューディリジェンスを確実に進めていくことです。方針だけ立てて、魂入らずではいけません。しっかり落とし込んで、浸透させることが最優先です。

そして、マテリアリティの最優先課題と事業をきちんとリンクさせていくことです。まだ事業とマテリアリティにどういう関係性があるかの理解が進んでいませんが、そもそも事業課題そのものがマテリアリティになっているはずです。事業課題の対応にPDCAサイクルをきっちりと回していけば、マテリアリティという言い方をしなくても、理解や浸透が進むはずだと信じています。

――いずれにしても、事業とCSRの統合がポイントですね。

永田:それを測るために、CSRの部門でもPDCAサイクルを回しましょうと社内で言っています。2014年から始めました。ダウ・ジョーンズ・サステナビリティ・インデックス(DJSI)やESGに対応した指標を参考に、活用しています。それがすべてではないと思いますが、少なくともグローバルで横並びに自分たちのレベルがどうなのか比較できます。

最近では、アナリストの方々からESGに関する質問が出てくるようになりました。もちろん、売上収益や利益等の実績への関心がやはり高いです。しかし最近は、児童労働や環境に関する質問も増えてくるようになりました。財務的な質問ではなくて、ESGに関して声をかけて下さる。これからずいぶん変わってくるのかと思います。

それに、この種類の情報に一番関心を持ち始めているのは、学生の方々ですね。就活中の学生さんたちがサステナビリティレポートも読んでいると聞いています。情報開示は、優良な人材確保にも重要です。

CSRの醍醐味は、企業の責任と世の中へのインパクト

――サプライヤーとの関係についてはいかがでしょうか。

永田:我々は、サプライヤーをパートナーと呼んでいます。ちょうど先月、2万数千社の材料品供給パートナーの中から6社に来ていただきました。香料や包装紙、包装フィルム会社など国内外からです。パートナー企業の人材育成やサステナビリティへの取り組みを聞き、Win-Winで行こうという話になりました。

――CSRの取り組みにより熱心なサプライヤーと取引をするということでしょうか。やらない会社とは取引をしなくなるかもしれないこともありますか。

永田:これからの取引のために、こういうことをやっていただきたい、協力していただきたいという話をして回ることがあると思います。現状はまだどういう取り組みが必要かを把握する段階ですね。

――JTグループがそうすることで、地方の中小企業の意識も変わってくるでしょうね。CSRは一部の大企業のものだという意識がまだ強いです。

永田:そうですね。ビジネスの現場では、数量がどうだ、コストがどうだという話になりがちです。しかしJTとしては、中長期的な視点を持っていますよということをお示しします。パートナーのみなさまがどういう考え方でいるのかお互いに理解し合うことで、Win-Winの関係がより強固になり、信頼が増していくと思います。

例えば、包材会社や香料会社など違う分野の人が集まり、ベストプラクティスを共有することでそれぞれのすそ野が広がるかなと考えています。JTが核になり、つながりが広がり、じわじわとすそ野が広がればいいですね。

――それが大企業の責任でもあり、世の中に良いインパクトを与えることになりますよね。

永田:それがCSR担当になってから一番の醍醐味だと思っています。

――さすが分かっていらっしゃいますね。

永田:いえ、やり甲斐があるとようやく思えたところです。事業部門にいる時は、いかに売り上げをあげて、いかに儲けて、いかにブランドを育ててということを喜びにしていました。CSRの立場では、こういう風なところに醍醐味があるのだなと思えるようになりました。

――永田さんのように良い意味で気づかれたCSRの方が増えることで、日本は変わっていくのかなと思います。本日はありがとうございました。

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永田亮子 (ながた・りょうこ)
永田亮子 (ながた・りょうこ)

1987年3月早稲田大学第一文学部卒業後、日本たばこ産業入社。2001年、食品事業本部商品統括部長に就任。2008年から執行役員飲料事業部長などを経て、2013年6月執行役員CSR担当に就任。

森 摂
インタビュアー森 摂 (もり・せつ)

株式会社オルタナ代表取締役社長・編集長。東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。訳書に、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの経営論「社員をサーフィンに行かせよう」(東洋経済新報社、2007年)がある。一般社団法人グリーン経営者フォーラム代表理事。特定非営利活動法人在外ジャーナリスト協会理事長。