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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)
サステナブル・オフィサーズ 第6回

世界は「低炭素」ではなく「脱炭素」で動く―加藤 茂夫・リコー執行役員サステナビリティ推進本部長

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Interviewee
加藤 茂夫・リコー執行役員サステナビリティ推進本部長
Interviewer
森 摂・オルタナ編集長

1990年代から日本の環境経営をリードしてきたリコー。加藤茂夫氏は2015年春から、同社のサステナビリティ戦略で陣頭指揮を執る。2015年12月のCOP21(パリ会議)の会場では、世界がこれから「低炭素ではなく脱炭素」で動くことを確信した。その「持続可能性と成長の二兎を追う」戦略とは―。

――今年6月に米国サンディエゴで開催された「サステナブル・ブランド国際会議2016」に参加して、グローバル企業も市場もサステナブルな方向へ向かっていると実感しました。日本にも同じような波が来ると思っています。

加藤: リコーはCOP21の会場で環境配慮型機器による統合文書ソリューション・印刷環境を提供しました。そこに集まっている多くのグローバル企業のトップが低炭素でなく「ゼロエミッション」を掲げていました。

また、彼らは「脱炭素社会」を目指すことは企業として社会貢献ではなく、企業が生き抜くための「ビジネスチャンス」だと異口同音に語り、これにも衝撃を受けました。当社は90年代から環境保全と利益創出の同時実現を掲げ、環境経営を進めてきましたが、世界の企業がそこまで真剣に考えていることに驚きました。

さらには「取り組みは一社では実現できないから、様々なステークホルダーのコラボレーションが必要だ」と経営者たちが話しているのを目の当たりにして、「このままでは日本企業が大きく後退するのではないか」と危機感を持ちました。

やらなければならないことは山積しています。2015年9月には国連でSDGs(持続的な開発目標)が採択され、行政や地域などさまざまなステークホルダーが、企業にサステナブルな取り組みを期待している。それに対して、リコーは将来何ができるか見極めているところです。

――「ユーザーや社会が企業にサステナブルな経営を求めている」という認識は社内で共有されていますか。

加藤:リコーの「三愛精神」という経営理念がそのままサステナビリティ経営を体現していると思います。サステナビリティ経営やCSVという言葉は使っていませんが、持続可能な社会を目指している経営方針です。世の中にCSVという言葉が出てくる以前に「三愛精神」というリコーのDNAがありました。三浦善司社長をはじめとした経営陣も意識を持っています。

リコーは複写機、プリンターなどのオフィス向け画像機器を中心として、ITサービスなどの幅広いサービスやソリューションを提供していますが、省エネ、省資源、汚染予防など、あらゆる視点で環境負荷削減に取り組んできました。環境という観点からもバリューチェーンに深く根付いています。

SDGsには、飢餓、水リスクなどさまざまなゴールと課題があります。リコーにも課題解決に貢献できるものがあるはずです。今、リコーのリソースと17の課題をマッチングしているところです。経営会議でも提案し、CSVとサステナビリティ経営の重要性を具体的に説明し、何をやるべきかなどのワークショップを開いています。

――日本企業の多くでは、「CSRやサステナビリティが業績につながるのであればやりたいが、本当にそうなのか」という議論が多いです。リコーではそのような議論はありますか。

加藤:収益を把握するためにデータは示しますが、要は「やる気」だと言っています。社会課題は需要であり、世界規模のオポチュニティであるわけです。17の目標で経済価値を訴求できるかどうかをデータで示すのは簡単ではないですが、逆に言えば解釈は自由です。実証することが大事で、小さく回しながらチャレンジして、あるセグメントで成功したらそれを水平展開して事業成長を目指そうと呼び掛けています。

今年4月、リコーは環境を基軸にした新規事業の創出・拡大を目指し、御殿場にリコー環境事業開発センターを開所しました。環境をテーマにリコーの技術者だけで研究していたものをオープンにして、産官学の協働を始めました。ここで実証できた成果を世の中へ発信し、温暖化防止になどに貢献する事業につなげたいと考えています。

新興国の貧困層や地方などの教育課題にもリコーの技術やネットワークを活用してコンテンツを提供しています。リコーインドが国際協力機構(JICA)などの協力を得てプロジェクターを活用した授業の実証実験を30校で行い、成果を挙げています。重要経営指標(KPI)を測り、事業として成り立つか、「サステナビリティと収益の二兎」を追おうとしています。

――こうした海外の事例を将来的にビジネスとして軌道に乗せていきたいということですね。

加藤:社会貢献できて事業になるなら、インドだけでなく、中南米、アフリカなどの国に水平展開したい。インド政府は国民全員に銀行口座を作らせるという政策を進めていますが、説明書を見ても読めない人がいます。だから映像を見て理解してもらうのです。コンピューターアクセスのない場所でどうユーザーに訴求できるか。インドの事例が参考になるのです。

――単にコピー機やプロジェクターを売るのではなく、その活用法をユーザーと一緒に考える、ということですね。

加藤:情報伝達は最初、紙でした。それがネットワークにのせてデジタルの世界に広がりました。それに伴いネットワーク管理も事業となったわけです。当社のインタラクティブ・ホワイト・ボードは、書き込んだ内容を遠隔地とリアルタイムに共有することが可能です。さらにIBMの人口知能ワトソンと連携して、会議内容のリアルタイム翻訳や、議事録の自動作成などを行う技術開発にも着手しています。

  • サステナビリティ推進本部はプロデューサー集団

――リコーは2003年1月、日本で初めてのCSR部署を立ち上げましたね。

加藤:その通りです。社長直轄の組織としてスタートしています。その後、1970年代に設立されている環境対応の部署と統合し、現在は「サステナビリティ推進本部」として機能しています。「リコーウェイ」を実現するために、他部門をファシリテートする機能組織です。現在50人弱が所属しています。会社の方向性を決める部署ですから、専門的なバックグラウンドをもった社員で構成しています。

――専門家集団であり、社内プロデューサーでもあるわけですね。

加藤:技術と課題に対して、ビジネスモデルをプロデュースし、それぞれの部門で構築するという流れです。調達や人権問題については、グローバル購買本部とともにサプライヤーのレベルアップを図ること目指しています。

――部署として人数は足りているのですか。

加藤:足りていませんが、人が多ければいいというものでもないと思っています。いかに人を動かすか、協力を得られるかが重要になってくる。方向性を打ち出したら、それに向かってすべてのステークホルダーに動いてもらうことが重要です。

リコーのDNA「三愛精神」

――企業が「サステナビリティ経営」を導入しようとすると、社内に抵抗勢力ができたという話もよく聞きます。

加藤:個々にはいるかもしれません。ですが、リコーのDNAである「三愛精神」は誰も否定しません。推進する方法、やり方に対して議論はありますが、方向性として反対はありません。手前味噌ですが、「三愛精神」の素晴らしい理念だと思っています。

――「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」という「三愛精神」が今日のお話でたびたび出てきましたが、創業者・市村清が作られた言葉ですね。

加藤:戦後の荒廃した日本を豊かにしたいという思いで三つのキーワードが出てきたのだと思います。本人は、母国のために精一杯頑張るという意味で掲げたのかもしれません。

これだけグローバル化すると、企業にとっての「国」は、いまや日本だけではありません。さまざまな国であり、地球全体を意味します。環境経営の中では「国」は地球へつながっていきました。もちろん、自分たちが所属するコミュニティも大事になってきます。日本では今、「地方創生」がキーワードでもあります。

「人」はすべてのステークホルダーを指し、リスペクトすることが大事です。「勤め」は地球、ステークホルダーのために素晴らしいソリューションを生み出すこと。それが私たちの使命です。個人的には「勤め」にコラボレーション、チャレンジ、ビジネスという言葉を当てはめています。

  • 中計とサステナブル経営の兼ね合い

――中期計画は3か年で来年新計画が始まるかと思いますが、サステナブル経営ではもう少し長いスパンで見ることが必要です。このギャップはどのように埋めていますか。

加藤:リコーは、先進国は2050年に環境負荷を現在の8分の1にする必要があるという「2050年長期ビジョン」を2006年に公表し、さらに2009年に「中長期環境負荷削減目標」を設定しました。「CO2 排出総量を2000年度比で2050年までに87.5%削減、2020年までに30%削減」もその1つです。長期的な視点で環境経営に取り組み、これを達成するために、その通過点となる時期の目標設定は、バックキャスティングの考え方を採用しています。

環境経営は事業計画と連動していなくてはいけません。長期の目標達成のために3カ年の中期計画で何をすべきか。タイミングを合わせた行動計画を作っています。さらにそこからバックキャスティングして今年度、来年度と毎年ローリングしていくわけです。

――来年からの「2017~2019年」の中計はとても重要ではないでしょうか。

加藤:その意味は大きいと思います。世の中もサステナブルな方向性にスピーディーに動き始めています。その動きを見定めてこの3年間をいかに動いていくか、考える必要があります。

一方、ご承知のとおり、電子・電機業界は大変厳しい状況にあります。厳しい競争の中で、新たなソリューション、新たな事業の柱を考えた時、新しい社会課題と結びつけた新しい事業が必要となります。今はさまざまな機会にチャレンジする重要な時期です。全社一丸となって、大きな方向性で第19次中期計画を作成しています。

――2020年目標はクリアできる方向性でしょうか。

加藤:前倒しをしている部分もあります。2~3カ月後に具体的にお話しできると思います。ぜひチャレンジャブルなものにしたい。

――リコーは90年代から桜井正光社長(当時)が強力に環境経営を推進されてきました。サステナブル経営においてもトップランナーになってほしいと思います。

加藤:他社の素晴らしい取り組みに学びつつ、それらの企業とコラボレーションもできないか探っていくつもりです。

――イノベーションは今までにないコラボから生まれます。ぜひ期待しています。

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加藤 茂夫(かとう・しげお)
加藤 茂夫(かとう・しげお)

1959年神奈川県出身、82年早稲田大学法学部卒、同年リコー入社。90年~2010年までイタリア、オランダ、イギリスなど欧州駐在、2010年グローバルマーケティング本部グローバルMDSセンター所長、2015年執行役員、サステナビリティ推進本部長に就任。

森 摂
インタビュアー森 摂 (もり・せつ)

株式会社オルタナ代表取締役社長・編集長。東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。訳書に、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの経営論「社員をサーフィンに行かせよう」(東洋経済新報社、2007年)がある。一般社団法人グリーン経営者フォーラム代表理事。特定非営利活動法人在外ジャーナリスト協会理事長。