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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)
サステナブル・オフィサーズ 第5回

持続可能なモビリティ社会を目指して-川口 均・日産自動車専務執行役員CSO

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Interviewee
川口 均・日産自動車専務執行役員CSO
Interviewer
川村 雅彦・オルタナ総研フェロー

CSOとはチーフ・サステナビリティ・オフィサーの略で、企業のサステナビリティ戦略の中核を担う非常に重要な役割を担うポジションだ。日産自動車の川口均専務執行役員は、カルロス・ゴーン社長から直々の要請で新設のCSOに就任した。日産こそがサステナブルなモビリティ社会を実現する企業である、と自負する川口専務執行役員に、日産のCSR/CSVの考え方や取り組みを聞いた。

CSOとしての使命

川村:グローバル企業でのCSOの役割や位置づけなど、ご自身ではどのようにお考えでしょうか。

川口:CSOという職務に就いて改めて気づきましたが、日本企業にはCSOがあまりいない、むしろ欧米の方が先行しているようです。日本では言葉自体をほとんど聞くことがありません。このCSOという役職の意義を広めていくことも私の役割のひとつと考えています。

川村:日産自動車はバリューチェーン全体でCSR/CSVを推進されていると理解しています。そこで、まず日産のCSR/CSVの基本的な考えをお聞かせください。

川口: 私は日本自動車工業会(自工会)の理事をしていますが、自工会の中でもサステナビリティという言葉が重要になってきました。特に自動車業界はガバナンス、コンプライアンスなどが致命的な問題になりやすく、CSRという守りをしつつ、あわせてCSVという考え方で企業価値を創造していかなくてはならないと考えています。

川村:クルマを通して社会的課題を解決する、ということでしょうか。

川口:おっしゃる通りです。社会課題を解決することはクルマ会社の使命であると同時に戦略でもあります。日産が目指しているのは、走行中のCO2排出をゼロにする「ゼロ・エミッション」と日産車がかかわる交通事故の死亡・重傷者を実質ゼロにする「ゼロ・フェイタリティ」です。企業として守りながら攻めるという姿勢です。

川村:その考え方は、いつ頃から打ち出されているのでしょうか。

川口:2015年より打ち出していますが、会社の内外により浸透・普及させてゆくこともCSOとしての私の役割です。

川村:社外だけでなく、社内での意味も大きいようですね。川口さんを含め経営陣の価値観の共有はいかがでしょうか。

川口:社内での価値観としての共有は、まだ十分とはいえないと感じています。企業としては市場シェアを上げ、利益を出していきたい。しかも競争がグローバルになっている。しかし、企業経営として先を急ぐと不祥事につながりかねない。

来年度から新しい中期経営計画に取り組み始めますが、その中でサステナビリティを再認識する機会を設ける予定です。経営陣はもちろん、従業員やサプライヤーなど含めて、意識改革をしていきたいと思っています。

自動車業界における協調と競争

川村:走行中のCO2排出量を削減することやAI、カーシェアリングなど社会のモビリティをけん引するのは自動車業界だと思います。その中でサステナビリティが生き残り戦略そのものになってきたようです。

川口:クルマは人々の生活の利便性を高めることに貢献してきた、と言えるでしょう。一方で地球環境に与えてきた影響も少なくありません。環境を保全することとクルマがもたらす生活をもっと楽しく快適にすることを両立させねばなりません。

日産は2050年までに新車のCO2排出量を2000年比で90%減らす必要があると試算しています。ガソリンエンジンやディーゼルエンジンの性能向上に加えて、ゼロ・エミッション車であるEV(電気自動車)を投入するなど、ビジネスモデルそのものを変え、次の100年を見据えて、次世代車の開発に向けた努力が必要です。

川村:そこでの競争ということですね。

川口:競争は始まったばかりです。当社であればEVの普及を中心に置いており、加えて燃料電池車の投入も見据えています。2015年12月にCOP21において採択されたパリ協定では、世界の平均気温上昇を2度未満に抑えることが目標として掲げられました。運輸部門は温室効果ガス排出量の14%を占めると言われています。目標達成のために未来に向けた動きが重要です。

川村:地球全体がサステナブルでなければ、ビジネスが成り立たないですからね。

自動運転技術が社会にもたらす価値

川口:「ゼロ・フェイタリティ」は、交通事故のない社会の実現を目指した戦略です。交通事故の9割は人為的ミスだと言われており、技術によるサポートが必要になると考えています。今年8月に発売した新型「セレナ」は高速道路上の単一レーンであれば自動運転技術を用いて走行できます。量販車にこのような最先端技術を搭載したことに意義があります。

2018年には高速道路の複数のレーンで、車線変更しながら走行できる自動運転技術を投入し、さらに2020年には一般道においてもクルマがドライバーの運転をサポートし走行できるようにする予定です。高速道路では上り坂でスピードが落ちることが自然渋滞につながるという論理がありますが、自動運転技術搭載車が普及すれば、渋滞解消につながることも期待できます。

また、日本の地方での移動は自家用車がほとんどですが、クルマが無く外出に不自由を感じる高齢者が増えていく状況に打開策を見出すことができます。自動運転技術は交通事故を減らすことに貢献するだけでなく都市では渋滞解消、地方では高齢者の活性化になる。つまり、社会的課題の解決や活性化につながると考えています。

2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは実証等の形で実現したいと政府が意向を示しています。オリンピック・パラリンピックは世界中から人が集まりますから、自動運転技術を活用したモビリティを体験してもらって、日本の技術の素晴らしさをアピールしたいと考えています。

グローバル・サプライチェーンへの対応

川村:サプライチェーンの階層は、自動車業界が最も多いと思います。クルマのコンセプトや社会経済状況が変化すれば、サプライチェーンも変わらざるを得ない。サステナビリティを考えた時、労働や人権などに配慮しなければなりませんが、サプライチェーンへの影響はどのように考えられていますか。

川口:ご指摘の通り、自動車業界は産業の裾野が広く、サステナビリティの観点では、サプライチェーン全体で取り組むことが期待されています。自動車メーカーの責任として、当社は2011年にサプライヤーに向けて実践的な「ルノー・日産サプライヤーCSRガイドライン」を策定し、サプライヤーにおけるCSRマネジメントの促進を図っています。

さらに2015年には、昨今の動向を踏まえて改訂版を策定しましたが、サプライヤー各社でも労働や人権などの配慮に向けた取り組みは始められており、確実に裾野が広がった取り組みになってきていることを実感しています。

日本の自動車メーカーの海外生産比率は7割です。日本で作っているのは3割、そのうちの半分が輸出、半分が国内市場向けです。今後、新興国での生産が伸びていけば、日本での生産はますます縮小します。2005年のパラダイムシフト以降、先進国より新興国の販売需要が大きくなりました。それは不可逆的で、もうそこから戻ることはないでしょう。

地産地消で海外生産、現地で部品を調達することになります。以前のサステナビリティの枠では自社グループで完結していましたが、今は日本やグループだけでなく、サプライチェーンを含めグローバルに多様化を進めていくほうが、よりサステナビリティに近づくと考えています。

日本のDNAを持ちつつ真のグローバルカンパニーを目指す

川村:自動車産業は社会や経済への影響が大きい。ビジネスにおいてQCD(品質・コスト・納期)は当然ですが、これからはそれだけでは十分とは言えず、加えてESG(環境・社会・ガバナンス)がなくてはならない。今は非常に大きな転換点にあると言えます。

川口:それはダイナミズムがあり面白いと言えます。ただ、雇用はじめ経済的な影響も大きいですから、各国とも官民挙げて取り組んでいます。かつ日本では民間同士の競争がある。それは力にもなりますが、今は競争だけでなく協調も必要だと思います。

川村:日産のCSRマテリアリティについて、ぜひお聞かせください。

川口:ESGのEでは「ゼロ・エミッション」を掲げていますが、Sでは「ゼロ・フェイタリティ」に加えて、ダイバーシティを推進しています。当社は1999年にルノーと提携しましたが、それ以前は典型的な日本企業でした。日本の雇用は毎年大勢採用して、年功序列で定年を迎えるまで一社に勤めるのが当たり前でした。現在、日本には約22,500人の従業員がいますが、そのうち約25%が中途採用に変わっています。これは、社員の多様化の流れのひとつです。

さらに、女性の活躍を推進するべく戦略的に取り組んでいます。女性の管理職比率は日本でも9%を超え、2017年には10%に達成する見込みです。海外の企業と比較するとまだ低い数字ですが、日本の業界の中では高い数字だと自負しています。数字目標を持つことに加えて、受け入れ側のスタンス・環境を整えることが重要となります。制度を作っても結婚、出産などで「女性は家庭に入るのが当たり前」という固定観念があれば、女性の進出や活躍は難しいでしょう。

川村:ダイバーシティは結局、価値観の多様性だと思います。

川口:国籍など、クロスカルチャーの視点も必要でしょう。日産はグローバル主要100ポストを定めていますが、かつてはほとんどを日本人が担っていました。今は約半数が外国人です。これだけビジネスがグローバル化してくると、外国人が多くなるのも自然な流れとも言えますが、日本企業の中ではまだ少数派かもしれません。

日本の価値観だけで考えていては対応できません。当社は「グローバルカンパニーでありつつジャパンDNAを維持する」をコンセプトにしています。日本初の真のグローバルカンパニーを目指したいと思っています。

川村:日本のDNAを大切にしつつ、ビジネスモデルはサステナブル、グローバルでいくというスタンスですね。日本企業は海外進出するとき、日本の価値観でビジネスを進めて失敗する事例が多くあります。

川口:当社は会社の置かれている状況から変わらざるを得なかった。気がつくと、日本企業のあるべき姿のひとつになっていました。

川村:それでは、日産のガバナンスについて教えてください。

川口:当社の特徴は外国人が多いことです。先にも述べましたが、モノカルチャーだけでは限界がありますので、経営のダイバーシティが進み、異なる視点を持つことが重要だと考えています。

川村:業務プロセスに異なる論理が入り、いかにそれらを統合して透明性のある意思決定を行い、いかに従業員に伝えるかが大事ということですね。

水リスクへの対応

川村:昨今の国際的な動向や業界の動きでは、水リスクへの対応も喫緊の課題となっていますが、日産の取り組みはいかがですか。

川口:水については、2011年から取り組んでいる6か年の中期環境行動計画「ニッサン・グリーンプログラム2016」の中で目標を設定して、グローバル全生産拠点で水使用量を管理し、削減活動を推進しています。今後も継続して取り組んでいく必要があると考えています。

サステナビリティを決めるのは「優しさ」

川口:「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格はない」。レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説に出てくる探偵フィリップ・マーロウのセリフです。

短期的な利益・シェアの成果を考えるだけでなく、この企業は社会的に本当に必要なのかと自ら問い直す必要があります。長期のサステナビリティを決めるのは真の意味での強さ、つまり「優しさ」なのではないかと、CSOになってから常に感じています。

川村:かつてのグリード・キャピタリスム(強欲資本主義)はサステナブルではないということですね。最後に良い言葉を聞くことができました。本日は、ありがとうございました。

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川口 均(かわぐち・ひとし)
川口 均(かわぐち・ひとし)

1953年8月23日生まれ(63歳)。1976年3月一橋大学経済学部卒業し、日産自動車株式会社に入社。商品企画室、欧州日産会社出向などを経て、1998年7月フランス日産自動車会社社長に就任。その後、2001年1月欧州日産会社 SVP(上級副社長)、2004年1月日産自動車株式会社 CEOオフィス主管、2004年4月株式会社日産フィナンシャルサービス取締役社長を歴任。2005年4月に日産自動車株式会社常務執行役員に就任し、人事、ダイバーシティディベロップメントオフィス、渉外、日本広報、知的資産管理に携わる。2014年4月同社専務執行役員に就任。更にグローバル渉外、コーポレートサービス統括部を担当。2016年4月に同社専務執行役員、CSO (チーフサステナビリティオフィサー)に就任、現在に至る。

川村雅彦
インタビュアー川村 雅彦 (かわむら・まさひこ)

前オルタナ総研 所長・首席研究員。前CSR部員塾・塾長。九州大学大学院工学研究科修士課程修了(土木)。三井海洋開発㈱を経て㈱ニッセイ基礎研究所入社、ESG研究室長を務め、現在は客員研究員。環境経営、環境ビジネス、CSR経営、統合思考・報告、気候変動適応を中心に調査研究・コンサルティングに従事。(認定NPO法人)環境経営学会の副会長、(一社)サステナビリティ人材開発機構の代表理事。論文、講演、第三者意見多数。主要著書は『環境経営入門』『カーボン・ディスクロージャー』『統合報告の新潮流』『CSR経営 パーフェクトガイド』『統合思考とESG投資』など。