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サステナブル・オフィサーズ 第1回

キリンCSVの成果は地域密着にあり――林田 昌也・キリン執行役員CSV本部CSV推進部長

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Interviewee
林田 昌也・キリン執行役員CSV本部CSV推進部長
Interviewer
川村 雅彦・オルタナ総研フェロー 司会・構成: 森 摂・オルタナ編集長

2013年にCSV本部を立ち上げ、日本で最も早くCSV経営を打ち出したキリン。だが、陣頭指揮を執る林田昌也執行役員CSV推進部長はCSRかCSVかという「神学論争」には興味がないと言い切る。社会的価値と経済的価値の二兎を追うキリンのCSVは、「地域密着」という形で結実しつつある。

東日本大震災の復興活動がCSVの改めての基点

川村:2013年1月、キリングループに日本国内の飲料事業を統括するキリンを設立し、その中にCSV本部ができて3年余りが経ちました。まず、一連の組織改革で何を目指しているのか、教えてください。

林田:キリンビール社長(当時、現キリンホールディングス社長)の磯崎功典が米国ハーバード・ビジネススクールのマイケル・ポーター教授を通じてCSVの概念に触れ、感銘を受けたことが背景にありました。キリングループでは、以前からCSRを「お客さまや社会に対して価値を創造するという、企業本来の目的を追求すること」と定義しており、すでにCSVに近い考え方でした。

川村:確かに、貴社は以前から事業を通じた「本来のCSR」を実践してきた素地がありますね。

林田:その通りです。ノンアルコールの「キリンフリー」は、新市場の創造と飲酒運転という社会的課題を解決するという側面があります。「糖質オフ」系は健康への配慮とサブカテゴリ―創造の2つの側面が表裏となったものです。

それがさらにCSVにフォーカスしたきっかけは、やはり東日本大震災の復興活動でした。震災復興のスタートは「フィランソロピー」(募金やボランティアなどの慈善活動)的なものでしたが、それを進化させ、継続させるためにも農業や水産業によって地域を活性化していくということを通じて私たちのビジネスにつなげていくという活動です。

川村:そのひとつが、福島の果実を使った「キリン氷結」ですね。

林田:2013年11月に福島産の和梨の果実を使用した期間限定商品を発売しましたが、2014~2015年も継続販売となりました。2015年3月には福島産の桃を使った「キリン氷結」を通年商品として発売しました。

放射能の風評被害に苦しむ福島の果実を、もちろん放射線の検査をした上で当社の商品原料として採用することで、私たちも売り上げを上げるとともに、福島の農家の方たちも、私たちの商品を通じて安全性をアピールすることができたわけです。

現場ではこうした震災の取り組みがいろいろ出てきて、それらをCSVという考え方で整理したわけです。

CSRとCSVの二者択一は不毛

川村:ということは、CSVという軸でキリンという会社や事業を見直したわけですね。

林田:いえ、まだ「見直そうとしている」という現在進行形の表現が良いと思います。単発的にはいろいろと成果はありましたが、組織全体としては完遂したとまでは言えません。逆説的に言うと、社員が言われなくてもCSVの考え方で行動するようになれば、私たちのCSV推進部は要らなくなるわけです。

もう一つの観点は、マーケティングです。私は1年半前にCSV推進部長になりましたが、社歴でいうとキリンビールでずっとマーケティングをやっていました。その観点から見ると、マーケティングでいう商品開発とは個々やクラスターの顧客ニーズに応えることですが、それは言い方を変えると顧客の課題解決なのです。

その先の「社会的課題の解決」と大上段に構えると、難しく聞こえるかもしれませんが、社会的課題と顧客の課題は、別々にあるわけではなくて、いわば大きな共通集合です。そこをとらえて、商品開発などに生かすのもCSVだと考えています。

川村:私も、企業と顧客と社会全体が抱える、それぞれの問題の総和が社会的課題なのだと思います。

林田:キリンでCSVという言葉が最初に出た時に、社内では「これはCSRか」「これはCSVか」という、おそらくどの会社でもやったであろう不毛な「神学論争」がありました。さらには「今後はCSRはやらなくていい」という恐ろしい誤解さえありました。CSRかCSVかという二者択一ではなく、結局のキーワードとしては「サステナビリティ(持続可能性)」が大事なのです。

川村:まさに2015年は日本だけでなく世界の「サステナビリティ元年」であり、今後、持続可能性を無視したビジネスは通用しなくなるということですね。

林田:社内でも、例えば「氷結」の福島梨に関わる人にはCSVという言葉はとても分かりやすい。でも、そうでなければCSVは頭でわかっても「自分事化」が難しいのも事実です。だから、今でも社内ではCSVという言葉はできるだけ使わないようにしています。具体的な取り組みを示し、後で実はこれがCSVなのです、という説明の仕方をします。概念から入ってもなかなか臨場感が持てないものです。

川村:キリンの諸事業の中で、CSVはどのように捉えられていますか。

林田:キリンのCSVには6つのテーマがあります。中でも「人や社会のつながりの強化」「健康」の2つをキリンならではの取り組みと位置付けています。加えて、「環境」「食の安全・安心」「人権」「労働」「公正な事業慣行」の計6テーマです。

健康の領域では様々な商品展開に加えて、まだ試行段階ですが、お客様の生活全般に貢献できるようなアプリを製作しています。5月に発表する予定です。

「47都道府県一番搾り」はCSVの結実

川村:キリンのCSV説明資料を見ると、CSRとCSVがうまく融合しているように見えます。

林田:東日本大震災の復興の支援を通じて改めて、我々の商品は日々の日常の幸せの中で飲まれることが大事なのだと実感しました。それが「人や社会のつながりの強化」につながっていると思います。

川村:それは、人と人との絆ですね。

林田:まさに当社は「絆プロジェクト」を展開しています。その中で、今年「一番搾り」を都道府県ごとに47バージョン発売します。昨年、ササニシキを使った「仙台づくり」や、山田錦を使った「神戸づくり」など9つの工場エリアで発売しましたが、今年は全都道府県に拡大します。

この取り組みで思うことは、キリンがCSVを標榜する中で、地域密着の意識が強くなったことです。ナショナルブランドは通常、デザインも品質も全国で統一しますが、これを各県別で出すのですから、画期的なことですし、社内でも結構大変な事なのです。これは、キリンの現場がCSVを意識し始めた土壌の中で、生まれてきたアイデアです。

今回の「47都道府県プロジェクト」はCSVの観点からも、商品戦略の上でも、大きなアクションです。キリンビールの布施孝之社長は常に「お客様のことを一番考える会社になる」と社員に語りかけています。その中で、営業部門、商品部門がアイデアを出し、「47都道府県」が生まれたのです。

川村:「キリン絆プロジェクト」でも、さまざまなアイデアが生まれたようですね。

林田:人材育成支援の面でも農業生産者を支援するだけではなく、「丸の内朝大学」(東京・丸の内)で一コマもらって、東北を何かの形で支援したい人と東北の農家をマッチングする「農業トレーニングセンター」を展開しました。その中で例えば、「遠野アサヒ農園」の吉田敦史さんが作り始めたスペイン原産の野菜「パドロン」が好評で私たちも系列のキリンシティでのテスト販売などの支援を通じ拡大しています。今や「パドロン」に留まらず、遠野の新しい街づくりまで構想が広がっています。

川村:キリンの組織図を見ると、CSV本部の下にはCSV推進部やコーポレート・コミュニケーション部のほかに、ブランド戦略部やデジタルマーケティング部があります。これはCSVとブランディングを連携させるための仕組みでしょうか。

林田:そうですね。社内・社外双方に向けて、キリンのブランディングをトータルとして推進していくことがミッションです。

CSVに取り組み続ければブランド評価は高まる

川村:キリングループでは22カ国233社で事業展開していますが、CSVのグローバル戦略はどう考えていますか。

林田:2013年、キリンホールディングスの下に日本の飲料事業統括会社としてキリンを発足させましたがその他に、ライオン社(オーストラリア)、ブラジルキリン社、キリンホールディングスシンガポールなどの海外飲料事業会社を置いています。キリングループのCSV戦略はこれから改めて構築していきます。国によって、守るべきこと、攻めるべきことが違います。キリングループとしてコミットメントしながら具体的なアクションはその国によってやることは変えていくことも必要だと考えています。

川村:今や、あらゆるビジネスが地球のサステナビリティに依存しており、その意味で企業も長期的なスタンスを明確にすることが大事です。それが「サステナブル・ブランド」につながっていきます。

林田:環境活動は、CSVの概念以前からの重要事項です。もともとビールは装置産業で、水も大量に使います。容器も必ず要るし、お店に運ばなければなりません。水と農作物を使って容器に詰めて製品にする。その全ての工程でCO2や環境問題が関わってくるのです。環境への取り組みは今後も最優先事項の一つです。

川村:CSVに取り組んでいて、難しい点は何でしょうか。

林田:結局、「CSVのゴールは何ですか」と問われた時に、「それは財務指標にどう反映しましたか」という点が正直、難しいです。しかし、財務指標に端的に反映しなければやらないのか、ということではありません。CSVの考え方を基盤に置いた総括的な取り組みは「あってほしい会社」「好ましいブランド」につながっていくと思います。キリンという企業の「人格」が評価されるようにブランドを作っていきたいと考えます。

川村:「人に人格、企業に社格」と言いますね。今後はますます、社格というブランドが問われていきます。コトラーの「マーケティング3.0や4.0」のように、企業そのものがブランドとなっていきます。その根っこには、新たな企業の価値観、例えば「インテグリティ(誠実さ)」もあると思います。

林田:ゴールは日々のアクションであり、一つ一つの事業活動がCSVの取り組みであると考えています。

川村:貴社の今後の取り組みに期待いたします。本日は、ありがとうございました。

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林田 昌也(はやしだ・まさや)
林田 昌也(はやしだ・まさや)

1959年12月22日生まれ(56歳)。1983年3月東京大学法学部を卒業しキリンビール入社。キリンビール東京支店営業企画課に配属。その後東京支店営業第2課を経て、1988年6月にキリンビールビール事業本部マーケティング部商品開発担当となり、商品ブランドの新商品開発・マーケティングに携わる。2008年9月キリンビール九州統括本部営業企画部部長を経て2011年3月にキリンビールマーケティング部部長。2014年10月にキリン株式会社CSV本部CSV推進部 部長に就任、現在に至る。

川村雅彦
インタビュアー川村 雅彦 (かわむら・まさひこ)

前オルタナ総研 所長・首席研究員。前CSR部員塾・塾長。九州大学大学院工学研究科修士課程修了(土木)。三井海洋開発㈱を経て㈱ニッセイ基礎研究所入社、ESG研究室長を務め、現在は客員研究員。環境経営、環境ビジネス、CSR経営、統合思考・報告、気候変動適応を中心に調査研究・コンサルティングに従事。(認定NPO法人)環境経営学会の副会長、(一社)サステナビリティ人材開発機構の代表理事。論文、講演、第三者意見多数。主要著書は『環境経営入門』『カーボン・ディスクロージャー』『統合報告の新潮流』『CSR経営 パーフェクトガイド』『統合思考とESG投資』など。