多様性を重視した「インクルーシブな広告」は、ブランド価値と業績を向上させる――国連女性機関、オックスフォード大学、企業が初の実態調査
Image credit:DOVE
|
社会正義の意識の高まりに反発する「反ウォーク」の圧力を受け、広告コミュニケーションで多様性・公平性・包摂性(DEI)を打ち出すことをためらう企業が多い。賛否の分かれる広告は業績に悪影響を及ぼしかねないと考えるからだ。この現状を背景に、国連女性機関、企業、大学が協働で調査を行い、「インクルーシブ(包摂的)な広告」が企業の業績に良い影響を与えることを証明するデータが示された。(翻訳・編集=茂木澄花)
偏見を排し、多様な人々を正しく肯定的に描写したインクルーシブな広告は、企業の利益、売り上げ、そしてブランド価値に良い影響をもたらす――。このことを証明する、過去に例のない世界的な調査結果が9月16日に発表された。
この調査を実施したのは、アンステレオタイプアライアンスと、オックスフォード大学サイード・ビジネス・スクールの研究者たちだ。アンステレオタイプアライアンスは、ジェンダー平等と女性のエンパワーメントのための国連機関、通称「国連女性機関(UN Women)」の主導で、企業が推進する取り組みだ。調査には、アンステレオタイプアライアンスの参加企業・団体(バイエル、ディアジオ、ジーナ・デイヴィス・インスティテュート、カンター、マース、モンデリーズ、ユニリーバ)から提供された独自データも活用された。
この調査の背景には、社会正義の意識の高まりに反発する「反ウォーク」活動家の圧力を受け、多様性、公平性、包摂性(DEI)のポリシーを突如取り下げる企業が増えている現状がある。DEIに取り組むと、企業は文化的、社会的、そして経済的な不利益を被りかねないという認識が広まり、主流にさえなりつつある。しかし、そうした考え方は、実証に基づく裏付けや、科学的な根拠を欠いている場合が多い。
一方で、これまではDEIの取り組みが企業に不利益をもたらすということを否定できる証拠もほとんどなかった。しかし、今回の新たな調査で「包摂=利益」と言える確固たる証拠が示された。インクルーシブな広告手法を採用しなければ、ブランドの魅力は低下し、拡大する消費者層に訴求できないという主張も展開されている。
「企業や社会においてなされる決定は、個人の経験による不確かな根拠や裏付けのない思い込みではなく、正しい前提や科学的に証明された事実に基づいていることが非常に重要です」。こう語るのは、オックスフォード大学サイード・ビジネス・スクール、マーケティング学科副学科長アンドリュー・スティーブン教授。オックスフォード・フューチャー・オブ・マーケティング・イニシアチブのディレクターも務める同氏は、今回の調査を主導した1人だ。
「この調査から分かった内容を共有できること、そして、意見の割れているこの問題について、信頼のおける情報を提供できることを非常に嬉しく思います。これにより、広告活動における包摂性の意義について企業は改めて考えることができ、多くのことを得られるでしょう」
インクルーシブな広告が企業にもたらすもの
調査では、58カ国392ブランドを分析し、それらがどのような成果を上げているか、複数の指標について調べた。その結果、インクルーシブな広告が短期的にも長期的にも事業の成果に良い影響をもたらしていることが証明された。製品カテゴリーは菓子、スナック、衛生日用品、美容、ペットフード、ペットケア用品、酒類、ヘルスケア、家庭用品などで、地域も幅広い。これらの製品カテゴリーにおいて、売上高、顧客選好性とロイヤルティ、ブランドの資産的価値、市場競争力の実績が改善したことが示された。
調査結果によると、インクルーシブな広告キャンペーンには次の効果が見られた。
・短期的な売上高は3.5%、長期的な売上高は16%高くなる
・顧客が最初に選択する確率は62%高くなる
・顧客ロイヤルティは15%高くなる
さらに、調査結果から、こうした効果は長続きすることも分かった。売り上げが増えることに加え、ブランドの認知や価値の指標によって、ブランドの評判が力強く肯定的であることが示された。
こうした結果は、実証に基づく裏付けや統計的な根拠がないにも関わらず確立されていた「インクルーシブな広告は業績に悪影響を及ぼす」という主張に反論するものだ。
「インクルーシブな広告コンテンツは企業に商業的な損失をもたらし得るという考えによって、あまりに長い間、進展が妨げられてきました」。国連女性機関アンステレオタイプアライアンス事務局長で、今回の調査報告の共著者でもあるサラ・デンビー氏はこう話す。「その主張はいつも根拠を欠いたものでしたが、私たちには逆の証拠を提示する必要がありました。今回の確固たるデータによって、企業の不安が取り払われ、包摂性を高めるためのあらゆる取り組みの刷新が促されるはずです。そうした取り組みは、事業の対象であるコミュニティの利益になるだけでなく、成長と経済的な繁栄を加速させます」
アンステレオタイプアライアンスは、この報告書の発行を通じて、企業に対し、よりインクルーシブな広告手法を採用することを呼びかけている。調査結果によって、インクルーシブな広告による商業的なメリットが明確になった。またそれにより、包摂性を、全社戦略とそれに伴うコミュニケーション戦略の主要な要素と見なすべきだという考え方に、根拠が示された。
「私たちにとって、異なるさまざまな経験を持つ人々を包摂するような広告を作ることは、単に正しいだけでなく、ビジネス上、ブランド力と業績を向上させるために欠かせません」。ユニリーバで最高事業成長&マーケティング責任者(CGMO)を務めるエシ・エグルストン・ブレイシー氏はこう述べる。同社は、世界的な広告をよりインクルーシブなものにする取り組みで、産業界をけん引してきた。例えば「ポジティブビューティ」の約束や、美の概念を拡大することを他社にも求めたダヴの「Show Us. It’s on Us.」などの取り組みがある。「この報告書は、多様でインクルーシブなマーケティングがいかに事業の利益につながるかを浮き彫りにしています。そして、産業界が今後、より革新的かつ影響力のある広告を目指すための強力なツールとなるでしょう」
インクルーシブな広告の調査方法
この調査は、インクルーシブな広告が業績と企業価値に良い影響を及ぼすという仮説を科学的に検証するために始まった。調査では、アンステレオタイプアライアンスのジェンダー・アンステレオタイプ指標(GUM)を使用した。GUMとは、広告が、市場内の消費者から、各性別の特徴について他の人への良い模範を示す肯定的なイメージを提示していると認識される度合いを5段階で評価するものだ。これにより、年ごとにブランドの広告やマーケティングがどの程度インクルーシブだったかを測った。
この調査における「インクルーシブな広告」の定義は性別だけではない。カンターは、広告に登場する人の特徴を、年齢、人種、肌の色、体型、性的指向、性格など、65種類特定した。またその人が関わっている活動も考慮した。65の特徴のうち共通しているものは差し引き、GUMを用いて付けた点数の上位25%の広告について、包摂性を高めている主な要素を明らかにした。
「ブランド成長のプロである私たちは、多様性と包摂性が購買意思決定に影響し得ることを知っています。そして、この調査で得られたデータによって、インクルーシブな広告は大幅に売り上げを向上させるということが明確に示されました」。こう話すのは、カンターのクリエイティブ部門でシニア・クライアント・リードを務めるサラ・モレル氏だ。
「インクルーシブであることの重要性は高まり続けています。カンターが考察したところでは、多様性、公平性、包摂性は世界的に、他のグループに比べてミレニアル世代とZ世代にとっての重要度が高いです。これらの世代の人口が増え、その購買力が上がるにつれ、多様性と包摂性の重要度もさらに上がるでしょう」
この調査はビジネスリーダーやマーケターに対し、よりインクルーシブな広告手法は売り上げ、財務、競争力、戦略などさまざまな面で、企業に利益をもたらすということを明確に示している。つまり、インクルーシブな広告を出している企業は、そうでない企業に比べて大きな成長が見込めるということだ。同じカテゴリー内の主要な競合他社が、まだ大々的かつ効果的にインクルーシブな広告を取り入れていない場合はなおさらだ。GUMの点数を改善する取り組みを行わない企業は、価値創造の機会を逃すだけでなく、よりインクルーシブな競合他社にシェアを奪われ続けることにもなるだろう。
報告書全文は
こちら
。