生産規制巡り2025年に合意先送りも、多くの国々が野心高める――プラスチック汚染根絶国際条約最終交渉
条文案の合意には至らなかったものの、多くの国がプラスチック汚染の根絶に向け野心を高めて閉幕したINC-5(UNEPのflickrより)
|
プラスチック汚染根絶のための国際条約策定に向け各国が詰めの協議を行っていたINC-5(第5回政府間交渉委員会)は1日夜、条文案の合意に至らないまま韓国・釜山での1週間の日程を終え、閉幕した。プラスチック生産量を段階的に削減する生産規制を盛り込むことに対して、産油国側が強硬に反対し、結論を先送りするほかなかった。一方で、中南米やアフリカを含む100カ国以上がプラスチック原料を持続可能なレベルにまで削減する世界目標の策定を提案するなど、多くの国々が野心を高める機運も見られた。INC事務局は、2025年以降に再度、政府間交渉委員会を開いて議論を再開する予定だ。(廣末智子)
経済開発協力機構(OECD)の2022年の報告書によると、“大胆な政策を行わなければ”、世界のプラスチック消費量は4億6000万トン(2019年)から2060年には12億3100万トンに、廃棄量は3億5300万トン(同)から2060年には10億1400万トンにまで拡大。一方、リサイクル率は9%(同)から2060年には17%にまで上昇するものの、依然として焼却率は20%、埋め立て率は50%に上ることが予想され、海洋など環境への漏出(ろうしゅつ)は年間4400万トンに倍増し、水域への蓄積量は3倍超となることが危惧されている。
国際プラスチック条約は、2022年3月の国連環境総会で、2025年までに策定することに175カ国が合意。以来、2年以上にわたってその内容をより野心的で法的拘束力の強いものとするよう、各国が政府間交渉や閣僚級会合、専門家グループなどを通じて協議を重ね、INC-5は、その“最終交渉の場”とされていた。
中南米やアフリカ含む100カ国以上が野心高める一方、日本は静観
11月25日に開幕したINC-5での交渉は難航を極めた。プラスチックの生産から廃棄に至るまでのライフサイクルでどこを規制の対象とするか、中でも原料となる一次ポリマーの生産や、懸念される化学物質などを含有する“問題のあるプラスチック”の一律の削減などを巡って、「禁止を含む義務的拘束力のある条約」を目指す国々と、サウジアラビアやクウェートといった産油国との意見の隔たりが大き過ぎたためだ。
最大の焦点となった生産規制については、会期中に、条約に野心的な目標を定めるよう訴える有志国が、一次ポリマーの生産を持続可能なレベルにまで削減する世界目標を、INC-5には間に合わずとも、条約の第1回締約国会議において採択するよう求める提案書を提出。有志国には、これまで上流規制に関して明確に賛成してこなかった国々も加わり、欧州をはじめ、中南米やアフリカから100カ国以上が名を連ねた。
その背景には、プラスチックが、ライフサイクル全体で排出する温室効果ガス排出量のうち約90%を占めるのが化石燃料からポリマーを作り出す生産の過程であり、一次ポリマーの生産規制に踏み込まなければ、実効性のある条約にはならないとする考えがある。
さらに、メキシコからなされた「有害なプラスチックの根絶を求める」提言にもアフリカや欧州、オセアニアなどから92カ国が参加するなど、今回のINC-5は多くの国々が野心を高く持ち、機運を醸成する場面が目立った。
一方、生産規制において有志国からレッドラインを突きつけられた側のサウジアラビアやクウェートといった産油国は「問題はプラスチックの生産そのものではなく、環境汚染にある」「プラスチック生産だけを段階的に削減することは、世界の経済不平等を悪化させることにつながる」などと主張し続け、夜を徹して行われた非公式な協議を通じても妥協点は見出せなかった。
結果として交渉は、上流規制について「条文を設けない」とする案と、「世界的なプラスチック素材の削減目標を第1回締約国会議で採択する」案の2つを併記する形で落ち着き、議論は、条約策定の期限とされる来年2025年に持ち越されることとなった。
より実効的な条約実現を訴えてHAC加盟国の代表らが記者会見する場面。そこに日本政府の姿はなかった(UNEPのflickrより)
|
この中で日本政府は、2023年に「持続可能な水準のプラスチックの生産・消費、資源循環の促進、プラスチックごみの適正管理などを追求する国家グループ」である高野心連合(HAC:High Ambition Coalition to end plastic pollution)に加盟しているにもかかわらず、今回、野心的な目標を訴える国々の提案に加わらず(これに加わらなかったのはG7の中では日本と米国のみ)、有害なプラスチックの根絶を求める提言にも、実効的な条約の実現を求めて最終日にHACが開いた会見にも参加することなく、静観を決め込んだ形だ。
国際環境NGO「実効性の低い条約が合意されるよりは良かった」と認識
INC-5の閉幕に際して、UNEP(国連環境計画)のインガー・アンダーセン事務局長は、「今日でこの会議は閉幕するかもしれないが、世界は明日も注目している。プラスチック汚染は、まだまだ私たちの海岸に押し寄せてくることだろう。私たちの環境と健康、そして未来を守るためのこの条約を成功させることは非常に重要であり、私たちの仕事はこれからも続く。できることはすべてやる。私たちは共にプラスチック汚染を克服する」とコメント。
今回の結果について、国際環境NGOのグリーンピースは2日までに、「条約交渉の遅延は、人類と地球にとって厳しい結果だが、プラスチック汚染を何も解決できないような実効性の低い条約が合意されるよりは良かった」とする認識を表明。一方で、日本政府に対し、グリーンピース・ジャパンのシニア政策渉外担当、小池宏隆氏は、11月28日付のプレスリリースの中で、「野心の低い国々とともに、この条約を廃棄物管理中心の効力の弱い条約にとどめるのか、世界の多くの国々と共に、プラスチックの生産規制を含む実効的な条約にするのか、立場を明確にすることを求める」と要望している。
なお次回の政府間交渉委員会が来年のいつ、どこで開かれ、交渉が再開されるのかは現時点で未定となっている。