有機食材を使うオーガニック給食、全国へ広がり――その背景と波及効果とは
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学校の給食に地元産の有機野菜や有機米を使う「オーガニック給食」が全国に広がりを見せている。農林水産省のデータによると、2022年度、給食に有機食材を取り入れている自治体は、前年度の137市町村から193市町村へと増え、2023年には自治体や農業関係団体、市民などが参加する「全国オーガニック給食協議会」が設立された。こうした背景には、近年、子どものアレルギー疾患や発達障害などが急増し、農薬などを使わない安全な食材へのニーズが拡大していることがあり、そこに農林水産省の政策的な後押しが加わったことも大きい。価格や安定供給、現場のオペレーションなど、課題はいまだに多いが、地産地消の有機食材を使うことで地域の農家が潤い、子どもたちの健康に寄与し、移住者が増えるなどその効果も明らかになってきた。(環境ライター 箕輪弥生)
有機米給食の導入で農家の収入の安定化、移住者の増大も
「オーガニックライフスタイルEXPO」で講演する高橋優子氏(左)
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「日本の水田のわずか2%を有機にすれば 日本の小中学校の給食で出す子どもたちのお米は有機米に変わります」。今年10月に東京で開催された「オーガニックライフスタイルEXPO」で行われたオーガニック給食に関するセミナーで、「オーガニック学校給食フォーラム」の高橋優子実行委員長はこう訴えた。
「児童の数も食数も決まっている学校給食は、米の必要量も予測でき、農家に生産保障をすれば水田も維持しやすい」(高橋氏)という。
例えば、千葉県のいすみ市では市の小学校すべてに2017年から地場産有機米100%を供給している。ここでは、市が有機米の全量買い取りと、価格保証をする仕組みをつくっている。
この仕組みは、オーガニック給食の先駆けともいえる愛媛県今治市のモデルを参考にしたものだ。今治市でも通常の農水産物を買う場合との差額を市が補填(ほてん)している。
関東農政局の聞き取り調査によると、いすみ市では有機米給食を始めてから、子どもたちの完食率が上がり、残したご飯が8%減った。そして新規就農者を中心に有機に取り組む農業者が増え、安定的な販路が確保されることで、農家の収入の増大、生産地の拡大などのプラスの効果があったという。
さらに、有機給食を通じて、地域が教育と環境保全に取り組む姿勢が評価され、移住者が増加するといった波及効果も見られた。
定量的なデータではないものの、オーガニック給食を行う幼稚園、学校からは「児童の欠席日数が減った」、「体温が上がった」、「集中力が増した」などの健康面での変化も見られている。
子どもたちの発達障害の増加に、残留農薬への不安
文部科学省が発表している「通級による指導を受けている児童生徒数」の調査結果から、4つの発達障害を取り出した児童生徒数の推移(出典:食品と暮らしの安全2024年7月号)
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地域への波及効果も明らかになったオーガニック給食だが、大きなムーブメントになっているのは、子どもたちに安全な給食を食べさせたいという親たちからの熱心な働きかけが大きい。
その背景にあるのは、ネオニコチノイド系や有機リン系農薬などの子どもの健康への影響に関わる不安だ。
米ハーバード大が、有機リン系の農薬を低濃度でも摂取した子どもは注意欠陥・多動性障害(ADHD)になりやすいという研究結果を米小児学会誌に発表するなど、欧米の数多くの研究機関が同様の研究結果を発表している。
欧州食品安全機関もネオニコチノイド系農薬がヒト脳に発達神経毒性をもつ可能性があると指摘し、EUではその使用を禁止している。その一方で、日本ではなお、ネオニコチノイド系農薬10種類前後が使用されている。
実際、国内では、発達障害をもつ児童が、ここ10年で4.4倍以上に増加している(グラフ参照)。発達障害の中には、自閉症やアスペルガー症候群、注意欠如・多動性障害、学習障害、チック障害などが含まれる。
高橋実行委員長は、「子どもたちの発達障害の増加率は有機リン系やネオニコチノイド系の農薬の出荷量と比例する」と指摘し、「子どもの脳は未発達のため、微量であっても影響が出やすい」と警鐘を鳴らす。
学校給食が、有機農産物の消費の受け皿に
国の政策的な後押しも進む。農林水産省が2021年5月に策定した「みどりの食料システム戦略」にはオーガニック給食を推進する政策が含まれ、地域内で有機農産物を流通・消費させる「オーガニックビレッジ」事業に129市町村(2022年度)が取り組んでいるところだ。
同省の調査によると、この129市町村のうち、約9割の117市町村が、有機給食を実施しており、有機農産物の消費の受け皿として学校給食が位置付けられてきていることが分かる。
何より、生産者が「地域の子どもたちの健康のため」とやりがいを感じることが、良い循環を生み出す原動力になっている。
求められる課題解決のための情報共有化
武蔵野市のオーガニック給食例。カレーに入っている野菜はすべて地元産の有機で揃えている(一般財団法人 武蔵野市給食・食育振興財団のFacebookより)
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盛り上がりを見せるオーガニック給食だが、導入には、価格、安定供給、現場のオペレーションなどいくつかの課題がある。
まず、価格だが、オーガニックエキスポ2024のセミナーでは、有機給食を推進する団体「ナチュラルスクールランチアクション」の副島美貴代表が、実際の給食メニューから有機での材料費を試算し、一般的な給食費280円(1食当たり)に対して有機食材を使うことでどれくらい差が出るかを発表した。
副島代表の試算では、有機に替えると突出して高くなる肉類、卵、生クリームなどを代替食材にし、地元産有機食材を使うことで、一般の給食費と大きな差とならずにコントロールできると提案した。副島代表は「有機食材は高いという思い込みを払しょくし、まず地元生産者との連携を深めることが重要だ」と話す。
有機農産物の安定供給には、調理側と生産側をつなぐコーディネーターの役割が重要だ。静岡県袋井市では、教育委員会に「おいしい給食課」を設け、地産地消コーディネーターが必要とされる食材と生産者をマッチングする。旬の時期に大量にとれる野菜などのために保管倉庫を用意したり、保存食品への加工などさまざまな工夫を凝らす。
また袋井市では全量買い取りや市内産野菜を優先購入するなどのプレミアム政策により、地場産の農産物の購入費用は、2012年度の350万円から2021年度には3500万円と10倍以上に増加し、地域経済への循環が生まれた。
一方、東京・武蔵野市では1978年に、一つの小学校からオーガニック給食が始まった。当初は母親が中心となったグループが現場の問題解決に奔走し、時には農家の収穫を手伝ったり、食材調達を支援するなどして軌道に乗せ、現在は市が設立した「武蔵野市給食・食育振興財団」が、組織的に市内の中学校6校と小学校2校に毎日約3000食のオーガニック給食を提供する。
オーガニック給食の場合、他の自治体の事例を見ても、地域で生産される有機食材から導入を始めること、食材からメニューを考える柔軟性、そして、栄養士との連携などが重要なポイントとなることが分かる。
実際にオーガニック給食を導入するための課題は地域ごとに異なるが、最近では成功事例を情報発信し、課題解決のヒントにしようと、「オーガニック給食マップ」が作られたり、全国の市町村長やJA、市民団体、有機農家などが参加する「全国オーガニック給食フォーラム」が開かれたりと、情報の共有化も積極的に行われている。
海外では、韓国が530万人の小中高校生に無償でオーガニック給食を提供し、フランスでも、学校給食の食材の2割を有機にという法律「エガリム法」によって学校給食の有機化は急速に進んでいる。
子どもの健康、地域での経済循環などさまざまな利点が見えてきたオーガニック給食だが、今後、これを日本でさらに広げるために、どのような仕組みや支援、政策が必要となるのか、さらなる議論や情報の共有化が必要となりそうだ。