5人の物語から見えてくる、複雑な「世界の重なり合い」とは――アーヤ藍氏の新著『世界を配給する人びと 遠いところの声を聴く』
マダガスカルのアグロフォレストリのバニラ(『世界を配給する人びと 遠いところの声を聴く』より)
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サステナブル・ブランド ジャパンの本サイトでコラム「『出会い・感じる』から始めるサステナビリティ」を執筆している、映画キュレーターでライターのアーヤ藍氏がこのほど、新編著『世界を配給する人びと 遠いところの声を聴く』(春眠舎)を刊行した。アーヤ氏自身と同じく、世界各地に魅かれ、その国の社会課題をそれぞれの活動を通じて分かち合おうとしている5人の“世界を配給する人々”の物語だ。舞台は、日本から遠く離れたシリア、マーシャル、マダガスカル、ウガンダ、グリーンランド。そこから見えてくるのは、グローバル化や資本主義などの影響を受けた国々の、単純に「良し悪し」を決めることのできない、複雑な「世界の重なり合い」だ。(松島香織)
5人はアーヤ氏の考え方に影響を与えてきた人生の先輩たちだ。アーヤ氏は彼らのことを“世界を配給する人々”と呼ぶ。彼らの活動が、完成した映画を配給する仕事と同じように思えるからだ。アーヤ氏は彼らから、「なぜ”遠いところ”と強く結びついたのか」や「語られてこなかった現地の声をどのように届けているのか」などを丹念に聴き取った。
「居場所のあたたかさ」を感じさせてくれる大切な人が直面している社会問題
第1章では、音楽や料理を通じて中東の難民支援を行っている斉藤亮平氏がシリアを語る。シリアでは、政府と反政府勢力の戦いが長期化し、紛争が続いている。さらに、イラク・レバントのイスラム国(ISIL)やロシアの介入などがあり、ますます状況は複雑化し紛争終結の解決の糸口は見えてこない。
斎藤氏は、そんな危機的な状況になる前の、2007年から青年海外協力隊の隊員としてシリアに赴任。大きな水車があり春先に菜の花が咲くハマという町に住んだ。ハマにはパレスチナ難民キャンプがあり、斎藤氏は難民キャンプの子どもたちに音楽を教えていた。町の人は斎藤氏を度々家に招き、お茶やお菓子を振る舞い、また食事に来るように誘った。
そんな人々の温かさに触れた斎藤氏は、「恩返ししたい」と思うようになる。一方、キャンプでさまざまな出会いを通し、戦争を身近に感じた斉藤氏は「戦争で一番怖いのは人と人の『分断』だ」と言う。そして「シリアの一番の悲劇はシリア以外の人たちの思惑によって、崩壊と分断が加速してしまったこと」だと指摘している。
斉藤氏は日本でシリアのことを伝える際、危機に陥る前の美しくて平和だった頃のことを伝えるようにしている。その方が親近感がわき、人々の生活を想像しやすいからだという。斎藤氏は「普通に暮らしたいと願う人たちの声が、もっと届いてほしい、大切にされてほしい」と願っている。
シリアのオリーブ畑と芝桜(『世界を配給する人びと 遠いところの声を聴く』より)
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第2章では、マーシャルに魅せられた、映画監督で編著もこなす大川史織氏が語る。太平洋島しょ国のマーシャル諸島は、第一次世界大戦後、日本が委任統治※していた。1940~1950年代には米国が核実験を繰り返し行い、被ばくして人が住めなくなった地域もある。また平均海抜約2メートルの当地では、さらなる気候変動の影響を受けて津波による被害が度々起き、島自体が水没してしまう危険にさらされている。
※敗戦国が保有していた植民地を戦勝国に統治させる国連の仕組み
大川氏は高校生の時から核問題に取り組み、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で、核兵器廃絶を求める署名を届け、スピーチをする高校生平和大使に選ばれた。その時にアウシュビッツ博物館(ポーランド)とアンネ・フランクの家(オランダ)を訪問し、ホロコーストの種が自分たちの身の回りにも潜んでいて、無自覚のまま加担してしまう恐ろしさに気づく。
高校卒業前の春休みに、マーシャル諸島スタディツアーに参加したことが、マーシャルとの関係の始まりだ。戦争当時の日本軍のことを知り、旅の記録としてビデオカメラを回していたことから、ドキュメンタリー映画を製作したいという思いが芽生えた。その思いは2018年に、マーシャル諸島で飢えから命を落とした日本兵の父の足跡を辿る、74歳の息子の姿を追った、ドキュメンタリー映画『タリナイ』に結実される。
マーシャルの人たちは、生まれた島でなくても、先祖や親族にルーツがある島を「自分の島」と呼ぶという。大川氏は「大国間の争いが島と人びととの関係を一方的に絶った」と言い、故郷の島に、今も帰れない当地の被ばく者のこんな言葉を紹介する。
「自分とつながりのない島で暮らさなければならないことは、自分の命を奪われるのに等しい。『二流の島民』になったように感じる」
ウガンダ、カチリの教室の様子(『世界を配給する人びと 遠いところの声を聴く』より)
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第3章では、観光で訪れたバニラ農園に一目惚れして、バニラの輸入・販売を手がけるようになった武末克久氏がマダガスカルを、第4章では、上智大学特任助教でアフリカ研究者の大平和希子氏が、子ども兵を生み出してしまっている要因を知るために訪れたウガンダを、それぞれ語っている。
第5章では、北極圏への遠征を重ね、気候変動が及ぼす生態環境への影響や、原始的民俗の変遷を記録し作品化している写真家の遠藤励氏がグリーンランドを語る。長くかの地を見てきた遠藤氏は、グリーンランドに押し寄せる欧米型の「消費社会」と「発展」の波を危惧している。また気候変動の影響を北極でも目にするが、イヌイットの人たちは、気候変動について話したりしないという。遠藤氏は言う。「(彼らは)自然に沿って生きていく。逆らわない。でもそういうシンプルさがいい」
本書にはそれぞれの章に、その国や地域の歴史や出来事をまとめて表記。またアーヤ氏が映画配給の仕事を解説するコラムがあり、各章のテーマに合った映画を紹介している。 “遠いところ”と自身の生き方がつながった5人の話を“聴き”ながら、これからどのような未来を創っていくべきなのかを考えてみたい。
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『世界を配給する人びと 遠いところの声を聴く』
アーヤ 藍 編著
春眠舎 発行
1〈優しきひとさらい〉と出会うシリア 斉藤亮平
2〈憶えている〉環礁、マーシャル 大川史織
3 時の止まった島、マダガスカル 武末克久
4 気取らない国、ウガンダ 大平和希子
5「動物の楽園」に暮らす、北極民族 遠藤励