3本は鳥の、2本は蝶のために――積水ハウス「5本の樹」計画の生物多様性回復効果の可視化進む
「5本の樹 野鳥ケータイ図鑑」では日本で見られる野鳥や蝶を検索することができ、鳥の声を聴くこともできる(写真と図はいずれも積水ハウスのリリースより)
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“3本は鳥のために、2本は蝶(ちょう)のために”という思いから、庭に木を植える――。住宅メーカーが事業活動の一環で、20年以上続けてきたその取り組みが、生物多様性に大きく貢献していることが分かってきた。住宅を建築時に、その地の気候風土に合った在来樹種を中心とする木を植栽する、積水ハウスの「『5本の樹』計画」だ。2001年に開始以降、累積植栽本数は2000万本を超える。2019年からは生物多様性のビッグデータを扱う琉球大学発のスタートアップ企業との共創を進め、このほど、建築地ごとにどんな木を植えれば、将来どのように生物多様性が回復するかを可視化して提案するツールの運用もスタートした。小さな庭の植栽は、都市のネイチャーポジティブにどんなインパクトを与えるのだろうか。(廣末智子)
「5本の樹」計画のイメージ図
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「5本の樹」計画は、日本を気候や植物の適応性などによって5つの気候区分に分け、住宅を建築する顧客に、園芸品種や外来樹種ではなく、その地域に合った日本の原種や地域の在来樹種で、鳥や蝶が好む木を取り入れた庭づくりを提案するもの。日本古来の里山をイメージし、地域に適した木を植えることで、さまざまな生き物が訪れる庭を増やし、そこから都市の生物多様性を豊かにしていこうという発想のもと、積水ハウスが2001年から取り組んできた。
この間、世界中で生物多様性の回復を目指す動きが加速化。2022年12月の生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)では、2030年までに陸域と海域の30%以上を保全することなどをターゲットとする昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)が採択され、2023年9月には自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の最終提言もなされた。
琉球大学発スタートアップ企業と共同で、保全効果の定量評価の仕組み構築
こうした動きを背景に、同社は、「5本の樹」計画の生物多様性保全への効果検証を目的に、2019年から琉球大学発の研究者らによるスタートアップ、シンク・ネイチャー(那覇市)との共同研究に着手。シンク・ネイチャーが有する全国の生態系に関する地理情報を高解像度で可視化したビックデータである、「日本の生物多様性地図化プロジェクト」をもとに、「5本の樹」計画を通じて20年間に植栽した樹木データを分析し、2021年には、各エリアでの樹木と生物の相関関係を数値化し、生物多様性保全活動の効果を定量評価できる仕組みを構築し、「ネイチャー・ポジティブ方法論」として公開した。
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この方法論に基づいて、「5本の樹」計画の生物多様性保全への効果を検証すると、累積植栽本数が約1709万本に達していた2021年の時点で、「5本の樹」計画を行わなかった場合と比べ、地域の在来種の樹種数は平均5種類から50種類と10倍に、鳥類は平均9種類から平均18種類に、蝶類は1.3種類から6.9種類へと増えた可能性があることが判明。在来種の樹種数の増加が、生物多様性の基盤強化につながったと考えられるという。
どれだけの鳥や蝶を呼べるか、植栽樹種を提案し、可能性を可視化するツールの導入も
この方法論を活用し、積水ハウスとシンク・ネイチャーがこのほど共同開発したのが、顧客の庭づくりに際して、生物多様性保全効果を最大化できる植栽樹種の組み合わせをシミュレーションする、「生物多様性可視化提案ツール」だ。
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ツールは積水ハウスの社員が端末画面から操作し、建築地と樹種数を入力すると、生物多様性保全効果の高い樹種の組み合わせの上位10位が表示される。さらにそれらを植栽した時の効果として、在来樹種がどれだけ増え、庭にどれだけの種類の鳥や蝶を呼べる可能性があるかが数字で示されるようになっている。「5本の樹」計画ではこれまでにも同社独自の「庭木セレクトブック」などを通じて、地域に応じた植栽樹種を提案してきたが、このツールを使うことで、より容易かつ迅速に、生物多様性保全効果に科学的なエビデンスのある提案を行うことが可能になった。
同社はこのツールの試験運用を今年6月から、1都3県(埼玉、千葉、神奈川)でスタート。今後は効果を検証した上で、全国導入を目指す。同社によると、このツールを活用した植栽を進めることで、これまでの植栽実績に対する生物多様性保全効果と比較して、約2.6倍の効果が予測されるという。
在来樹種の植栽で、2030年に37.4%、2050年40.9%、2070年41.9%まで生物多様性が回復も
2001年から全国各地で続けられ、年間の植栽本数は88.6万本、累積植栽本数は2000万本を達成した「5本の樹」計画。2021年の時点で算出された効果については上述したが、これから先の将来に予想される効果についてもネイチャー・ポジティブ方法論に基づいて、可視化がなされている。
3大都市圏(関東・近畿・中国)における生物多様性保全効果のシミュレーション
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それによると、「5本の樹」計画を開始前の2000年を基準として、緑地の劣化が著しい3大都市圏(関東・近畿・中京)の2070年までの生物多様性の変動をシミュレーションした結果、地域の生き物にとって活用可能性の高い在来樹種を植栽することで、2030年には37.4%、2050年には40.9%、さらに2070年には41.9%まで生物多様性を回復できることが予測される。また今後、この在来樹種による取り組みが同社だけでなく、仮に日本で新築される物件の30%に適用された場合、その回復効果は84.6%にまで上昇するという結果も示されているという。
“ネットワーク型OECM”として認められれば……
2030年までに陸域と海域の30%以上を保全する「30by30」を日本国内で達成するには、国立公園などの法律に基づく保護地域の拡充だけでは難しく、保護地域以外の場所で生物多様性保全に貢献する土地を指す「OECM(Other Effective Area-based Conservation Measures)」の認定が鍵となる。環境省は2023年度までに40都道府県の184カ所(合計約8.4万ヘクタール)を「自然共生サイト」に認定しており、近く、保護地域との重複を除いた区域を、OECMとして国際データベースに登録する方向だ。
このOECMの観点から、積水ハウスは、ネイチャー・シンクとの共同検証によって得られたネイチャー・ポジティブ方法論を、「OECMに加えることが可能かどうかを定量的に判断する手法として貢献できる可能性がある」と位置付ける。特に、「5本の樹」計画のような都市の小規模な緑地の集合が、“ネットワーク型OECM”として認められれば、「庭でできる市民運動としての生態系保全、日本ならではの官民一体となった生物多様性保全活動につなげられる」と展望を描く。
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実際に“5本の樹”を庭に植えた顧客からは、「ハクセキレイが庭に飛んでくるようになった。首の周りにバンダナを巻いているようなので、子どもと『バンダナ君』と呼んでいる。毎日見ていると、1羽ずつ区別が付くようになって楽しい」というような声も寄せられている。
同社は、在来種を中心とした多様な樹木を庭に植えることが、人の健康や幸福にもたらす影響についても東京大学大学院農学生命科学研究科との共同研究を進めており、年間を通して花の開花時期が長い庭や食用の実が豊富な庭に住む人は、ウェルビーイングが高まることが分かっているという。人にとって、いちばん近い自然環境だと言える「庭」の持つポテンシャルをどこまで引き出せるか。庭から始まるネイチャーポジティブの取り組みのさらなる効果に期待したい。