生物多様性を客観的に評価する6つの手法とは――群馬県みなかみ町と三菱地所、日本自然保護協会の3者が全国に発信
雪解け後に咲くカタクリの花。谷川岳は貴重な高山植物の宝庫だ (一財)みなかみ町観光協会提供
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ネイチャーポジティブの実現に向け、日本の自治体と企業、NPOが一体となって生物多様性保全を進め、その取り組みを客観的に評価する挑戦を続けている。首都圏の水源である利根川の源流部に位置する群馬県みなかみ町と、流域の東京・丸の内エリアを中心に事業を営む三菱地所、生物多様性保全に高い専門性を持つ日本自然保護協会の3者だ。このほど研究機関や大学とも連携して取りまとめた6つの評価手法は、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)や、TNFD (自然関連財務情報開示タスクフォース)による提言にも整合し、企業活動などによる地域の自然への影響度と貢献度を把握し、開示するのに役立つ。(廣末智子)
群馬県の最北部に位置するみなかみ町は、上信越高原国立公園の谷川岳をはじめとする雄大な自然と、絶滅が危惧されるイヌワシや貴重な高山植物など豊かな生態系を有し、地域の自然資源を活用した持続可能な経済活動を進める、ユネスコエコパーク(生物圏保存地域)に認定されている。その高い生物多様性を連携して保全しようと、町と三菱地所、日本自然保護協会の3者が2023年2月に10年間の連携協定を締結。三菱地所は、企業版ふるさと納税制度を活用し、みなかみ町に「環境・生物多様性保全活動への支援」として、協定期間内に6億円を寄付する方向で大規模な取り組みを進めている。
みなかみ町での生物多様性保全活動の様子(日本自然保護協会のHPより)
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「みなかみネイチャーポジティブプロジェクト」と題した取り組みの柱は、
1.生物多様性が劣化した人工林の自然林への転換、
2.里地里山の保全と再生、
3.ニホンジカの低密度管理の実現、
4.NbS(Nature-based Solutions、自然に根差した解決策)の実践、
5.生物多様性保全や自然の有する多面的機能の定量的評価への挑戦と活用、の5つ。
このほど、その5番目の取り組みの成果として、「生物多様性保全を客観的かつ定量的に評価する6つの手法」を取りまとめたことが発表された。
それによると、生物多様性保全を客観的かつ定量的に評価する6つの手法と、みなかみ町における評価結果の要約は次の通りになっている。
1.重要地域の評価
専門家へのヒアリングや既往文献などの調査によって、地域における生物多様性保全上重要な場所を、生物多様性の希少性・危急性などの観点から評価する。
みなかみ町での評価結果:生物多様性保全上重要な場所(重要地域)を67カ所特定
2.生物の分布予測
地域に生息している可能性のある生物種(植物・鳥・昆虫)を、国の環境調査データなどを基にした全国規模の生物分布情報と、地形・気象・土地利用等の情報を用いて、統計学的に予測して評価する。
みなかみ町での評価結果:重要地域には、みなかみ町における主要な生物種の99.7%の種が分布している可能性があることが明らかに
3.重要地域のギャップ分析
生物多様性にとって重要な場所における開発等のリスクを、保全担保措置の有無等から評価する。
みなかみ町での評価結果:重要地域のうち、低標高域の里地では保全担保措置がとられている面積比率が低く、開発のリスクが高いなど、課題を特定
4.地下水涵(かん)養量、炭素吸収量の推定・評価
生態系からもたらされるサービスのうち、地下水涵養量と炭素吸収量を、土地利用や植生タイプ、気候条件等の情報から細かく推定し、評価する※。
みなかみ町での評価結果:地下水涵養量と炭素吸収量を把握できた
5.生態系タイプ区分分析
地域の自然を、「湿地」や「二次林」など少数の生態系タイプに区分し、生態系の多様性を評価する。
みなかみ町での評価結果:自然林」の面積比率が51.5%と、全国的にみてもまとまった規模の生態系として残されていることが明らかに
6. IUCN(国際自然保護連合)の「NbS世界標準」への適合度を評価
生物多様性保全活動が、気候変動や自然災害、人間の健康など、地域の社会課題の解決にも資するものになっているかどうかをIUCNの定める「NbS 世界標準」に沿って評価する。
みなかみ町での評価結果:3者の連携協定に基づき取り組んでいる生物多様性保全活動の現時点での適合度は100点満点中30点(部分的に適合)であり、改善すべき課題を把握できた
※総合地球環境学研究所のEco-DRRプロジェクトによる「自然の恵みと災いからとらえる土地利用総合評価(J-ADRES)」より算出
ネイチャーポジティブを実現していく上で、生物多様性の客観的な評価は大きな課題であり、IUCNが提唱する「ネイチャーポジティブ10の原則」や、「IUCNネイチャーポジティブアプローチ」でも生物多様性の評価が求められている。日本自然保護協会によると、今回発表された6つの評価手法は、このアプローチや、TNFDによる企業・団体への提言など、世界的な動きとも整合を取りながら、「日本版ネイチャーポジティブアプローチ」として検討された。その結果、GBFや、世界各国の目標に対する生物多様性保全活動の貢献度合いを客観的に評価できるものになったという。
例えば、「1.重要地域の評価」は、TNFDが推奨するLEAPアプローチでも重要地域の把握を初めに行うべきとしていることと、「5.生態系タイプ区分分析」は、TNFDが企業の事業活動による自然への影響を生態系タイプごとに評価するよう求めていることと共通する。さらに、「3.重要地域のギャップ分析」を行うことで、GBFで定められた2030年までに陸と海の30% 以上を健全な生態系として保全することを目指す30by30への貢献を目指して、日本企業が環境省の自然共生サイトの登録に取り組む際に、生物多様性の保全からみて効果的な場所を選定することが可能になる。
なお、6つの評価手法は主に生物多様性や生態系サービスの「現状」を評価する手法であり、日本自然保護協会によると、今後は保全活動等による「生物多様性の回復傾向」を客観的に評価できる手法の検討も進める予定だ。
利根川の源流にすむヤマメ (一財)みなかみ町観光協会提供
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みなかみ町は今年6月、「まもる」「いかす」「ひろめる」を3つの柱に、「みなかみ町ネイチャーポジティブ宣言」を行った。
生物多様性を客観的に評価できる手法を、みなかみ町から発信できることになった意義を、同町企画課の担当者は「利根川の水源地である我がまちが育んできた自然の価値を改めて再確認し、大きな気づきを得ることができた。この生物多様性を残していかないといけないと強く感じる。評価の物差しができたことで、日々の暮らしや町の産業が生物多様性保全にどうつながっているかといったことをもっと意識し、面的な取り組みへと広げていくことで評価ポイントを積み上げていきたい。みなかみで生まれたこの手法を全国の水源地はもちろん、多くの自治体で活用してほしい」と話している。