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「地域をリジェネレートする」竹中工務店と西粟倉エーゼロの事例から考えるーー第4回SB-Jフォーラム

竹中工務店の高浜氏とエーゼロの牧氏

サステナブル・ブランド ジャパンは1月12日、法人会員コミュニティを対象とする「第4回SB-Japanフォーラム」を博展本社(東京・中央)とオンラインで開催した。2021年度プログラムの最終回となる今回のテーマは、「地域をRegenerate(リジェネレート)しよう!」。参加者は地方創生とリジェネレーション(再生)との関係を生態系になぞらえて考え、かつて宿場町として栄えた奈良井宿(長野・塩尻)の再生や岡山県西粟倉村の森林を軸にした活性化の事例を通してそこにある資源を活用し、新たな価値を生み出すような形での地域課題への向き合い方について活発に議論を交わした。(サステナブル・ブランド ジャパン=廣末智子)

生き物の世界に学び、地域という生態系を

はじめに、今回のナビゲーターを務めた足立直樹・サステナブル・ブランド国際会議サステナビリティプロデューサーが、前回までのプログラムでリジェネレーションについて学んだことを地域創生との親和性において一歩深め、今までのビジネスモデルがうまく機能しなくなってきている中で、大企業や工場を誘致するといったやり方でなく、本当の意味での賑わいを取り戻す地方創生の在り方を考え直すべき時に来ているのではないかと指摘。その一つの考え方として「生き物の世界に学ぶ」ことを提唱した。

「生き物の特徴を地域に置き換え、そこにある資源を使い、無駄にしない。一つの産業に集中するのでなく、なるべく多様に、総合的に事業を起こす。そこから新しい価値をつくり出せば、お金も人も集まる。地域全体としても豊かになり、動き出す。地域という生態系も生まれ変わってリジェネレートし、また成長し始めるんじゃないか」

かつての宿場町「奈良井宿」の魅力を再興

足立プロデューサーからそうした考えが示された後、フォーラムは2人のゲストスピーカーによる事例発表へ。はじめに竹中工務店まちづくり戦略室副部長の高浜洋平氏が登壇し、江戸時代には奈良井千軒と呼ばれて繁栄した木曽山中にある宿場町で、築200年の建物が350軒も残る重要伝統的建造物群保存地区である奈良井宿での取り組みを報告した。

1610年創業のゼネコン、竹中工務店は近年「まちづくり総合エンジニアリング企業」を標榜。まちへの影響力を考慮した建築の在り方を重視し、地域課題を解決する会社を目指して全国各地でプロジェクトを展開している。塩尻市とは2018年に出合い、同社が役に立つことのできる課題を抽出する中で、過疎化している奈良井宿の歴史的建物を活用し、町おこしにつなげる案が持ち上がった。同社と塩尻市は2020年1月に地域連携協定を締結した。

奈良井宿は木曽路最大の集客の地であり、大都市圏から3〜4時間かけて年間62万人が訪れるにもかかわらず、客がそこで消費する額は一人当たり910円にすぎないという現実があった。その要因を読み解いた上で立てた戦略は、観光客の欲しい施設をつくり、飲食を楽しんでお土産を買い、宿泊してもらうこと。具体的には休蔵状態だったまちのシンボル、「杉の森酒造」をプレミアム古民家ホテルとして再生するというものだ。

同社は本館の改修と設計を担当。「隙間風や虫が入ってくるのは仕方ない」といった古民家の概念を覆し、断熱や床暖房、スプリンクラーや壁の構造補強を施して古さと新しさを融合し、快適に泊まれる空間に生まれ変わらせた。2021年8月にホテル「BYAKU Narai」をオープン。もとは酒の貯蔵庫だった浴場は、酒の仕込み水を木のチップを燃やした自然エネルギーで沸かしたお湯を使用、レストランでは旬の食材を生かし、木曽の食文化に向き合ったここにしかない料理を提供している。

同社の他にも設計や運営に多数の会社がかかわり、さまざまな専門家からなるクリエイティブ体制を誇る。事業はもちろんこれで終わりではなく、1.1キロにわたって続く街並みに点在する空き家を多面的に活用することによって広がりを持たせ続けていく方針で、高浜氏は「リジェネレーションをまちの文脈でもつくっていきたい」と思いを語った。

「生きるを楽しむ」村の挑戦とは 森林を起点にすべてが循環

次に、岡山の北東に位置する人口約1400人の村、西粟倉村で木材加工などを手がける会社、エーゼロを経営する牧大介代表が、「人と自然の可能性を発掘する」同村の挑戦について発表。最初に杉の人工林の中でヒメボタルが乱舞する美しい写真を見せながら、しっかりと手入れをした明るい森が村民一人ひとりの未来も輝かせ、その積み重ねによって村全体が元気になっていくことを希求する村のメッセージが紹介された。

村は2004年に合併しないことを決めて以降、組織的に移住や起業支援を行い、これまでにエーゼロを含めた約50社のローカルベンチャーが生まれている。1社平均の売上高は年間約5000万円ほどだが、合計では20億円を売り上げるまでに成長。その意味で、「非常に多様性があり、レジリエンスも高い経済を村独自につくってきた」という。その中心にあるのが2008年に打ち立てた「百年の森林(もり)構想」だ。

構想は約50年前に子や孫のために森に木を植えた人々の想いを受け継ぎ、あと50年、村ぐるみで挑戦を続ける決意を込めた宣言のようなもので、森林を軸にした村づくりが強化された。その中で森からさまざまな商品が生まれ、牧氏の会社も都会の人向けに賃貸住宅の床材などの加工販売を行うほか、2016年には木材工場の端材を燃料にボイラーで炊き、その温水でうなぎの養殖も始めた。

養殖で出た廃水はビニールハウスで栽培する野菜やイチゴに。養蜂や鹿肉の販売も手がけ、近々、森の恵みを味わうことのできる集客施設もオープン予定だ。時間をうまく使う観点から、鹿の解体はうなぎのチームが兼務するが、そこには「うなぎの養殖管理に蒲焼加工、鹿の解体もできる人が森のツアーを担当し、インストラクターの役割も果たすようになることで給料もじわじわと上がり、やがて会社も儲かる」といった思いがある。

「何かを作ればごみが出るが、そのごみがまた別のところで価値を生む。それをつなげると、延々と事業をつくり続けていくことができる。儲かるかといったら、とんとんぐらいだけれども、だんだんと地域が豊かに、面白くなる」

牧氏は村で事業を行う上で、森を起点にすべてを循環させ、且つ長期視点で取り組むことの重要性を繰り返し強調。足立プロデューサーの言う生態系と地域経済とを重ね合わせ、本当の意味での地方創生を目指す理念に通じるものを感じさせる発表となった。

「命のつながりの一員でありたい」その感覚も大きな価値

この後、足立プロデューサーが改めて2人と対話し、それぞれの事業において何にいちばん価値を置いているのかを問う場面も。これに対し、高浜氏は「今、日本全国で、歴史的建造物が空き家になっていたり、地域のランドマーク的な建物が取り壊されたりすることが増えている。現状、その価値はゼロやマイナスかもしれないが、再生することでそこに経済が生まれる。杉の森酒造もゼロだった建物がホテルとして経済効果を生み、オーナーさんに家賃を払い、35人のスタッフを雇うことができている。空き家に花を咲かせることで経済が生まれる。そこが着眼点だ」などと話した。

牧氏の会社名である「エーゼロ」は、森林の表面にある腐葉土が溜まる層を指す「A0(エーゼロ)層」からとられている。「A0層があるからこそ土が守られている。雨を吸収し、浸透させることもできる。森の循環を支えているのがA0層であり、私たちも地域におけるA0層になろうという思いがあります」。その牧氏の考える価値とは、「何か大きな生態系、時間軸の命のつながりの一員でありたい、という願いを僕らは持っている気がしていて、その感覚こそが大きな価値である」ということだ。

「例えば企業研修などを通じて、実際にその価値を五感で感じてもらう。そういった生態系との一体感のようなものを体験的な価値として提供できるところまでいった時に、地道な積み重ねである地域経済を、儲かるという水準にまでもっていけるのではないか。その糸口が見えてきているところです」

フォーラムでは会場やオンラインからの質問も活発に寄せられ、後半のグループディスカッションでは、「西粟倉村の鹿のように、その土地の自然の中で、不定期にしか獲れないことを前提に仕組みをつくり、そこにある資源を季節性も重視しながら活用することがリジェネレーションだと感じた」「そこに住んでいる人が自分のまちの魅力を誇りとして認識できるようなまちが全国に増えていけばいい」といった意見や感想も。

これを受け、足立プロデューサーは「木や水だけでなく、季節ごとの産物や時間的なもの、そして歴史そのものも資源であることを再認識した。地域という小さなスケールだからこそ、丁寧にリジェネレーションしていくことができる」と総括。さらに「西粟倉村では現状、利益がとんとんであると言われていたが、とんとんを実現できるのは実は素晴らしいこと。一人ひとりや集落、また街の単位で収支がとんとんであれば、私たちは立派に持続可能に生きていける」と続け、フォーラムを締めくくった。

廣末智子(ひろすえ・ともこ)
地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーに。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。