欧米で頻発する電力のマイナス価格とは何か? 再生エネとの深い関係を考察
北村和也
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脱炭素に向けて再生可能エネルギーの導入が進む欧米で、電力のネガティブプライスが急拡大しているという。ネガティブプライスとは、訳せば「マイナス価格」、つまり、電気を使うとお金がもらえるという一見夢のような話である。
最近、日本のマスメディアにも登場する回数が増えてきたネガティブプライス、一部では再生エネの生んだ“ひずみ”と書かれるが、一方で市場の正常な機能と評する声もある。
今回のコラムでは、マイナス価格とその実態を考察する。
欧米での実際と、1kWh使うと70円もらえたドイツの例
ネガティブプライス=マイナス価格とは、電力の供給が需要を大幅に上回ったときに起きる。買い手がなかなか現れず、発電側がお金を払ってでも電気を小売りや需要家に引き取ってもらうことの結果である。それならば、発電を止めればよいと思うかもしれないが、例えば、太陽光や風力などの再生エネ発電は基本的にコントロールが効かない。また、比較的、操作可能に見える火力発電でも止めたり、動かしたりする処理に数時間以上かかり、原発ではさらに大変な作業である。手間とコストを考えると、“マイナスでも引き取ってもらう方がまし”となる。
ドイツで1年間に起きた「マイナス価格」の総時間数の推移(出典:Fraunhofer ISE)
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具体的な例を見てみよう。
上のグラフは、ドイツで発生した年間のマイナス価格のトータル時間数の推移である。早くから再生エネ発電の導入が進んだドイツでは、マイナス価格がたびたび現出している。当初は、風力発電が原因となることが多かった。2020年あたりにいったんピークとなったのは、コロナ禍で需要が急に落ち込んだことも一因である。それが、再び拡大に転じ、2023年は過去最高の300時間超えとなった。これは、エネルギー費高騰への対応、特に太陽光発電の急拡大が背景にある。ちなみに、2023年のドイツの太陽光発電の導入容量は、年間13GWで日本の4倍近くとなった。
2023年7月2日、ドイツでマイナス価格500ユーロ/MWhを記録(出典:Agora Energiewende)
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マイナス価格でチェックしなければならないのは、発生する時間数と価格である。昨年の7月2日14時には、過去最高のマイナス価格を記録した。500ユーロ/MWh、kWhに換算すると50ユーロセントで、当時のレートで計算するとおよそ70円になる。つまり、『電気を1kWh使うと70円もらえる』という、消費者にとってみると驚くようなありがたい話である。この日は、朝8時から夜の7時までなんと11時間もマイナス価格が続いた(上のグラフでは、横軸の時間が日本時間に変換されている)。
欧米全体に拡大するネガティブプライス、発生の仕組み
マイナス価格の発生は、ドイツに限らず欧州全体に広がり拡大している。
以下のグラフは、欧州電力市場で起きたマイナス価格の合計時間を示している。2023年は前年に比して急増したが、今年は半年足らずで昨年の発生時間に達している。
欧州電力市場のネガティブプライスの年初からの合計時間(2022-2024、出典:BNEF、EEX)
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これは、ドイツと同様に太陽光発電の導入拡大が主たる原因と言ってよい。昼間の需要を超えるほどに太陽光発電(+風力発電など)が導入された結果、こういった現象を起こしている。一般住宅を含め今後も太陽光発電の導入が続くのは確実で、3年後の2027年には1000時間に達すると、世界的なシンクタンク、ブルームバークNEFは予測している。
太陽光発電の導入が顕著になってきている米国でも傾向は同じだ。特に、再生エネの導入の最先端であるカリフォルニア州は、すでに18GWの太陽光発電が設置されていて、天気の良い昼間でのマイナス価格はごく普通に見られる。今年前半のマイナス価格時間は1000時間を超えていて、全体の4分の1の時間がマイナス価格であった。
カリフォルニア州の7月24日の電源構成(出典:Engaging Data)
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上記のグラフは、カリフォルニア州の7月24日の電源構成を示している。縦軸が発電容量(GW)、横軸が24時間である。朝6時から夜の8時近くまで太陽光発電(黄色)が電気を生み出していて、発電能力は20GWに迫っている。太陽光発電を横切る黒い点線が需要なので、昼間は長い間に渡って供給が需要をオーバーしていることが分かる。ここでマイナス価格が発生している。ただし、この7月24日は決して特異な日ではなく、他の日もほぼ同様の構成である。
もう少し詳しくカリフォルニア州の電源構成を見てみよう。
グラフをよく見ると縦軸のゼロより下があって、朝7時から夕方にかけて、青紫の領域が下に膨らんでいる。これは、蓄電池による充電を示している。需要を超えて余った電力を蓄電池に貯めていることが分かる。その電気がどうなるかというと、同じ青紫の領域が、17時以降から深夜近くまで縦軸の40GWあたりに大きく広がっている。こちらは、蓄電池からの放電である。
カリフォルニア州では、州政府の積極施策として蓄電池の導入が急速に行われていて、容量は10GWを超えている。その蓄電池が昼に余った電力を夜に融通する役割を果たしているのである。
日本の最低価格0.01円はむしろ例外、マイナス価格の効用とは
ポイントは、カリフォルニア州では余剰電力を蓄電池に貯める時は、その電気がマイナス価格ということである。つまり、充電するだけでお金がもらえるのである。蓄電池導入のモチベーションが飛躍的に高まる。
日本では、蓄電池の普及がほとんど進んでいないため、供給が需要を上回ると「出力抑制」が実施される。九州地方が最も頻繁で、2023年度は、太陽光と風力発電の発電量のうち7%弱の抑制が想定されている。日本も蓄電池をどんどん導入すればよいと思うのが自然であるが、実は条件が違う。
日本には、マイナス価格が存在しない。いくら需要が足りなくても、市場価格は1kWh最低価格0.01円を下回れないことになっている。マイナス価格は、消費者にとってみると魅力的に映るが、発電事業者にとってみると、ある意味“悪夢”であろう。せっかく発電した電気を、お金を払って引き取ってもらうのであるから。
こうした立場を考慮してか、日本では、「ひずみ」と称して困り事とする報道も目立つ。しかし、本当にそうであろうか。
まず、マイナス価格は、ある商品を市場に委ねた結果として生まれるものであり、自由経済の自然の結果である。その時、電気を使えばお金がもらえるので、本来、需要が薄いマイナス価格の時間に電気を使おうという動機が生まれる。例えば、蓄電池の導入検討である。他にも工場の稼働時間を昼に移動させたり、昼間の生産を増やしたり、という方法もあり得る。こうして、マイナス価格は自然に解消へと向かうことになる。多くの先進諸国でマイナス価格が採用されている理由もここにある。
こう考えると、日本の最低価格0.01円は人為的につくられたもので、こちらの方が不自然である。マイナス価格が解禁されると、原発など柔軟な運転ができない発電や化石燃料による発電施設は、市場の力で退出させられる可能性が増してくる。もちろん、再生エネ発電も同様の条件となる。
しかし、いつまでも政府の規制やコントロールばかりに頼るのではなく、“市場に委ね、シグナルに耳を傾け”、蓄電池の普及、送電線の拡充などの施策と併せて、脱炭素の実現を進めることが必要であると考える。