平等、人権のすべては家から始まる――イケアが日本で産官学のコラボアクションを進めるわけとは
- Interviewee
- ペトラ・ファーレ イケア・ジャパン 代表取締役社長 兼 CSO
- Interviewer
- 青木茂樹・サステナブル・ブランド国際会議 アカデミック・プロデューサー/ 駒澤大学 経営学部 市場戦略学科 教授
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家具をはじめ、さまざまな家庭用品を取り扱う“ホームファニッシング カンパニー”として、世界63の国と地域で、実店舗とオンラインストアを展開するイケア。その歴史は1943年、スウェーデンの南部、スモーランド地方のエルムフルトという小さな町で始まった。北欧ならではの洗練されたデザインと機能性を兼ね備え、価格帯も手頃なその商品は、日本でも多くの生活者の心をつかんでいる。
イケアが、グローバル全体で掲げるビジョンは、「より快適な毎日を、より多くの方々に」。2030年に向けては、人々と社会、そして地球に対してポジティブな影響をもたらすためのサステナビリティ戦略を掲げ、脱炭素や循環型経済、そしてDE&Iの推進に力を入れる。欧州はもとより、世界でも有数のサステナビリティ先進企業である同社の原動力はどこにあり、日本のイケアではそれがどのように発揮されているのか――。
2021年からイケア・ジャパンの代表取締役社長、そしてチーフ・サステナビリティ・オフィサーを務める、スウェーデン出身のペトラ・ファーレ氏に、青木茂樹・サステナブル・ブランド国際会議 アカデミック・プロデューサーが話を聞いた。
家での暮らしを通じて、より快適な毎日を多くの人に届けたい
青木茂樹 サステナブル・ブランド国際会議 アカデミック・プロデューサー(以下、青木):コロナ禍の2021年にイケア・ジャパンの代表取締役社長兼CSOとして来日されました。最初にこのミッションをどう受け止められましたか?
ペトラ・ファーレ イケア・ジャパン代表取締役社長 兼 CSO (以下、ファーレ):日本はアメージングな国。スウェーデン人は日本がとても好きで、日本人もスウェーデン人を好きと聞いています。日本に行くことを聞いた時には、家族でジャンプして喜びました。そして、私たちイケアは、「より快適な毎日を、より多くの方々に」というビジョンを持っていますから、やはり、家での暮らしを通じて、より快適な毎日をお届けしたい。日本では、家の中は“聖域”と言いますか、家でのプライバシーをとても重んじるカルチャーがありますが、その中で、いかにより快適な毎日をより多くの方々にお届けできるかということを第一に考え、そこに向かって全力でアクセルを踏んでいきたいと思いました。
青木:そこから3年が経ちました。イケア・ジャパンにとって、この3年間はどのような時期だったでしょうか?
ファーレ:最初の1.5年はコロナ禍で、日本だけでなく、世界中が、チャレンジの多い、大変な時を迎えていたと思います。ありがたいことにイケアの場合、コロナ禍においても規模を縮小することはなくて、日本では逆に、原宿、渋谷、新宿と、都心型店舗を3店舗増やしました。家というのは、何よりも大事な場所であり、そこでの生活必需品を販売するリテーラー(小売業者)として、営業を続けられたのはとても幸運だったと思います。一方で、アプリや、オンラインでの買い物のしやすさにもしっかりと取り組んできました。
都心の3店舗は、日本独自のイノベーションハブ
青木:日本では都心型店舗を増やす傍ら、オムニチャネル化を推進されてきたのですね。それらはイケアジャパン独自のスタイルなのでしょうか?
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2024年8月に“よりインスピレーションあふれる店舗に”とリニューアルしたIKEA渋谷と、その店内にできた、世界のイケアで初となるイケアファンショップ
ファーレ:同じ都市の中の近い距離に3店舗があるというのは、他の都市にはない日本独自のスタイルです。日本のお客さまのイケアの店舗やサービスに対する期待値は非常に高く、実際に商品を買っていただきながら、お客さまと一緒にその店のコンセプトを作っていこうというところがあります。そうした観点で東京の都心型店舗は、3店舗がそれぞれイノベーションハブと言えるような店舗になっています。
オムニチャネル化の目的は、お客さまのニーズにお応えすることです。特にいま、日本では、円安で、海外旅行に出掛ける方も少なくなる中で、いかに快適に、より身近なところでいろいろな物が手に入るかということは非常に重要な要素です。暮らしのアイデアやインテリアデザインのヒントなどを紹介する動画を見ながら商品を購入していただける、イケアライブも、季節感を大事にする日本の生活者に合わせた独自の内容をお送りしています。家での暮らしのパートナーであるイケアとしては、店舗での買い物体験と、デジタルでの買い物体験の両方をお客さまにお届けしたいと考えているのです。
日本国内で最も環境負荷の低い店、前橋店のいちばんの“推し”は、人
青木:実店舗では今年1月、「日本国内で環境負荷が最も低い店舗運営を目指すイケアストア」として、IKEA前橋を開業されました。これまでの店舗や物流センターでのサステナビリティの取り組みを集約し、日本の店舗で初めてLEED GOLD ®認証※を取得されたそうですね。ファーレ社長ご自身が考える、IKEA前橋のいちばんの“推し”はどこにありますか?
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2024年1月に開店したIKEA前橋。屋上にはソーラーパネルがびっしりと設置されている
ファーレ:それはやはり、ピープル、人です。お客さまに関しては、1月にオープンしてから9月末時点で150万人以上の方にお越しいただいております。そして、コワーカー(従業員のこと。イケアでは従業員のことをコワーカーと呼ぶ)で言いますと、70%が、前橋近隣の地域で新しく採用した方々です。ですので、人というところをいちばん最初に言いたいです。
またおっしゃる通り、IKEA前橋では、これまでイケアが、日本を含め、世界中の店舗で進めてきたサステナビリティに関する取り組みの知見を集約し、最新のソリューションを提供しています。例えば、パリ協定の1.5度目標を目指すために大事なエネルギーですが、イケア・ジャパンでも再生可能エネルギーに取り組んでおりまして、細かい数字になりますが、IKEA前橋では今、合計で2274枚のソーラーパネルを設置し、日によっては使うエネルギーよりも多くの電力を生み出しております。水に関しても、雨水を使用した最新の節水型トイレを導入し、ごみの削減についても、食品廃棄物の徹底した最小化や、店舗から排出されるごみの分別に取り組み、循環型ビジネスへの移行を推進しています。
青木:なるほど。イケアのサステナビリティを地域に根差した形で凝縮されているのがIKEA前橋なのですね。社内でそうしたサステナブルな取り組みを進めることと、それを生活者に伝えることのバランスについてはどのようにお考えですか?
ファーレ:それは両方が重要です。なぜなら社会においては今、気候変動と生物多様性の損失、そして持続可能ではない消費によって格差が広がっているという大きな課題があります。その中で温室効果ガスの排出量に関しては、3分の1が人々のライフスタイルに直結することがデータとして分かっています。つまり、一人ひとりがいかに健康でサステナブルな暮らしを送るかということは、気候変動にも関わることなのです。
※米国グリーンビルディング協会が開発・運営する、人や環境に配慮した建物を評価する、国際認証制度。LEEDは、Leadership in Energy & Environment Designの頭文字を指す
平等や人権の問題は、すべてが「家での平等」に始まる
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青木:また貴社は2014年から日本を含む世界40カ国以上で、家での暮らしについての調査を行っているそうですね。そこから、日本ではグローバルと比較して、まだまだ家事の負担が大きく女性に偏っていることが分かり、今年の調査では、パートナーと同居している、35〜49歳の女性の、実に31.7%が、「家での暮らしに不満を感じる」と回答していたと知りました。こうした結果をどのように分析されていますか?
ファーレ:日本では70%の家庭が共働きである一方、伝統的に、女性の方がより家事や育児を担っている現状があります。お弁当を作ったり、子どもの世話をしたりですね。同年代の男性に比べると、女性の方が2.5倍、家事を行っているという結果も出ています。しかしながら、1人の女性が仕事も家事も全てを行うのは不可能に近いことです。どういうふうに家での責任を、家事や育児を分担してやっていくのか、まずは対話をすることがとても大事です。
青木:そのために、イケア・ジャパンでは、毎年8月1日を「やっぱり家の日」と定めているそうですね。今年の「やっぱり家の日」には、産官学の協働で、2050年に向けた未来の家での平等について考える取り組み「Life at Home2050」を始動すると発表されました。具体的にはどのように取り組まれるのでしょうか?
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イケア・ジャパンが今年7月、家での快適さや満足度についてパートナーと同居している男女に実施したアンケートで、「家での暮らしに不満がある」と回答した割合の比較(左)。こうした結果を受け、「Life at Home 2050」ではワークショップなどを通じて2050年の家での平等のあり方を模索し始めたところだ
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ファーレ:ジェンダー平等は人権の問題です。平等や人権の問題は、職場や社会の至るところにありますが、それらはすべて「家での平等」に始まると私たちは考えています。日本では「やっぱり家の日」を設け、みんなでこのことについて考える時を作りましたが、やはり年間を通じて考え続ける必要がありますので、今年、イケア・ジャパンの新しい取り組みとして、「Life at Home2050」プロジェクトを立ち上げたのです。
具体的には、イケアのイノベーションアプローチ(まずは大きな課題=ここでは「家での平等」=を見つけ、その課題がより多くの、一人ひとりの人たちにとってどういう状況にあるのかを考えた上で、解決に向けたアイデアを出していく手法)を取り入れ、ステークホルダーと共に5カ年計画で、「共有」「学び」「アクション」を繰り返すことによって、よりインパクトのあるアクションを生み出そうとしています。
アクションの先に考えているのは、2050年にはこうあってほしいという、新しい、家での平等のかたちです。これが2030年ですと、近い将来過ぎて、根本的な変化を起こすには、難しいかもしれず、より長期的な観点を持って臨むことが大事だと考えました。2050年へと視野を広げることで、もっと自由で、大胆に、私たちが望む未来を私たち自身でつくっていくことを目指しています。
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青木:正直に言いますと、日本企業はコラボレーションが下手で、行政が旗を振ればついていくけど、なかなか持続しないといった面があると思います。いち民間企業である貴社がリーダーシップを取られ、かつ、長期的に進めていかれようとしている今回のプロジェクトはすごく面白いと思うのですが、この発想はどこから出てきたのでしょうか?
ファーレ:ジェンダー平等に関しては、人間のエモーショナルな部分を変えていくことと、合理的な状況を整備していくことの両方が必要になります。平等は人権の問題であり、私たちは、すべての人々が、同じキャリア形成の機会を享受できる環境を、つまりは、「人生における機会」を持つことがとても大事だと考えています。イケア・ジャパンでは2020年に、管理職のジェンダー平等を達成しました。このような、職場におけるシステマティックな変化はビジネスの成長につながっていくんですね。
その上で、社会においては、みなが連帯感を持って、合理的な仕組みをつくっていくために協働していくことが重要です。日本の場合、少子化で出生率が下がり続け、労働市場が縮小している現状がありますが、性別に関係なく同一賃金であれば、13兆円の経済効果があり、GDPの成長率も20%近く上がるんではないかと言われています。そのためにはやはり「家での平等」が変わる必要があります。例えばお弁当はお母さんが作るというようなことは小さな話に聞こえるかも知れませんが、そこが変わらないと駄目なんじゃないかと私は思います。コロナ禍をきっかけに在宅時間が増え、もっともっと子どもと一緒に時間を過ごしたいと思うようになった男性は多いでしょうから、今は変化の時ではないでしょうか。
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青木:そうですね。私自身も自戒を込めてそう思います。日本は、世界経済フォーラムが毎年発表する「ジェンダーギャップ指数」においても、2024年は146カ国中118位と、世界の中で後れています。一方、スウェーデンは世界5位とジェンダー平等においても先進国の一つですね。この背景には国としての政策や制度の違いが大きいのでしょうか。
ファーレ:スウェーデンでは1970年代に個人課税が導入されたことで女性の労働市場への参入が本格化し、育児に関する公共サービスが整っていった経緯があります。日本でも育休制度に関しては非常に良いシステムがありますよね。日本の男性の80%が実は育休を取りたいんだと言っているとも聞きました。そのジレンマを打ち払うには、やはり、賃金におけるジェンダーギャップをなくすこと。育児休暇を取得する権利はすべての人が同等に持っている必要があり、企業としての責任は非常に大きいものがあります。そして、個人的には、育児がいかにクールでかっこいいことであるかを伝える要素も重要じゃないかと思っています。
「お母さんも分からないから、一緒に答えを見つけようよ」と子どもに伝える
青木:今年の「やっぱり家の日」のイベントでは、ファーレ社長が「私たちは家が世界で最も重要な場所であり、家は人生が本当に始まる場所であると信じている」と語られていたのがとても印象的でした。少し個人的な質問になりますが、ファーレ社長はスウェーデンのどのような“家”でお育ちになり、今の原点となるお考えが形成されていったのですか?
ファーレ:私の母はとにかくなんでも自分でやる人。料理もするし、ペインティングも、絵を描くとかでなく、壁を塗るんですよ。両親は、2人とも働きながら、育休も分担して取っていました。そういうシステムがちゃんとあったんですね。とにかく、女性だからという理由で何かができないということは一切なくて、私自身、サッカーをずっとやっていましたし、いとこや親戚、友人の家族たちにも囲まれて、一言で言うなら、幸せを感じる家でした。そして、子どもの時から、何かを決めるタイミングには必ずその選択に巻き込んでもらっていたことが大きかったですね。例えば、ディナーは何にするか、どんなソファーを買おうかといったことに始まって、選挙といった社会的なトピックにも意見を求められることが小さい時からありました。
青木:日本では、答えがあるのが教育になってしまっていますから、おそらく、お母さんが先に答えを教えてしまうパターンが多いでしょう。スウェーデンでは、親は子どもの意思決定を応援する風土がある。それは素晴らしいことですね。
ファーレ:スウェーデンでは、イケアの“キーバリュー”の一つでもある「連帯感」をとても大事にします。一つの問いに対して、どうやってみんなで模索をし、協働していくか、というところは大きな鍵です。子どもから何か質問されると、「お母さんも分からないから、一緒に答えを見つけようよ」とよく話すんですね。大事なのは、子どもの探究心や、興味関心を育てること。そして、家族においても、パートナーシップが非常に大事だなと思っています。教育においてももちろん、パートナーシップの考えはすごく重要です。
カエルがピョンと飛び跳ねるように、変革をリードする役割を果たしたい
青木:貴社のグローバルサイトを拝見しますと、社会起業家とのコラボレーションを大変積極的に進めておられます。これについても今、ファーレ社長がおっしゃったような、連帯感やパートナーシップを会社として重要視していることの表れでしょうね。
ファーレ:世の中にはたくさんのコミュニティがあり、素晴らしいスキルや能力を持っている方が多くいます。その中で、もっとスケールを大きくしていくために、ビジネスのメカニズムが必要だというものに対して、コラボレーションさせていただいています。そうした中で一つご紹介したいのは、私たちイケア・ジャパンの親会社で、世界31カ国でイケア店舗を運営するIngkaグループが、9 月末にニューヨークでローンチした、「Action Speaks」という、気候変動対策を加速するための新たなオープンソリューションプラットフォームです。ポイントはやはりコラボにあり、1社では解決できないものをいかにみんなで協働していくかという、まさにイケアバリューを体現する取り組みです。
またIngkaグループでは社会起業家とのコラボによるビジネスモデルを活用し、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)とともに、難民の人たちを支援する「雇用のためのスキルプログラム」にも力を入れています。2019年以来、このイニシアチブを通じて24カ国の2900人以上の方々を支援し、その70%以上が、イケアを含め、企業で働く機会を得ました。2027年までにさらに3000人のアップスキル(または雇用)を目指すというコミットメントも表明しています。ただ日本においては公式な難民という方々は少ないですので、立場的に弱い方々、シングルマザーの方々をどういうふうにサポートしていけるか、といった取り組みも進めています。
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青木:最後に、イケア・ジャパンの社長として、任期中にこれだけはやっておきたいという抱負がありましたら、お願いします。
ファーレ:お客さまがよりサステナブルな暮らしができるように、もっともっと取り組んでいきたいですね。日本は、ジェンダー平等などの面でまだまだ課題は大きいですが、リープフロッグ(日本語で“カエル飛び”。ビジネス領域においては、通常の段階的な進化を飛び越して一気に最先端の技術に到達してしまうことを指す)のような状況にあり、生活者が意識を変えれば、ジャンプをするのは速いのではないかと思います。そして、生活者だけでなく、政府や自治体、NGO・NPO、企業、アカデミア、メディアなどあらゆるステークホルダーの皆さんが、一緒に意識を高められるような取り組みができたら、すぐにでもトップカントリーの一つになるんじゃないでしょうか。私たちイケアも「Life at Home2050」の枠組みを活用し、カエルがぴょんとジャンプするように、日本の人たちのジェンダー平等に対する意識や、職場や社会の仕組みを変えていけるよう、リードする役割を果たしていきたいと思います。
文:廣末智子 撮影:高橋慎一