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サステナブル・オフィサーズ 第53回

伊藤忠の強さを支える三方よし①一般炭権益から完全撤退  2040年までに「オフセットゼロ」実現へ――小林文彦・伊藤忠商事副社長CAO

Interviewee
小林文彦・伊藤忠商事代表取締役 副社長 執行役員 CAO
Interviewer
足立直樹・サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー

近江国(現在の滋賀県)に本宅を置き、天秤棒を担いで、他国へと行商して歩いた近江商人。その商いの精神が、「売り手よし、買い手よし、世間よし」を理念とする「三方よし」にあったことは広く知られている。そうした代表的な近江商人であった初代、伊藤忠兵衛が安政5(1858)年、大阪や紀州で麻布(まふ)の「持ち下り」の商いを始めたのが、今や世界62の国と地域に拠点を持ち、人々の暮らしに欠かせない分野において幅広い事業を展開する総合商社、伊藤忠商事の起こりだ。「三方よし」の精神は今、世界の課題解決に貢献するビジネスを実現する上で再び脚光を浴び、同社も昨年4月、初心に立ち返る意味からも企業理念を「三方よし」に改めている。創業160余年。コロナ禍において、近江商人の教えは同社のなかでどのように息づき、活力の源になっているのか。小林文彦副社長にインタビューした内容を2回に分けて紹介する。1回目のテーマは、新しい企業理念「三方よし」と、脱炭素戦略について。日本政府の目標を遵守するとともに、供給責任を果たしながら脱炭素の道筋を定めた同社の思いとはーー。

ビジネスの姿勢を「三方よし資本主義」に

足立:御社は昨年4月、企業理念を1992年に策定した「豊かさを担う責任」から28年ぶりに「三方よし」に改訂されました。この言葉は、初代伊藤忠兵衛の座右の銘であった「商売は菩薩の業(行)、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの」をもとに、近江商人の経営理念を表現したものですが、今あらためて創業者の思いに立ち返られたのはなぜでしょうか。

小林:私ども伊藤忠商事の創業者である近江商人は、行商、いわゆる天秤棒に象徴される商売がその起源です。主に中山道を中心に商品のサンプルを持って行き来し、お客さまにそれを見せ、気に入っていただけば、注文を受ける。そして、産地から商品をお届けした後に代金をいただくというものでした。つまり、商人自身が信用されなければ、商売は成り立ちません。行く先々で、地元の信用を得、その信用をベースに商いを広げてきたのです。

そのなかで生まれたのが「三方よし」の精神です。売り手も買い手も世間も、みんなが幸せでなければ商売は継続できません。今、世の中もこれまでの株主資本主義からステークホルダー資本主義へと変わりつつある流れのなかで、当社でもそうした潮流と合致する「三方よし」をいま一度、基本理念に据えることとしたのです。

それとともに、ビジネスの姿勢を「三方よし資本主義」とすることも提唱しています。「三方よし資本主義」とは、われわれが尊重すべきは株主だけでなく売り手も買い手も世間にとってもいい「三方よし」であるとする資本主義であり、株主はそのなかの一つです。これはSDGsの精神とも合致するものです。中期経営計画の二本柱の一つに「SDGsへの貢献・取組強化」を定め、それに符号するものとして、「三方よし資本主義」の信念を示しているのもそのためです。

足立:日本企業でもCSRの取り組みが進み、サステナビリティの潮流が広がるなかで、「三方よし」という言葉がよく知られるようになりましたね。しかしながら、自由主義経済とどう折り合いをつけるのか、「世間よし」の「世間」とはどこまでを指すのか、と指摘する声も聞かれます。そこの辺りはどのようにお考えでしょうか。

小林:それは、私の中では整理できています。SDGsだとか、三方よしだとかいう言葉が先行し、また「もはや株主資本主義ではない」というようなきれいごとを言っても、利益を確保することができるのか、という批判があるのは承知しています。しかしそのような指摘はコロナ禍でその存在感を薄めたのではないか、と考えています。コロナ禍で世界中みんなが苦しんだことで、基本的に人間の心に大きな変化が生じたのではないかと思います。

コロナ禍を筆頭にわれわれが今、苦しんでいる問題、例えば差別やテロ、災害などもそうですが、これらはほとんどが世界共通のものです。しかもこのインターネットの発達した世の中にあって、われわれはそれを瞬時に、同時に、リアルに感じることができる。そこから、すべての大きな問題を人々が自分のことであるかのように引き寄せて感じる全世界共通の認識が生まれているのではないでしょうか。この共通認識は強烈にSDGsの文脈をクローズアップさせます。われわれのビジネスも世の中の人たちが自分たちの問題として、親和性を持って考えられるものでなければ認められる余地はありません。SDGsに取り組むのは避けられない話であって、人類や地球の生存戦略に対して納得性のあるビジネスでないと、人々は拒絶反応を起こす。そういう共通認識が形成されつつあると考えます。

足立:なるほど。日本企業のなかには、SDGsに関しても横並び意識が強く、もちろん、気候変動などは取り組まなければならない重大な問題だけれども、それが本当に利益に結びつくのか。果たしてそこに価値を生み出せるのか。あるいはお客さまが共感してくださっても、そこにお金を落としてくれるのかという話が出てくる。きっと御社の場合も、株主から、それで儲かるのかという質問はあるのではないかと思います。そういう質問に対してはどのようにお答えになっているのでしょうか。

2040年までに「オフセットゼロ」目指す

小林:基本的になんでも同じ時間軸で考えるから、そういう思考が出てくるのではないでしょうか。大事なのは、それぞれの社会課題に対してタイムテーブルが違うということです。

例えば化石燃料の取扱削減ということでいうと、当社は今般、発電用燃料である一般炭から完全に撤退しようとしています。ただ、未だ世界では多くの発電施設が一般炭で発電を行っていますし、われわれを含めた商社も、一般炭によりそこで暮らす人々の日常生活に安定して電気を供給してきました。ですから、それを一気に全部やめてしまうことはできません。われわれには供給責任があり、人々の日常生活に支障をきたすことがないように、一定の移行期間のなかで徐々に取捨選択をしていくということをしなければならないわけです。そうした中長期的な観点が重要だと思います。

足立:そうですね。そうすると、いま一般炭から撤退されようとしているというのはあくまで新規の計画についてのお話ですか。

小林:いえ、当社は今般、伊藤忠のなかでも最大石炭権益である南米コロンビアの一般炭権益の売却を実行し、2023年度までには他の権益を含め一般炭権益から完全撤退することといたしました。これは、われわれが脱炭素社会を目指すのだということを示す大きな決断です。それと同時に当社が関わっている事業会社も含め、一般炭も含んだ全ての化石燃料事業と権益のGHG(温室効果ガス)排出量について、2021〜2023年度の「中期経営計画」のなかで、その総量と削減計画を業界で初めて開示いたしました。

開示内容の通り、当社のすべての化石燃料事業と権益のGHG排出量は2018年度は3700万トンに上るのですが、今般のコロンビアでの権益の売却によって2021年度には2100万トンにまで削減します。さらに2023年までにその他の一般炭権益も売却し、さらなるGHG排出量の削減を実現します。

伊藤忠グループ全体では、スコープ1、2、3と事業会社の化石燃料事業・権益の排出量において、2030年までに2018年比で40%削減することで日本政府の中間目標を遵守し(※2030年までの日本政府目標である2013年比46%削減は、2018年を基準にすると39%削減となる)、さらに2040年までに脱炭素化に向けたさまざまなGHG削減に貢献し得るビジネスの拡大により、排出残余分を差し引きゼロとする「オフセットゼロ」を目指します。

このように化石燃料の取扱削減の計画をロードマップも含めて開示しています。一方このことはとりもなおさず、これまで私どもが供給していた電力などに対する供給責任にどう対応していくのか、また、そこから得ていた利益をどこで補填するのかという問題を同時に解決しなくてはならないということになります。水素やアンモニアといったビジネスはまだまだ時間がかかりますし、収益に至るのはずっと先だと思いますが、それでもまずはどこかで始めなければいけません。今回の中期経営計画のなかでは水素やアンモニアによる次世代燃料バリューチェーンの構築を掲げており、水素ステーションの展開など、新たなビジネス機会の創出を目指しています。

足立:脱炭素のスケジュールについては、日本政府は昨年、2050年実質ゼロを公言し、さらに先般、2030年までに2013年度比で46%削減を発表しましたが、この「46%減」という数字だけが一人歩きしているようにも感じています。実際これを実現するには、各社がエネルギー源をどうしていくかというところで、再生可能エネルギーを倍増どころか数倍増やさないと達成できません。御社でもこれについては検討なさっているということですか。

小林:当社でも太陽光、洋上・陸上風力、世界最大級の地熱発電などを保有し、開発しています。もちろん再生可能エネルギーへの転換を進めていかなければいけないのですが、再生可能エネルギー供給の安定化のために蓄電システムは不可欠で、その事業展開に力を注いでいます。また、お伝えした通り、水素・アンモニアといった次世代燃料の開発と普及への取り組みも発表しています。この4月に社長COOに就任した石井敬太は蓄電システムや新世代エネルギーのスペシャリストです。今後は全社のなかで最もプライオリティーの高い事業領域となっていきます。

足立:商社は、もともとあらゆる事業において、長期的な視点でビジネスをやってこられたと思います。エネルギー資源に関する事業などは特にそうで、5年10年ですべてが終わるようなプロジェクトはなく、常に30年位先を見据えて計画されてきたのではないでしょうか。今後の方向としては代替エネルギーに向かっていくことは間違いではないでしょうし、国際的に見れば、代替エネルギーのコストはどんどん下がっています。そういう意味でも、長期的な計画が立てやすい分野です。ぜひ、御社のような商社から、これまで私たちが気づかなかったような新しい仕組みといいますか、トランジションプランが出てくることを期待しています。

文:廣末智子 写真:高橋慎一

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小林文彦(こばやし・ふみひこ)
小林文彦(こばやし・ふみひこ)

伊藤忠商事 代表取締役 副社長執行役員 CAO
1980年4月伊藤忠商事入社。2010年4月執行役員総務部長、2011年4月執行役員人事・総務部長、2013年4月常務執行役員、2015年4月CAO、2015年6月代表取締役常務執行役員、2017年4月代表取締役専務執行役員、2018年4月 CAO・CIO、2021年4月より現職。「働き方改革」の施策を次々に担い、「働きがい」のある会社への先駆的な取り組みを強力に推進。2013年からの「朝型勤務」、2017年からの「がんとの両立支援施策」など。社員一人ひとりが能力を最大限発揮することで、労働生産性向上を実現。

インタビュアー足立 直樹(あだち・なおき)
足立 直樹

サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役 / サステナブルビジネス・プロデューサー

東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) 理事・事務局長。CSR調達を中心に、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。