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サステナビリティ 新潮流に学ぶ

第7回 :揺らぐ世界の底流に見えるもの(2)排他から包摂へ(国連2030アジェンダの核心)

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SB-J コラムニスト・古沢 広祐

平和への願いを現す、国連ビル内の壁画(2015年9月、筆者撮影)


前回ふれた世界が模索する共有価値について、少し詳しく見ていきましょう。「世界がぜんたい幸福にならないうちは 個人の幸福はあり得ない」。この言葉は宮沢賢治の『農民芸術概論』の中の一文です。賢治の言葉は、人間世界のサステナビリティの在り方を端的に表現しています。

人間は一人だけで生きていくことはできません。集団を形成し、社会を築き上げて世界を成り立たせてきました。世界は私たち一人ひとりから成り立ち、日々揺れ動きながら社会が形成されています。

長い人間の歴史を振り返ると、あつれきと対立を数多く生み、争いが起き、そこでは尊い命さえもが多数失われてきました。憂いと苦しみを乗り越えて安定が模索され、今日のサステナビリティの思想へと結実してきました。

その思想は賢治の言葉にも示される「排他から包摂へ」の思想ですが、それはこれまで紹介してきた国連の「2030アジェンダ」の宣言文においても、次のように示されています。

(前略)
我々の世界を変える行動の呼びかけ

49 .【国連とそれを支える価値観】70年前、以前の世代の指導者たちが集まり、国際連合を作った。彼らは、戦争の灰と分裂から、国連とそれを支える価値、すなわち平和、対話と国際協力を作り上げた。これらの価値の最高の具体化が国連憲章である。

50.【新アジェンダの歴史的意義】今日我々もまた、偉大な歴史的重要性を持つ決定をする。我々は、すべての人々のためによりよい未来を作る決意である。人間らしい尊厳を持ち報われる生活を送り、潜在力を発揮するための機会が否定されている数百万という人々を含む全ての人々を対象とした決意である。我々は、貧困を終わらせることに成功する最初の世代になり得る。同様に、地球を救う機会を持つ最後の世代にもなるかも知れない。我々がこの目的に成功するのであれば二〇三〇年の世界はよりよい場所になるであろう。

人権・教育、文化の注目すべき動き

2030アジェンダの野心的な言葉の一端が示されていますね。内容には、注目したいキーワードが幾つもありますが、その一つに「包接する」(inclusive:含みこむ、包接的な)という言葉が注目されます(全文では40ヵ所、17の大目標では6ヵ所ほど記載)。

この言葉は、教育や人権、弱者や障害者の社会包接において近年とくに多用されるようになりました。国連との関わりでこの分野の歴史的動向について見ると、時代的な推移のなかで2030アジェンダに集約されてきた様子を読みとることができます。

とくに重要なのは、戦後の世界人権宣言(第26条、1948年)、経済・社会・文化的権利の国際規約(1966年)、子どもの権利条約(1989年)、万人のための教育への一連の動きや障害者権利条約(2006年)、先住民族の権利に関する国連宣言(2007年)などの一連の動きで、こうした積み上げが2030アジェンダに結実しています。

教育に関しては、「万人のための教育」の理念が継承され、障害者の権利とも重なり合ってインクルーシブ教育(障害と健常の差別を克服する教育理念)の流れとして、「誰一人取り残さない」という理念が2030アジェンダの中核に打ち出されたのでした。

もう一つ注目したい流れとしては、経済、環境、社会の3つの柱に「文化」を組み入れる動きです。これは、主にユネスコを軸にした動きで、サステナビリティと教育を結びつける2005年国連総会での「持続可能な開発のための教育(ESD)の10年」採択の動きや、生物・文化多様性にかかわる新たな動きです。そして、具体的には2030アジェンダの策定過程で「持続可能な開発のための文化(文化と開発)」がユネスコ執行委員会によって提起されています。

もともと1995年にユネスコの「開発と文化に関する世界委員会」によるレポートや国際会議の積み上げがあり、具体的には2002年のヨハネスブルク・サミットで採択された実施計画の中に、持続可能な開発のための不可欠の要素の一つとして、文化多様性が組み入れられたのでした。

その前後の動きとして、「文化多様性に関する世界宣言」(第31回ユネスコ総会、2001年11月)とその延長線上で国際条約となった「文化多様性条約」(文化的表現の多様性の保護と促進に関する条約、2005年採択)があります。とくに持続可能な発展と文化多様性との関連性が重要なので、「文化多様性に関する世界宣言」の一節を見ましょう。

(前略)
アイデンティティー、多様性及び多元主義

第1条 文化的多様性:人類共通の遺産
 時代、地域によって、文化のとる形態は様々である。人類全体の構成要素である様々な集団や社会個々のアイデンティティーは唯一無比のものであり、また多元主義的である。このことに、文化的多様性が示されている。生物的多様性が自然にとって必要であるのと同様に、文化的多様性は、交流、革新、創造の源として、人類に必要なものである。この意味において、文化的多様性は人類共通の遺産であり、現在及び将来の世代のためにその重要性が認識され、主張されるべきである。

第2条 文化的多様性から文化的多元主義へ
 地球上の社会がますます多様性を増している今日、多元的であり多様で活力に満ちた文化的アイデンティティーを個々に持つ民族や集団同士が、互いに共生しようという意志を持つとともに、調和の取れた形で相互に影響を与え合う環境を確保することは、必要不可欠である。すべての市民が網羅され、すべての市民が参加できる政策は、社会的結束、市民社会の活力、そして平和を保障するものである。この定義のように、文化的多元主義を基礎とすることで、文化的多様性に現実的に対応する政策をとることが可能である。文化的多元主義は、民主主義の基礎と不可分のものであり、文化の交流と一般市民の生活維持に必要な創造的能力の開花に資するものである。

実はこの世界宣言が出された直前に、9.11同時多発テロが起きています。時代背景としては、20世紀末の冷戦終結後にイデオロギー・政治体制の対立から民族対立や文化・宗教的な対立が顕在化しだしたことがあり、象徴的には『文明の衝突』(ハンチントン著1998年邦訳)が話題となった状況があります。

世界宣言は、文明の衝突や文化・宗教的な対立という相克と敵対関係を浮かび上がらせる偏見と誤謬を批判し、多様性を尊重し多元的な共存の在り方こそが人類のよって立つべき基盤であることを明示したものだったのです。

時代はその後、テロとの戦争へと傾斜し、トランプ時代にまで至っていますが、一方では、文化と人権(世界人権宣言、文化的権利、先住民の権利)や文化と開発(文化遺産、文化創造・産業)といった地下水脈が流れ続けています。

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古沢 広祐
古沢 広祐 (ふるさわ・こうゆう)

國學院大學経済学部(経済ネットワーキング学科)教授。
大阪大学理学部(生物学科)卒業。京都大学大学院農学研究科博士課程(農林経済)研究指導認定、農学博士。
<研究分野・活動>:持続可能社会論、環境社会経済学、総合人間学。
地球環境問題に関連して永続可能な発展と社会経済的な転換について、生活様式(ライフスタイル)、持続可能な生産消費、世界の農業食料問題とグローバリゼーション、環境保全型有機農業、エコロジー運動、社会的経済・協同組合論、NGO・NPO論などについて研究。
著書に、『みんな幸せってどんな世界』ほんの木、『食べるってどんなこと?』平凡社、『地球文明ビジョン』日本放送出版協会、『共生時代の食と農』家の光協会など。
共著に『共存学1, 2, 3, 4』弘文堂、『共生社会Ⅰ、Ⅱ』農林統計協会、『ギガトン・ギャップ:気候変動と国際交渉』オルタナ、『持続可能な生活をデザインする』明石書店など。
(特活)「環境・持続社会」研究センター(JACSES)代表理事。(特活)日本国際ボランティアセンター(JVC)理事、市民セクター政策機構理事など。
http://www.econorium.jp/fur/kaleido.html

https://www.facebook.com/koyu.furusawa

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