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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

食のルーツをたどり知ること “生産者の思い”を映像で伝える、未来に残したい地域の食文化

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あなたが今、口にしている食材はどこからやってきたのか。食のルーツをたどり、知ることは持続可能な食や社会を考える上で、非常に重要な第一歩となる。文化庁委嘱日本遺産映像専門家の楠健太郎さんは広島県を拠点にコロナ禍で奮闘する牡蠣の養殖や酪農などの生産者を丹念に撮影し、無償で編集、譲渡している。生産現場の後継者が減少し、食文化の消滅に対する危機が迫っているなか、映像で記録し多くの人に伝えていくことに大きな価値が見えてくる。映像作家・楠さんへのインタビューを通じて、食文化を記録する現場を追った。 (井上美羽)

楠健太郎 (くすのき けんたろう)
LIFECT代表。 制作会社で10年間、ブライダルを中心に映像制作の経験を積んだ後、2014年に独立しLIFECTを設立。フリーランスとして、テレビCM・企業VP・教育機関・医療機関・インバウンド・地方自治体PRムービー・商品広告・ウエディングなどの映像制作に携わる。国内外15カ国 54都市での撮影実績、受賞歴多数。
LIFECT HP:https://lifect.jp/

地域の魅力を映像で発信

楠健太郎さんは制作会社から独立し広島県福山市を拠点にフリーで活動を始めて今年で8年目、主に地域の魅力を発信する映像を作ってきた。映像制作となると、ディレクター、カメラマン、照明、音声、現場コーディネーターなど、大きなクルーで動くことが一般的だが、彼は企画、ディレクション、撮影、編集まで全てを基本一人で行う。

彼の作品は、ポルトガル国際観光映像祭や日本国際観光映画祭などでも評価され、こうした数々の受賞作がその実力を物語っている。

しかし、2020年のパンデミック到来により予定されていたロケや撮影は延期・中止となり、仕事は激減。そんななか、地元広島県を中心に第一次生産者の映像を作り、生産者へ提供することを思い立った。

そのコンセプトは極めて明快だ。みんなが口にする食材のルーツを映像でたどり、多くの人々に見てもらうこと。「大人の食育」として始まった自主制作『THE ROOTS』は、1年で7人の生産者を記録している。映像では、生産者が自分たちの生産物やその背景について熱く語る様子が描かれている。農業の未来を考えながら広い土地で牛を放牧し搾乳する酪農家、ニンニク一つを娘のように大事に育て世に出すニンニク農家、豊富な栄養を含む瀬戸内海で1年中美味しい牡蠣を養殖する漁師、自己流のスタイルを築き上げて世界の有名シェフにも認められたハーブ農家、メロンを見せながら小学校の授業で食育を行うメロン農家、里山と共生し動物の命をいただくことに真摯に向き合っている猟師、孫の笑顔をみるために愛情を込めて育てるブラッドオレンジ農家――。七人七色の生産者の顔と人柄が、それぞれわずか5分ほどの映像を通してくっきりと浮かび上がってくる。

『土地の広さにあわせた数の牛を飼えば、草と牛とが無理のない共存ができる』という広島県神石高原町の酪農家、相馬充胤さん

生産者の熱量を消費者に知ってもらうために

観光や地域プロモーションの撮影の仕事で頻繁に地方に足を運ぶ楠さんは、現地で農家や繊維などの一次産業に関わっている人と知り合う機会も多かったのだという。

「例えば地域の特産品として、牛丼があれば、牛肉の牛の撮影をするために、畜産農家の元へ行きます。実際に生産者に会って話を聞いてみると、ものすごい熱量でやっていることを知るんです。自分たちの利益よりも、まず良い食材を作りたい、と考えてやっている。でも、彼らの熱い思いは、撮影で実際に現場に行って、カメラを向けて、休憩時にお茶を出してくれる合間に会話をしている自分だから聞ける内容であって、例えばスーパーにその人の肉が並んでいても、そのプロセスや思いは絶対に知ることができません。この思いを消費者に知ってもらうきっかけはないのかと、ずっと考えていました」

そんななか、2020年の春、緊急事態宣言が発令された。

恩返しと楽しみが原動力になる

この活動を始める引き金になったのは、コロナ禍で飲食店が衰退し、飲食店に卸していた食材の行き場がなくなったことだった。「生産者が作物を廃棄している」という話を聞いたことが、楠さんの胸を打つ。

「初めは、恩返しのつもりだったんです。これまで撮影の現場に行くと、野菜や魚を山ほど持って帰らせてくれたり、食事を出してくれたりする方もいるんですよね。だから、仕事でこれまでお世話になった生産者に恩返しをしたかった」

当初は身近な生産者への恩返しとして始めた『THE ROOTS』であったが、1年続けてみて、今は自分のためにやっているのだという。

「生産者の話を聞くのが、とにかく楽しいんです。様々な生産者とのつながりが増え、生産者と接している時間も人数も増えていくなかで、普通のカメラマンとして仕事をしているだけでは絶対に知り得ない知識を得られます。そして、知識をつければつけるほど、土や肥料、作付けの話など、専門的な話もわかるようになってくるので、『あ、だからこうなっているのですね』というちょっと深い話に入れます。聞けば聞くほど楽しくなって、このループにどんどんハマってきてしまいました」

「循環」は目的ではなく結果

生産者の話を聞いて学ぶことは多い。例えば、『THE ROOTS #06 山の神から恵まれたジビエ』に登場する岡田臣司さんは、広島県の里山で狩猟や養蜂も行い自給自足をしながら自然の循環とともに生きているような人だという。

「岡田さんは、鹿を食べたら、その鹿が食べたものが自分の体内に取り込まれるのだという話をしてくれました。例えば、自分たちが環境を汚染すれば、その汚染された草花を鹿が食べ、その鹿を食べることで、自分に還ってくる。その自然の循環にちゃんと向き合って考えている人に初めて出会ったんですよね。環境を守ろう、と表向きにきれいごとを話す人はたくさんいますが、生活のスタイルに落とし込むことができている人、自分の日常が環境に及ぼす影響が、そのまま自分に返ってくることを意識して生きている人は少ないと思います」

『食のことを考えるということは環境のことを考えるのと同義だ』と語る岡田さんは福山市熊野町で里山を守っている

「岡田さんの話を聞くまでは、オーガニックが良いというのは情報として持っていただけで、気にせず添加物の入った食材も口にしていました。自分自身はサステナビリティについて深く考えて実践する人間ではなかったのですが、今飲んでいるコーヒーも、昼に食べたコンビニ弁当も、自分自身が口に入れているものがどこからきているのかを少しずつ意識するようになりました」

また、『THE ROOTS #04 フィリピン人と育むハーブ』に登場する梶谷譲さんには「世界一うまいシーザーサラダを作る」という夢があり、そのために世界一美味しいハーブと卵をつくることを目指してハーブと鶏を育てている。梶谷さんは美味しいハーブを作るために鶏も飼い始めた。その際に、今まで商品にならず廃棄していた無農薬のハーブを鶏の餌として与え、その鶏糞をハーブの土に撒けば、無駄がなく、農園内で健康的で自然な循環が成り立つことに気がついたのだという。

広島県三原市久井町にある梶谷農園。ハーブや家庭で出た生ゴミも鶏にとっては重要な栄養素

「多分、これって順番が逆なんですよね。循環させるために仕組みを作るのではなくて、自分のやりたいと思ったことをやったら最終的に循環になっていた。こちらの方が正しい流れのような気がします」

『楽しくないと続かないじゃん』と話す梶谷譲さん

地元の生産者に目を向ける

コロナ禍で遠くに行けない状況が作用して、広島近郊の地元の生産者にフォーカスを当てることから始まった『THE ROOTS』。現在公開されている7つのストーリーを見ていると、スーパーで並んでいる食材も全て、誰かがこだわりと熱い思いを込めて育てた食材なのだと改めて気づかされる。筆者自身この映像を観ながら「こんなにも多種多様な生産者がこの地域周辺に多くいることに驚いた」と話すと、「今まで生産者に目を向けられていなかっただけだ」と彼は答える。

「どこの地域にも生産者はいるんですよ。ただ、普段スーパーでものを買う人は、生産者、一次産業に対して目を向ける機会がない。でもおそらく全国どこの町でも必ずこの地域と同じくらいの単位で生産者がいるはずです」

広島県内海町田島で牡蠣養殖業を営む兼田寿敏さん(左)は「夏も冬も家族や友達と牡蠣を楽しめるように」と美味しい牡蠣を育てるために工夫する

食文化を未来に残すために

今後、新型コロナウイルス感染症の拡大が収束に向かい、映像の仕事が増えてきたとしても、『THE ROOTS』の制作は続けると断言する楠さん。この活動は自分にとっても資産なのだという。

「国内の生産者のコンテンツをこれほど持っているカメラマンは日本にもあまりいないと思います。もしこの制作を10年続ければ、例えば100人の生産者の動画の素材が蓄積される。それは映像が残るだけでなく、自分の中にその生産者から得た知識も溜まるわけです。こんな面白いことをここで止めるわけがない」

彼にとってこの映像制作は、目の前の生産者と自分のために、楽しみながら行っている取り組みでしかない。しかし、このわずか5分間の映像は、食材とその背景に目を向け、人々の食に対する深い気づきを与えてくれる。こうして生産者の思いを映像として記録し、世の中に発信することは、食文化への理解を深め、結果的に日本の食文化を守ることに大きく貢献すると言えるだろう。今ある食文化を確実に未来へ継承していく手段としての映像の価値は、これから大きく開花していくに違いない。

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井上美羽 (いのうえ・みう)

埼玉と愛媛の2拠点生活を送るフリーライター。都会より田舎派。学生時代のオランダでの留学を経て環境とビジネスの両立の可能性を感じる。現在はサステイナブル・レストラン協会の活動に携わりながら、食を中心としたサステナブルな取り組みや人を発信している。