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サステナビリティ 新潮流に学ぶ

第5回:どうする?合成生物学VS生物多様性条約COP13

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SB-J コラムニスト・古沢 広祐

メキシコ・カンクンのリゾート海岸(2016年12月筆者撮影)

前回は、トランプ・ショックを巨視的視点で概観しました。ミクロの動向とともに、時代の揺れ幅が増大する状況下では、マクロの巨視的視点が重要です。国々の基盤を揺り動かす時代潮流、諸レジーム(体制・制度)形成の動向をどう見るか、とくにサステナビリティの基盤をつくる2大潮流、環境レジームと社会レジームについて言及しました。

サステナビリティに向かう原動力の環境レジーム形成は徐々に進展していますが、社会レジーム形成が立ち遅れており、その歪みが噴出しだしたのが今日的事態です。今回は、社会レジーム形成の論点に入る前に、ちょうど先日メキシコ(カンクン)で開催された生物多様性条約第13回締約国会議(COP13)に参加したので、環境レジーム形成で新たに生じている重大な論点について、その一端を紹介しましょう。

自然と生命を操作する科学技術の動き ― 合成生物学の登場

連載第2回でふれたように、生物多様性条約は、自然との共存・共生にむけて相互依存と循環を尊重する「生命文明」構築への期待を内在しています。絶滅危惧種のみならず先住民の権利や伝統文化など、今まで無視され無価値とされてきたものが、重要な価値をもつ意義を再認識させました。その点、マヤ文明など先住民文化を内在し継承してきたメキシコで開催されたことは意味があります。

COP13会議(12/4~17)は、とくに農業分野と健康、観光(ツーリズム)などが重点的に扱われました。トウモロコシ、トマト、ジャガイモ、唐辛子など中南米原産の作物が世界中に行き渡り、私たち人類の食文化と栄養の改善に大きく貢献しました。そこには農業・生物文化多様性の貢献として興味深い論点が多々あります。そうした内容はとても大事なことで、紹介したいのですが、今回ふれるテーマは、水面下で急浮上してきた合成生物学をめぐる困難な状況についてです。

生物多様性条約は、絶滅危惧種や貴重な遺伝資源を保全して持続可能な利用を目指す取り組みです。地球上に生息する生き物とそのつながりとしての生態系が、人間活動により攪乱され消滅の危機に瀕している事態への回避が目指されています。

地球史上で過去に5回ほど起きた大量絶滅に比べて、現在進行中の大量絶滅の規模は、はるかに急速かつ大規模なものです。年間に何種が絶滅するかという絶滅速度という指標では、過去の恐竜絶滅の時代より百倍から千倍という想像を絶するスピードで進行中なのです(環境白書、H22年版)。

生物多様性条約会議COP13会場風景(2016年12月筆者撮影)

さらに問題なのは、自然界の生物種を絶滅させている一方で、遺伝子組み換え技術やここ数年で急速に発展してきたゲノム編集や、人工的にDNAを合成・加工する技術など、合成生物学と呼ばれる科学技術の新展開です。自然界の生物種を絶滅させる一方で、人工的に新生物種を創り出せる時代が到来してきたのです。

こうした事態に対処する国際的な規制枠組は、現状では生物多様性条約しか機能していない状況にあります。しかも現在進行形で出現している合成生物学は、その定義自体を論議している状況であり、生物多様性条約の会議で正式議題になったのは前回のCOP12(韓国、2014年)からでした。

1970年代以降から遺伝子組み換え技術があり、それは他生物の有用遺伝子を媒介に運ばせて導入するもので、そうした組み換えられた改変生物体(GMO、LMO)を各国が規制する取り決めとして、2003年にバイオセイフティ(カルタヘナ)議定書が発効しました。

現在進行形の合成生物学と呼ばれるものは、個々の遺伝子の改変・導入より進んで、多数の遺伝子組み合わせを挿入したり、既存の遺伝子を直接操作し編集するもので、従来よりも格段に簡便かつ効率的に行えるものです。

しかも、他の生物の遺伝子を導入せずにその個体の遺伝子を編集・改変できることや、遺伝情報配列の複製(無規制)利用など、従来のバイオセイフティ(カルタヘナ)議定書の枠組みからはみ出します。

利用面では医療・健康分野から、食品・農業分野、バイオ燃料や環境修復まで広範囲の応用が期待されており、莫大な研究費や投資が投入されつつあります。技術的には夢の可能性を想起させますが、反面では潜在的なリスクは計り知れないものがあります。

検討すべき課題や社会倫理面での批判(人知の過信、自然や生命への冒とく)も百出しています。新技術の革新的な成果として、強力な遺伝子操作(マラリア耐性遺伝子)でマラリア蚊を撲滅できる等の見通しがたつ半面で、その「遺伝子ドライブ」とよばれる遺伝子改変技術は、生物種や生態系の破壊のみならずバイオテロなどの懸念を生んでいます。

COP13会議での議論と決定事項では、合成生物学の運用上の定義を示して、便益や悪影響の継続的検討と情報提供が求められました。いわば慎重派と推進派の当面の妥協的な決着です。生物多様性条約は、自然保護と持続可能な利用をめざしたサステナビリティの本道をきり拓く最先端に位置しています。

その一方でジオ・エンジニアリング(地球工学)の懸念への対応や(COP10で決議、2010年)、合成生物学への対処(COP13)という大問題が次々と立ち現われているのです。

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古沢 広祐
古沢 広祐 (ふるさわ・こうゆう)

國學院大學経済学部(経済ネットワーキング学科)教授。
大阪大学理学部(生物学科)卒業。京都大学大学院農学研究科博士課程(農林経済)研究指導認定、農学博士。
<研究分野・活動>:持続可能社会論、環境社会経済学、総合人間学。
地球環境問題に関連して永続可能な発展と社会経済的な転換について、生活様式(ライフスタイル)、持続可能な生産消費、世界の農業食料問題とグローバリゼーション、環境保全型有機農業、エコロジー運動、社会的経済・協同組合論、NGO・NPO論などについて研究。
著書に、『みんな幸せってどんな世界』ほんの木、『食べるってどんなこと?』平凡社、『地球文明ビジョン』日本放送出版協会、『共生時代の食と農』家の光協会など。
共著に『共存学1, 2, 3, 4』弘文堂、『共生社会Ⅰ、Ⅱ』農林統計協会、『ギガトン・ギャップ:気候変動と国際交渉』オルタナ、『持続可能な生活をデザインする』明石書店など。
(特活)「環境・持続社会」研究センター(JACSES)代表理事。(特活)日本国際ボランティアセンター(JVC)理事、市民セクター政策機構理事など。
http://www.econorium.jp/fur/kaleido.html

https://www.facebook.com/koyu.furusawa

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