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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)
サステナブル・オフィサーズ 第36回

全世界の「店長」を集め、ブランドの「求心力」高める――小林弥生・ラッシュジャパン取締役

Interviewee
小林弥生 ラッシュジャパン取締役
Interviewer
森 摂 オルタナ編集長/サステナブル・ブランド国際会議総合プロデューサー
ラッシュジャパンの小林弥生取締役(撮影:高橋慎一)

世界49カ国で約930店舗を展開する英コスメブランド「ラッシュ」がブランドの再構築を進めている。数年前に業績が伸び悩んだため、2015年から全世界のショップマネージャー(店長)らを集めるイベントを英国で始め、求心力を高める。「フレッシュ」「ナチュラル」「ハンドメイド」の製品群とともに、社会課題に対してアクションを起こす「キャンペーンカンパニー」としての役割も揺らがせない。ラッシュジャパンの小林弥生取締役に英国本社の狙いを聞いた。

売上高よりもまずは「モラル」を

――世界中のショップマネージャーやスタッフを集め、顧客も招待するイベント「ラッシュ・ショーケース」には世界中から2日間でのべ1万人以上が集まったと聞いています。私も参加しましたが、その熱気とブランドの「求心力」には驚きました。インターナル(社内向け)ブランディングでもあり、エクスターナル(社外向け)ブランディングでもありますね。

小林:ラッシュ・ショーケースが始まったきっかけとして、日本を含むアジアのビジネスが伸び悩んだことがあります。日本はとても重要な市場でしたが、2012年ごろから少しずつ売り上げが下がってしまったのです。

私は2012年に入社したのですが、着任早々、創立者のマーク・コンスタンティンから「社員のモラルを上げなさい」と言われました。

――普通なら「売り上げを上げなさい」と言うところですね。

小林:そうです。「昨年対比何%増」といった目標を立て、まず何をするのか決めるのが一般的です。ところが、マークはまず「モラルを上げなさい」と言ったのです。

当時、日本だけでなく世界中で「爆買い」と呼ばれる大量のまとめ買いが起きていました。顧客による製品転売の問題もあり、販売個数を制限するなど試行錯誤しましたが、いたちごっこでした。

すると、マークは「企業に顧客はコントロールできない」と言い切ったのです。売る側がいくらコントロールしようとしても、顧客にはそれぞれのニーズがあります。買ってほしいものを買ってくれるわけではありません。そこで、顧客に良い体験をしてもらうことにフォーカスすべきだと考え直しました。

顧客に良い体験を提供できるのは社員しかいません。そのために、社員のモラルを上げ、「グローバル企業の一員である」ことを社員に再認識してもらう必要がありました。

――それがショーケースにつながったのですね。

小林:はい。2015年9月に英国で初めて「ラッシュ・ショーケース」を開催し、2018年9月に3回目を開きました。クリスマス商品のお披露目とサステナビリティの取り組みを伝える過去最大規模のイベントになりました。

ブランドとの統合が課題に

――創業20年でこうしたグローバルなイベントをするということは「ブランドの求心力を高めたい」「社員にもっとブランドを理解してほしい」という思いもあったのでしょうか。

小林:そうですね。私が入社した当時は、グローバル企業としてブランドを見直している時期でした。英国、北米、日本のブランド担当者が毎月のように集まっていましたね。マークからまず「弥生、ブランドとは何か」と聞かれました。

メーカーやブランドには、ブランド・エクイティやスタンダードになるものがあると思いますが、当時のラッシュにはなかったのです。

――それは意外ですね。

小林:もちろん「信念」と「商品」はしっかりありました。しかし、ラッシュのブランドの定義がはっきりしていなかったのです。

世界中に店舗が増えていくなか、各国で商品や容器のカスタマイズ、販売方法の違いが出てきました。それまではマークのカリスマ性や発信力によって何とかなっていた部分もあったと思うのですが、実現したいブランドの姿が、各国で違ってしまっていた。ブランドを長く続けていくうえで、リスクになるのではないかという危機感がありました。

――「信念」はいつごろできたのですか。

小林:ラッシュの前身ブランドである「コスメティックストゥーゴー」が倒産した後、ラッシュをスタートするときに作られました。

動物実験はせず、人間の肌で安全を確認すること。合成保存料は使わないこと。パッケージを減らすことなどが書かれています。失敗しても再びやり直す権利があるとも強調しています。

英語の本文は「We believe」で始まっていますから、「誓い」に近い意味合いです。ただこの信念ですら、各国で翻訳されると少しずつ変わってしまったのです。

マークが考えていることが、たくさんの人に伝わりきらなくなったことに危機を感じ、それを社員全員にもう一度分かってもらおうとしました。それが「ラッシュ・ショーケース」です。ブランドのガイドブックを配布するのではなく、世界の社員たちが一カ所に集まり、同じことを体感してもらい、自分たちなりに理解してもらうことが大切でした。

――そこが面白いですね。日本企業では、社員研修や会議室で講義をする形が多いですが、ショーケースは、遊び心があったり、五感に訴えたりするアプローチが新鮮でした。世界から来た人が一カ所に集まって、ディスカッションしたことも印象に残っています。

小林:そうなのです。スタートから3年を経て、このディスカッションのスタイルに進化しましたね。

グローバルブランドへと成長すると全社員に指示をすることはもちろん、個人の倫理観をコントロールすることはできません。

ラッシュ・ショーケースを開催する意義は、インストラクション(形式的な教育)ではなく、インスピレーションを与え、ディスカッションスタイルのコンテンツを用意することで、言葉の壁を越え、お互いが議論をして自分の考えを持ち、オーナーシップを持てるまでに成長させることです。

――「モラルを上げる」という話がありましたが、それは非財務の領域ですね。いま日本企業も財務と非財務のバランスが問われ始めています。当然両方大事ですが、ラッシュはどちらに比重を置いているのですか。

小林:その分け方でいうと、信念が表すとおり、非財務だと思います。ただ、信念を持った事業をしていくためには、売上高などの財務目標は、必要条件だと考えます。

売上高だけを追うような目標を立てるのではなく、私たちが社会に対して与えたい影響をドライブして、結果的に財務的な指標につなげていくアプローチを徹底しています。

社員が株を持ち、意思を反映する

――グローバル企業であり続けることは大変なことだと思います。一方で、グローバルビジネスが、気候変動の要因にもなり、貧富の格差を引き起こすこともあります。ラッシュはグローバルビジネスであり、かつ、ファミリービジネスの側面もありますね。

小林:そうですね。これからグローバルビジネスとして続けていくうえで、ブランドを守るための試作として、2017年に社員に株を持たせるプロフィット・シェアリングを始めました。私たちはそれを「EBT」(エンプロイ・ベネフィット・トラスト)と呼んでいます。

これを発表したとき、マークはザ・ボディショップについて話しました。ラッシュの前身であるブランド「コスメティックストゥーゴー」は、ザ・ボディショップのサプライヤーでしたが、マークにとって、ザ・ボディショップ創業者の故アニータ・ロディックはすごく重要な存在でした。

2006年にロレアルがザ・ボディショップを買収し、アニータが2007年に病気で亡くなると、ブランドの求心力が落ちてしまった。マークは「素晴らしいブランドをなぜ守れなかったのか」と、とても心を痛めていました。

そして、マークも年を重ねるなかで、企業やブランドの存続問題が、自分にも起こりうる身近な問題になりました。私たちらしいやり方で、どうしたらブランドを守れるのだろうと考えた結果、生まれたのが「EBT」です。現実的に常に配当が入ってくるということではなく、企業の意思決定の権利を担えるということです。

対象となる社員数は約1万5000人で、万が一、創立者たちに何かあって決断を迫られるような事態になったときに、社員の意思を反映する仕組みです。

――ある意味、創立者の遺伝子をみんなに残していく作業ですね。

小林:遺伝子という意味では、欧州のスタッフと比べ、日本人スタッフの意識は遅れていたと思います。やはり、英国本社やマークとの関わりがあまり無かったからだと思います。

――そこで、ラッシュ・ショーケースが始まったわけですね。日本からは何人が参加しましたか。

小林:合計約170人で、そのうちショップから約90人。ショップマネージャーと一部の副店長が行きました。

――反応や手応えはいかがでしたか。

小林:あまりの成長ぶりにびっくりして、私も思わず涙を流してしまったほどです。

ショーケースはすべて英語なので、ショップマネージャーたちはほとんど分からないものと想像していましたが、ほかの国のショップマネージャーと話し合いをしたり、分かる人をつかまえて聞きに行ったり、そうした行動が取れるようになったことに感動しました。3年前から考えると、信じられない成長です。

実はショーケースを始めた当初は、大ブーイングだったのです。いわゆるしおりや細かな日程表もありません。すべて自分たちで決める姿勢を大事にしたからです。

はじめのころは、不満も多く、次は何をしたら良いのか、指示されるのを待っていました。ところが、英国のショップマネージャーたちはレベルが違いました。英国のスタッフと話すことで、自分たちの未熟さに気が付いたようです。悔しくて泣いてしまう子もいました。それから、だんだんと自分で考え、自分で解決する行動を取ろうと変化していきました。

私たちも人を信じ、持っている潜在能力を高めていくことは、トップダウン式でガイドラインを配信すればできるものではない、ということが分かってきました。

私はずっとマーケティング畑でしたが、マーケティングはある意味、道筋をつくっていくわけです。こう売りたいから、多少誇張しながらメッセージをつくっていく。ですから、それらをすべて捨てるような感覚でしたね。

ショップマネージャーたちにも、「これを1000本売りなさい」ではなくて、「お客さまが好きなものを聞いて売りなさい」とマインドシフトしていくことにも役立ちました。

――ラッシュは、キャンペーンカンパニーとして、社会的なメッセージを発信しています。日本で展開する難しさはありますか。

小林:どんなキャンペーンであれ、私たち企業が果たすべきだという確信があれば、仮に炎上してもやり続けるという覚悟はあります。社会に少しでも「ひっかき傷」を付けることが重要です。

――これまで炎上したことはありますか。

小林:2014年に展開した「NO FINNING! 残酷なフィニング反対キャンペーン」が最も炎上しましたね。サメのフィン(ヒレ)だけとってボディを捨てていることを知ってもらうための世界規模の啓発活動でした。

日本のサメ漁自体に反対していたわけではなかったのですが、「フカヒレの産地である気仙沼の復興を妨げるのか」といった批判の声が上がりました。気仙沼の漁業組合の方たちにも会いに行き、キャンペーンの意義について理解してくれていました。実際に気仙沼では、肉を唐揚げにして食べたり、皮を加工品にしたりしています。

このキャンペーンは大炎上しましたが、結果的に問題が認知されたことは、良かったのだと思います。

ショップのスタッフからは「これが本当のキャンペーンなんだ」という声もありました。「貫くことが重要なのだ」と実感したのだと思います。物怖じもしなくなりました。こうした経験は、日本でビジネスを展開するうえで強い力になっていくと信じています。

3年で売上高が50%も増えた

――先ほどのオーナーシップを持つことにもつながりますね。

小林:ブランドを見直し、グローバル規模のイベントを始めて3年が経って、ほとんどのスタッフが「同じ船に乗っている」という実感を持ったと思います。それがビジネスの成長につながっています。2015年から2018年で50%も売上高が上がったのです。結果として売り上げにも結び付いているということは、彼女たちの自信にもなっています。

スタッフの成長は一晩ではなし得ないものです。ようやく人がブランドを作るということを体現できるようになりました。

グローバル規模のミーティングは当初開催するのに約3億円、2018年のラッシュ・ショーケースでは約5億円の費用をかけたそうです。

通常、化粧品業界では広告費に多額の費用をかけますが、当社では広告を一切実施しないというグローバルポリシーを掲げています。

その分、品質の高い原材料の調達や、社会問題の根本解決につなげるために小さな草の根団体への助成などを行っています。このようなイベントの費用は、私たちにとっては人への投資という意味合いもあります。

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小林弥生(こばやし・やよい)
小林弥生(こばやし・やよい)

1975年生まれ。1997年、イギリスのレスターデモントフォート大学を卒業後、帰国。広告代理店、英国国際文化交流機関を経て、アメリカ系スポーツメーカーのブランドコミュニケーションマネージャーとして従事。2012年、ラッシュジャパン入社。ブランドコミュニケーションマネージャーとして、国内におけるブランディングの強化を推進。2016年、取締役、ブランド担当役員に就任、2018年よりリテール担当役員兼務、現在に至る。

森 摂
インタビュアー森 摂 (もり・せつ)

株式会社オルタナ代表取締役社長・編集長。東京外国語大学スペイン語学科を卒業後、日本経済新聞社入社。1998年-2001年ロサンゼルス支局長。2006年9月、株式会社オルタナを設立、現在に至る。主な著書に『未来に選ばれる会社-CSRから始まるソーシャル・ブランディング』(学芸出版社、2015年)、『ブランドのDNA』(日経ビジネス、片平秀貴・元東京大学教授と共著、2005年)など。訳書に、パタゴニア創業者イヴォン・シュイナードの経営論「社員をサーフィンに行かせよう」(東洋経済新報社、2007年)がある。一般社団法人グリーン経営者フォーラム代表理事。特定非営利活動法人在外ジャーナリスト協会理事長。