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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)
サステナブル・オフィサーズ 第33回

社会からの要請に応えなければ、生き残れない――新田幸弘・ファーストリテイリング グループ執行役員

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Interviewee
新田幸弘・ファーストリテイリング グループ執行役員
Interviewer
川村 雅彦 オルタナ総研 所長・首席研究員

ファーストリテイリング(FR)は、厳しいグローバル競争を勝ち抜くため、社会の要請に応えるサステナビリティ戦略が不可欠と位置付けた。本業を通じた自社と社会の共通価値の創造に焦点を定める一方、リスク面にも気を配る。かつて委託先の労働問題でNGOから厳しい批判を受けたこともあり、特にサプライチェーンの人権・労働問題の改善に心血を注ぐ。同社のサステナビリティ戦略を統括する新田幸弘グループ執行役員に聞いた。

本業を通じて、社会課題解決に貢献する

川村:新田さんはCSR担当になられて、どのくらいになるのですか。

新田:私は2000年10月にFRに入社しました。2005年に役員に就任し、同時期にCSR担当になりましたので、今年で14年目です。

川村:担当としてはかなり長いですが、難民キャンプなど、社会課題の現場にも行かれているそうですね。

新田:アジアやアフリカ、南米など、難民キャンプや被災地などに足を運んでいます。

川村:今でこそ日本でも多くの企業が使用済み衣類の店頭回収を行うようになりましたが、回収した自社の衣類を直接、難民キャンプに届ける活動を始めたのは御社だと聞きました。ただ送るだけではなく、社員も難民キャンプに行くのは良いですね。

「これまで実際にアジアやアフリカ、南米などの難民キャンプや被災地に行き、社会課題の現場を自身の目で見てきた」と語る新田グループ執行役員

新田:当初、フリースから始まったリサイクル活動ですが、現在は「全商品リサイクル活動」として衣類の回収は全商品に広がりました。集まった衣類は、男性・女性・こども用、そして季節ごとに18種類に分類します。これを、難民の家族構成に合わせてパッケージにして渡しています。

川村:衣類による難民キャンプ支援の仕組みは、新田さんが中心になって取り組まれたのでしょうか。

新田:はい。2006年ごろから取り組んでいます。最初に衣類を届けたのはネパールでした。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の方とも、そのころからのお付き合いになります。

川村:それでは改めてお聞きしますが、そもそも、FRはCSRやサステナビリティについて、どのようにお考えですか。

新田:当社はグローバルに展開していく中で、「企業は社会に貢献し、社会の公器であるべきだ」といった考えを持つようになりました。グローバルでの具体的な活動として、CSRの担当部署が難民への支援活動や、障がい者雇用の促進などをスタートさせました。

川村:それは「本業を通じて」ということですか。

新田:はい。大規模な災害以外は、基本的に寄付金ではなく、自社の衣類を被災地に提供したり、店舗を活用した職場体験、社員が回収した衣類を実際に現地で難民の方に手渡したり、顧客へのコミットメントを高めるような社会貢献活動をしてきました。

サプライチェーンに対する責任に真摯に取り組む

「ファーストリテイリング社のサステナビリティ・レポートは体験談やエピソードを多く盛り込んでいるのが特徴」と語るインタビュアー・川村氏

川村:FRのサステナビリティレポートの特徴は、「ストーリーテリング(物語り)」形式ですよね。数字よりも、体験談やエピソードを多く盛り込んでいます。

新田:ESG(環境・社会・ガバナンス)が重要テーマであると意識しています。そのためにもESGに関する目標・計画などについては、自社のウェブサイトで公表しています。

サプライチェーンに対する責任についても、非常に重く受け止めています。私どもは、アパレル産業の中でも、1つの商品をまとめて作り、たくさんの店舗で売り切っていくという方法を取っています。

その中でトレーサビリティの問題があります。

例えば、アパレル産業の工程には縫製作業がありますが、現在、縫製は途上国の工場に委託しています。その中で、過去に当社が委託していた縫製工場の人権侵害に関することで、NGOから指摘を受け、消費者の皆様から批判を受けたことがありました。その経験から委託先での人権侵害があってはならないと考え、現在も引き続き取り組んでいます。

川村:2013年4月にバングラデシュの首都ダッカ近郊で縫製工場が多数入居したビル「ラナ・プラザ」が倒壊し、1000人以上が亡くなり、2000人以上の負傷者を出す大惨事がありましたね。

ファーストリテイリング社委託先縫製工場の様子

新田:当社の縫製委託先はこのビルには入居していませんでしたが、世界のアパレル各社は厳しい批判を受けました。

同じ悲劇を繰り返さぬよう、この事故を契機にバングラデシュにおける火災予防および建設物の安全に関わる協定(アコード)が締結されました。当社も2013年8月に署名しました。アコードの枠組みの中で、特に建物の安全性と防火体制について取り組んでいます。

サプライチェーンに関する人権問題や労働安全性については「ラナ・プラザ」の事故後も継続して取り組んでいました。当社がグローバル企業に移行していく中で、グローバル社会あるいは地域社会からの要請に応えてきたつもりでしたが、実際に委託先の縫製工場の問題があり、十分ではないことに気付き、現場からも問題提起をしてもらうようにアプローチを変えました。

私たちのビジネスが持続的に成長していくためには、地球環境や社会、人権に配慮していくことは当然です。さらには、ビジネスにその意識をしっかり取り込んで行けるようにしなければなりません。

社会のニーズ・変化に柔軟に対応する

「ステークホルダーからの圧力は日本より欧州の方が強い」と語るインタビュアー・川村氏

川村:本業の流れの中で、自分たちの強みを生かし、ステークホルダーと良好な関係を築くという意味ですね。事業のグローバル展開が進めば進むほど、戦略や行動計画が大きく広がっていくのですね。

新田:会社が存続し競争に打ち勝つためには、社会のニーズに応えていかなければならないと考えています。

縫製工場の人権問題は「人権に配慮しましょう」「第三者が監査をしました」「労働安全性を確認できました」といった形式的な取り組みだけではダメです。実際に自動化できるところは自動化して生産性効率を上げることで、長時間労働を抑制することができます。

川村:ただ「止めましょう」だけではないのですね。

新田:中国では近年労働賃金が上がっており、生産性を向上しないとグローバル競争では太刀打ちできなくなります。そうでなければ、ビジネスも地域社会も工場の労働環境もサステナブルにはなりません。

当社の柳井正社長もその点を理解して、リーダーシップを持って取り組んでいます。

グローバルに展開するにあたり、海外では社会から受けるプレッシャーも大きいですね。おこがましいようですが、当社は海外では日本を代表するアパレル企業だと見られることがあります。アジアでも最大規模なので、責任も大きいです。

川村:例えば、H&Mはスウェーデンの企業なので、ステークホルダーや社会からのプレッシャーはかなり強いですね。ZARAなどを展開するインディテックスもスペインの企業なのでおそらく同様です。新田さんは欧州企業と日本企業の違いを感じますか。

「アジアや日本の考えも、主張すべきところは主張しなければいけない」と力説する新田グループ執行役員

新田:違いはあります。サステナビリティだけで言うと、欧州ではすでにルールが決められていることが多いですね。それが私たちの中では正しい部分であることもありますが、考えが異なることもあります。そして、日本らしいサステナビリティの在り方というのもあると思います。

私たちも国際的な議論に参画して、主張すべきところはしっかり主張していかなければなりません。ある意味で、私たちは日本代表であり、アジア代表でもあります。そこで欧米の価値観だけではなく、アジアの価値観についても主張すべきことがあると考えているからです。

川村:仰る通り、ポイントはそこですね。日本企業も、いかにグローバルなルールメーカーになれるかが問われています。

川村:主張すべきことは主張しつつ、共通部分についてはプラットフォーム化を図るということですね。

新田:その通りです。アメリカのFLA(Fair Labor Association・公正労働協会)や労働法でもそうです。SAC(サステナブル・アパレル連合)も同じです。つまり、競争の中で基礎的な協働もあるのです。

川村:電子・電機業界にもJEITA(電子情報技術産業協会)がありますが、社会のサステナビリティに関わる基本的な枠組みを共有化していく。可能な限り、実務もフォームも統一して効率化し、その上で互いに競争しましょうというものですが、それに近いですね。

新田:はい。アパレル業界でも各社で共通化できるものは共通化して簡素化を図り、スピードアップしていきましょうということになります。

川村:一般化して言えば、今は「ソフトロー」であっても、やがて「ハードロー」になるということですね。

新田:仰る通りです。欧米企業はまずソフトローでルールを作ろうという傾向があります。

マテリアリティを細分化し、取り組むべき課題を明確化する

川村:FRのマテリアリティ(CSRにおける重要課題)はどのようなものですか。

新田:今までは4つだったのですが、現在は6つになっています。「商品と販売を通じた新たな価値創造」「サプライチェーンの人権・労働環境の尊重」「環境への配慮」「コミュニティとの共存・共栄」「従業員の幸せ」「正しい経営」の6つです。

ファーストリテイリング社の6つのマテリアリティ

整理すると、6つの中で一番やるべきなのは「商品と販売を通じた新たな価値創造」です。次に「サプライチェーンの人権・労働環境の尊重」、3番目が「環境への配慮」です。「コミュニティとの共存・共栄」、「従業員の幸せ」が続きます。最後は「正しい経営」です。納税やガバナンス、コンプライアンス、情報開示の課題もあります。人権の問題では、委託先の工場も知らないといけません。私たちサステナビリティ部門だけでなく、生産部門が実はキーなのです。

ですので、従業員が直接、相談できる「ホットラインシステム」も導入しました。私たちに直接、電話やメールで連絡ができる内部通報制度です。これは全主要取引工場、約220社に導入しました。日本、中国、ベトナム、バングラデシュ、カンボジア、ミャンマー、インドネシア、マレーシア、タイの9カ国です。

川村:環境面ではどんな取り組みがありますか。

新田:例えば「ベター・コットン・イニシアティブ」の考えに基づき、綿農家にはできるだけ水を使わないよう教育をしています。農薬も使い過ぎないように、土壌とか人体が影響を受けないようにしたいと考えています。

残念なことに、コットンの生産地帯は生活用水も足りないようなところが多いのです。生活用水よりも、まず農業で水を使う。それで水をなるべく使わなくする方法を、一緒になって教えているのです。

当社のコットン調達は中国とか米国が多いのですが、「ベター・コットン・イニシアティブ」では、当社の調達があまり多くないインドやパキスタンも対象になります。パキスタンでは、本当に水の問題が深刻なのです。

川村:つまり、サプライチェーンの最上流の素材生産のことにも配慮が必要ということですね。それでは、最後になりますが、再生可能エネルギーの導入はいかがでしょうか。

新田:それは、まだこれからです。店舗ではまず電球のLED化を進めています。再生可能エネルギーの導入はサステナビリティ担当部門としては当然やっていかないといけないと考えていますが、その方法について現在検討を行っています。

環境問題については、「3R」(リデュース・リユース・リサイクル)も大事です。将来的にはこうした施策に積極的に取り組まないと、社会の期待には答えられないと思います。これからもNGO/NPOなどと協議を重ねて、サステナビリティに取り組んでいきます。

川村:FRの取り組み状況や課題がよく分かりました。本日はありがとうございました。

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新田幸弘(にった・ゆきひろ)
新田幸弘(にった・ゆきひろ)

ファーストリテイリング グループ執行役員、ユニクロ ソーシャルビジネスバングラデシュ CEO。ファーストリテイリンググループのサステナビリティ最高責任者として、ユニクロ・ジーユー店舗などで回収した服をリユースし、UNHCRと連携して世界の難民・避難民などに届ける「全商品リサイクル活動」をはじめ、ユニクロ店舗における難民雇用、バングラデシュでのグラミンユニクロの展開など、数々のプロジェクトを手がける。

川村雅彦
インタビュアー川村 雅彦 (かわむら・まさひこ)

前オルタナ総研 所長・首席研究員。前CSR部員塾・塾長。九州大学大学院工学研究科修士課程修了(土木)。三井海洋開発㈱を経て㈱ニッセイ基礎研究所入社、ESG研究室長を務め、現在は客員研究員。環境経営、環境ビジネス、CSR経営、統合思考・報告、気候変動適応を中心に調査研究・コンサルティングに従事。(認定NPO法人)環境経営学会の副会長、(一社)サステナビリティ人材開発機構の代表理事。論文、講演、第三者意見多数。主要著書は『環境経営入門』『カーボン・ディスクロージャー』『統合報告の新潮流』『CSR経営 パーフェクトガイド』『統合思考とESG投資』など。